34:再会は牢屋
中央の町から外れた場所に、牢屋はあった。
デゼラのいる牢は地下深くだと聞いた。
石造りの階段を一段ずつ慎重に降りる。斜面が急で、油断すると転んでしまいそうだ。
階段を降り切ると、開けた場所に出た。
突き当たりの手前に鉄格子があり、鉄格子の向こうにいたのは――。
「デゼラ……」
「誰が来たのかと思えば、聖女様じゃねぇか。どうやってここまで来た?」
「看守を脅して……ううん、そんなこと今はいい。あなたに聞きたいことがあるの。ここに来たのは、そのためだよ」
十三年前に、何があったのか。
聞くと、デゼラは地下じゅうに響き渡る声で大笑いした。
何がそんなにおかしいんだろう。
鉄格子があるというのに、デゼラはすぐにでも牢屋から飛び出して襲い掛かってきそうだ。
それくらい、彼が笑う姿は恐ろしく見えた。
デゼラはひとしきり笑うと、鉄格子の隙間から射貫くような目でわたしを見つめた。
「お前、今いくつだ?」
「……十五」
「そうか。だったら覚えてるわけないよな。可哀想に」
小馬鹿にされた?
怒りで顔が赤くなりそうだけど、奥歯を食いしばってぐっと耐える。
デゼラのペースに乗せられたら駄目だ。
「答えて。十三年前に何があったの」
「先代聖女ナナリエが聖女の力を奪われたんだよ」
「え……」
それはいったい――。
「誰に、って顔してるな。わからないのか?」
「…………」
わからないわけじゃない。
でも……そんな、ありえない。というより、認めたくない。
怖い。この先を知りたくない。
けれどもデゼラは続ける。
「お前が奪ったんだ。ナナリエから。聖女の力を」
「そんなわけない……だって、『御神体の間』は……」
「決められた人間しか入れない。それくらい俺だって知ってる。だがな、お前は十三年前、『御神体の間』に侵入したんだ。そして聖女の力を奪った。これは紛れもない事実なんだよ」
聖女交代のための『儀式』は『御神体の間』で行う。
わたしは十三年前……何があったのかわからないけど、何らかの偶然が重なって疑似的に『儀式』に臨んでしまったのだ。
そうして先代聖女ナナリエから聖女の力を奪った。
『御神体の間』に不法に侵入するだけでも罪深いことなのに、わたしはとんでもない罪を犯している。
でも……。
「それで、どうしてあなたはわたしを殺そうとしたの。そんなに先代聖女様がよかった?」
そんな事実、受け入れられるわけがない。
第一わたしは覚えていないのだ。『御神体の間』に入ったことも、初めて神様のお声を聞いたときのことも。
何も知らないのだ。
デゼラに放った言葉は、ほんの意趣返し――強がりのつもりだった。
「お前、『名もなき集落』がなぜ存在するのか、考えたことはあるか?」
デゼラの行方を追うために訊ねた場所だ。
それとわたしを殺そうとしたことに、何の関係があるのだろう。
「考えたことないんだな。住んでる奴らがどういう人間かも知らなさそうだ」
「今、その話は」
「あの集落はな、神に見捨てられた人間が集まって作ったんだ」
……聞いたことがある。
孤児は神に捨てられた哀れな連中だと言われて蔑まれ、疎まれる。
不吉な存在だから、生きてるだけで嫌われるのだと。
『名もなき集落』は迫害された孤児と、孤児だった大人が集まって作られたと。
デゼラは続ける。
「あの辺りは土地が痩せてて水も汚いから、作物が育たなくて苦労するんだ。十四年前の冬は特にひどかった。異常に寒くて、冬を越せない者が数多く出た」
「十四年前って……そんなの、わたしは関係ないじゃない……」
「続きがあるんだよ」
十四年前の冬に、女も子供も容赦なく死んだ。働き手も次々と死んでいく。
広いだけの不毛地帯を耕すのにただでさえ苦労するってのに、働き手が減って食べ物はますます不足して、また人が死ぬ。その繰り返しだ。
恥を忍んで町の連中に頭を下げたよ。
国にも訴えた。食べ物を分けてくれって。
まあ、俺たちを蔑むような奴だから、くれるわけがなかったがな。
神に必要とされてない者を救ってやる義理などない――だったか。
そう言われて、不思議に思ったんだ。神は本当に俺たちを見捨てたのか?
俺は今でこそ御神体を盗み出した不届き者として牢屋にいるが、昔は神を信じていた。
だからナナリエに会いに行った。聖女なら神の考えを知っていると思った。
人間が俺たちを助けてくれないなら、神の言葉を糧に生きていこうと。
「それがまさか……あんな暴言を吐かれるとはな」
「なんて……言われたの」
「孤児ごときが神殿に立ち入るな、だとよ」
「そんなひどいこと、先代聖女様が言うわけない……」
目眩がした。
先代聖女は優しい人だったと、誰もが口を揃えて言う。
そんな人が、いくら孤児相手だからって、暴言を吐くとは思えなかった。
「だろうな。お前に聖女の力を奪われてさえいなければ」
「セレーン!」
と、地下牢にわたしとデゼラ以外の声が響いた。
ニコルだ。顔に汗をたくさんかいて、息も切らしている。
「セレーン、こんなところで何をしている!」
「昔話をしていただけだよ」
デゼラが挑発するように笑うが、ニコルはデゼラを見やるだけで相手にしなかった。
「……帰るぞ」
腕を掴まれ、わたしはニコルに手を引かれるまま、来た道を引き返した。
「なあ隊長さんよ、ちゃんと教えてやれよ、十三年前のことを!」
背中にデゼラの声が降り注ぐ。
ニコルは足を速めた。
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