3:蚊帳の外

 何度呼び掛けても、メルは返事をしない。


〈ねえ、メル。メルってば〉


 どうして返事をしてくれないの。

 御神体が盗まれたんだよ。

 ううん、違う。メルは連れ去られたんだよ。

 連れ去られて、どうして俺に構うな、なんて言えるの……?


「聖女セレーン・オルコット様!」


 思考のどつぼにはまっていたわたしは、大きな声に呼ばれて我に返った。


「は、はい?」


 神官のセルゲイが、眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。


「話、聞いていましたか?」

「いえ、全く」

「ぼんやりしすぎではありませんか」

「ごめんなさい」

「もう一度説明しますから、今度はちゃんと聞いてくださいよ。我々の目標は、一刻も早く御神体を捜すことと、窃盗犯を捕らえることです。聖女様には御神体の位置を探っていただきたい」

「それなら既に試みました」

「ほう。ぼんやりしているだけだと思いきや、仕事が早いですな。お聞かせ願おうじゃありませんか、御神体は今どちらに?」


 この人は本当に、棘のある言葉ばかりを吐く。

 褒めるだけなら褒めるだけでいいのに、わざわざ嫌味を付け足さなくたっていいじゃない。

 へこみそうになるけど、今は落ち込んでいる場合じゃない。


「それが……メルは捜すなと」


 言うと、会合の間全体が静まり返った。

 やっぱり、メルが捜すなと言うのは信じられない事態なのだ――と思っていたのだけど。

 ニコルがわたしを肘で軽くつつきながら、こっそり耳打ちしてきた。


「メルエンテ様」

「え? あ」


 しまった。みんな黙ったのはそういうことか。


「失礼しました。メルエンテ様は捜すなと」

「困りましたね、我々はメルエンテ様を頼れない」ニコルがすかさず発言する。「となると、窃盗犯を何としてでも洗い出す他ありません」


 ちょうどそのとき、会合の間の扉が叩かれ、神殿警護隊隊員が入ってきた。


「失礼します。犯人の目星がつきました」


 もう見つかったんだ。

 早急に解決できそうな期待と喜びで、会合の間全体が騒めき立った。


「どこのどいつだ?」

「それは……」


 ニコルに問われるなり、神殿警護隊隊員がちらりとわたしを見た。

 気まずそうな目だ。

 ニコルは何か察したらしい。わたしのほうを向いて、


「セレーン、お前はもう退席していい」


 と言った。


「お断りします。わたしも聖女として神と深く関わる身です。退席など……」

「いいから出ろ。お前の出る幕はない」


 ぴしゃりとはねつけられ、これ以上対抗しようがなかった。

 セルゲイにも睨まれていることだし、仕方なく会合の間を出たものの……納得いかない。

 せめて盗み聞きしてやろうと扉に耳を当てていると、すぐに扉が開いてニコルが出てきた。


「帰ってろ!」


 流石に家に戻るしかなかった。

 苛立つわたしに侍女が紅茶を淹れてくれたけど……はやる気持ちが治まることはなかった。

 メルが危険な状況にあるっていうのに、わたしに引き下がれって? そんなの絶対無理、じっとしていられるわけがない。

 こうなったら、一人でもメルを見つけ出そう。

 メルのこと、放っておけないから。

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