2:消えた御神体

「セレーン様! お休みのところ失礼します! 起きてください!」


 扉越しに侍女に声をかけられ、わたしは飛び起きた。

 聖女は太陽と共に起きる決まりとはいえ、いくらなんでも早すぎるんじゃないだろうか。

 窓の向こうの空は真っ暗だ。薄明すら迎えていない。


「もう少し……寝かせてよ……」

「大変申し訳ありませんが、ニコル様のご命令ですので! 緊急会議です、急ぎ身支度を!」

「会議……?」


 眠たい目を擦りながら聖女装束に着替え、神殿内部『会合の間』へ向かう。

 部屋の中心にある長テーブルには既に神殿関係者が勢ぞろいだった。


「おやおや、えらく遅い到着で」


 顔を合わせるなり嫌味を言ってきたのは、黄色いマントに白い祭服を着た男――神官のトップ、セルゲイ・ターだった。

 顔を合わせると毎回お説教を垂れてくる、ちょっと苦手な人だ。


「聖女様、あなたはご自分の立場をわかっているのですか、仮にも神に選ばれた身なのですよ。もう少し真摯に――」

「セルゲイ殿、緊急事態ですのでそのくらいに」


 セルゲイのお説教を止めたのは青いマントに白い詰襟を着た男――神殿警護隊隊長、ニコル・フレンチェルだ。

 よかった。今日はセルゲイに長々お説教されなくて済みそうだ。


「あの、それで……何が起こっているのでしょうか。緊急会議だと聞きましたが」


 恐る恐る尋ねると、ニコルが切り出す。


「ご存じの方もいると思われますが、つい先程、御神体が盗まれていることが発覚しました」


 今、何て?

 状況を飲み込めないまま、話は進む。


「あってはならん事態だぞ、御神体が盗まれるなど」セルゲイが言う。「警備体制はどうなっているんだニコル、君の管轄だろう」

「三名、夜警に就かせておりましたが、彼らが気付いたときにはもう盗まれていたようです。大変申し訳ない、私の監督不行き届きです」

「誇り高き神殿警護隊が出し抜かれたというのか……」


 神殿警護隊はその名の通り神殿を守るための兵士だ。

 そのトップであるニコルは会議を進める。


「犯人の詳細は不明。現在目撃者がいないか聞き込み中ですが――」


 その後も話は続いたけど、わたしは呆然と聞き流すことしかできなかった。

 御神体が盗まれたなんて……。

 到底信じ難いことだった。だけど目の前では御神体窃盗について話し合いが行われている。

 本当の本当に、盗まれたのだ……。


〈……メル、聞こえる?〉


 頭の中でメルに話しかける。


〈セレーンか?〉

〈メル!〉


 よかった、返事があった。


〈落ち着いて聞いて。メルの御神体が盗まれて、騒ぎになってるの〉

〈ああ……それは知ってる〉

〈すぐに連れ戻すから! だから教えてほしい。今、どこにいるの?〉


 メルの居所がわかり次第、ニコルに兵士を動かしてもらおう。彼らはきっとメルを助けてくれるはずだった。

 けれどもメルはいっこうに口を開かない。


〈メル? あのね、今どこにいるのか――〉

〈必要ない〉

〈え?〉

〈連れ戻す必要はない。そこに神官や神殿警護隊もいるんだろ。そいつらにも伝えておけ。俺を捜す必要はないと〉

〈ちょっと、何言ってるの。捜すに決まって……〉

〈二度と俺に構うな〉


 それから。

 メルがわたしの言葉に返事をすることはなかった。

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