33:襲撃
朝になったというのに、わたしは布団をかぶって丸まっていた。
今日は熱っぽいと嘘をつき、一日休むことにした。
昨夜、失恋した。メルに告白して、フられてしまった。
わたしは家に帰るなりわんわん泣き喚いた。
夕飯の時間になっても、眠る時間になっても。
ずっと泣き続けたから、顔が腫れた。
泣き腫らした顔で『しろがねの館』に行きたくなかった。
乙女たちに会いたくないというのもある。
あの中の誰か一人が、将来聖女になり、メルに添い遂げるのだと……。
もしかしたら、愛し合うことだってあるかもしれない。
そう思うと、嫉妬で何をしでかすかわからなかった。
……頭がくらくらする。本当に熱が出てきた。
このまま眠ってしまおう。せっかくお休みしたんだ。眠ってしまえば全てを忘れられる。
後継者のことも、婚約のことも、メルのことだって。全部全部――。
扉が激しく叩かれる音で目が覚めた。
体感では十分も眠れていない気がしたけど、窓の向こうを見れば、空の具合から昼前だとわかる。
長いこと眠っていたようだ。
「セレーン様! いらっしゃいますか?! セレーン様!」
侍女の声だ。
部屋から顔を出すと、侍女はわたしの両の二の腕をしっかり掴んで「ご無事でしたか?!」と言う。必死な声と同様に、表情もやはり余裕がない。
「そんなに慌ててどうしたの? 今日は熱があるから休むって言ったじゃない……」
「ええ、ええ、聞きましたとも。お休みのところ大変申し訳ありません。ですが神殿警護隊の方が来ておられます。至急身支度をしてください」
頭はぼんやりするし、体だってだるくて重いのに、否応なしに着替えさせられる。
赤いマントと白いロングワンピースの聖女装束を身に着けて、神殿警護隊の待つ客間へ向かった。
「聖女様、ご無事でいらっしゃいますね」隊員が言う。
「何か問題でも起きたの?」
侍女もそうだったけど、無事無事って、いったいどうしたというのか。
不思議に思っていると、隊員が神妙な面持ちを浮かべ、静かな声で言った。
「『しろがねの館』が……襲撃されました」
「え……」
嘘。そんなこと、ありえるの?
神殿ほどじゃないにしろ、『しろがねの館』だって兵士がそれなりにいて、侵入者から守っているはずだった。
「誰が何のためにそんなことを……」
「今のところ犯人も目的も定かじゃありません。わからない以上、聖女様にはより安全なところにいていただいて……あ、聖女様! どちらへ?!」
この目で見ないと信じられなかった。
わたしは急いで『しろがねの館』に向かい――隊員の言葉が事実であることを理解した。
現場周辺には多くの人が集まっていた。調査のためにやってきた兵士たち。野次馬……。
「本当になくなってるじゃない……」
野次馬の誰かが囁いた。
その人の言う通り、『しろがねの館』は破壊されて跡形もなく消えていた。
空中には石の粉が舞い、においも充満している。草木の焦げたにおいと……血のにおい。
血のにおいの出どころはすぐにわかった。
『しろがねの館』の跡地から少し離れた場所に、サンドラ先生がいた。
「ローズ、マキー、テヨドラぁ……! なんでなのよぉ……!」
サンドラ先生の血じゃない。そばに横たわる三名の銀髪の乙女のものだ。
彼女たちは全身を包帯でぐるぐる巻きにされている。
ひどい……。重傷を負わされたんだ。
よくよく見ればサンドラ先生も腕に包帯を巻いている。
声をかけようとして一歩前へ出ると……ふと、サンドラ先生がわたしを振り返った。
「先生……ご無事――」
「あなたのせいね!」
ご無事ですか、と聞こうとするわたしを、サンドラ先生がきつい声で威圧した。
「あなたがやったんでしょう!」
サンドラ先生の目が見る見る吊り上がる。わたしを憎んでいるような、そんな目をして……彼女は何を、言っているのか。
わたしがやった……? 何を……?
「何を……仰るんですか」
「とぼけないで! あなたの策略なんでしょう! 『しろがねの館』は……あなたが襲撃したのね!」
「サンドラさん! 落ち着いて!」
兵士が飛んできてサンドラ先生を宥めるけど、遅かった。
サンドラ先生の罵倒は止まらない。
聖女が『しろがねの館』の仕事を休むなど聞いたことがない。
襲撃を企んでいたからなんでしょ。
自分だけ安全なところでぬくぬくと過ごすために仮病を使ったんでしょう。
なんて卑劣なのかしら。
「私にはわかる、わかるのよ! これはあなたがやった、そうに違いない! 十三年前と同じように!」
十三年前……?
何だろう。この響き、どこかで聞いたことがある。
つい最近も誰かに言われなかったか。誰に……?
――ここで死ぬべきなんだよお前は! 十三年前、聖女の力を奪って人々を不幸にした罪人がのうのうと生きてちゃいけねぇ! 殺してやる、神もろともな!
泣き崩れるサンドラ先生をよそに、わたしは考え、思い出した。
北の洞窟で、デゼラにも言われた――。
ふと、わたしは気が付いた。
今、この場にいる誰もがわたしを見ていることに。
サンドラ先生も、離れた場所にいる兵士たちも、野次馬たちも。
みんなみんな、わたしを見ている。
デゼラと同じような目をして、わたしを見ている。
わたしはまた走り出していた。その場から逃げるように。
……ううん、違う。逃げるんじゃない。デゼラのところに行くんだ。
十三年前。そこに何かがある。デゼラはそれを知っている。
混乱した状況下だからか、いつもは後ろにいる護衛が、今日はいない。
会いに行かなきゃ。デゼラに。
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