35:先代聖女の行方

 帰りの馬車に揺られながら、わたしはデゼラから聞いた話を頭の中で反芻していた。

 十三年前。奪った。聖女の力を。わたしが。


「ねえニコル、デゼラに聞いたんだけど……」


 対面に座るニコルに向かって、言う。


「十三年前、わたしが先代聖女様から聖女の力を奪ったって、本当なの?」


 この期に及んで、わたしはまだ信じられないでいた。

 どうか嘘であってほしかった。


「……奪ったんじゃない。神がお前を選んだんだ」


 けれども願いは虚しく、デゼラの話は本当みたいだ。


「誤魔化さなくていいよ。十三年前、わたしは立ち入り禁止の『御神体の間』に侵入して偶然にも『聖女交代の儀式』をやってしまった、ニセモノの聖女なんだから」

「それは違う。『儀式』をしたからといって必ずしも聖女になれるとは限らない。お前は神に選ばれた、れっきとした……」

「慰めなくていいから!」


 言い方を変えたところで同じだ。

 わたしは聖女の力を奪った。

 そのせいで多くの人に迷惑をかけている。


 神に選ばれたというのも……。

 ひょっとしたら、わたしが御神体の前で聖女になりたいとわがままを言った……のかもしれない。

 わからないけど。何せ覚えていないのだから。


 でも、これだけははっきりとわかる。

 わたしは聖女に相応しくない。


「ナナリエ様はどこ? 居場所を教えて」

「……なぜそんなことを聞く」

「聖女の力をお返しするんだよ。お願い、教えて。神殿警護隊隊長なら知ってるでしょ」

「セレーン……お前は今混乱している。少し冷静になれ」

「冷静だから教えて、ナナリエ様はどこにいるの」

「もう少しで家に着く。帰ったら紅茶を淹れてやるから、休め。疲れただろ」

「話を逸らさないで!」


 最近ずっとそうだ。誤魔化してばかり。

 御神体が盗まれたときも、御神体が戻ってきてからも。


「わたしは今すぐにでもナナリエ様から奪ったものを返さないといけないの。だから教えてよ! ナナリエ様の居場所を!」

「いないんだ」

「え……」

「もう、どこにもいないんだ」


 どこにもいない? それって……いったい……。


 と、気が付いた。

 ニコルが悲し気な顔をしている。どこか寂しそうで……苦しそうにも見えた。

 この表情が言わんとすることはただ一つ。


 亡くなったんだ――。

 亡くなったから、先代聖女ナナリエ様は、どこにもいない。



 それから。

 どう言えばいいのかわからなくて、黙り込んでる間にも馬車は家に到着した。

 家に入ると、ニコルが紅茶の用意をしてくれる。


「熱があるんだろう。これを飲んで休みなさい」

「ニコルは……?」

「俺はまだやることがある」


 そう言って、ニコルはすぐに家を出ていった。

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