36:ニセモノの聖女

 自室で一人きり、紅茶を飲む。

 熱い紅茶は冷えた体を温め、甘い香りはほんの少しだけ慰めになったけど……頭の中はぐちゃぐちゃのままだ。


 さっきから嫌な予感がしている。

 頭を振って消し去ろうとしても、また湧いてくる。


 一つだけ気になることがあった。

 なぜ、ナナリエ様はお亡くなりになったのか。

 そこでわたしはある一つの可能性を思い浮かべた。

 ナナリエ様は……デゼラに殺されたのではないか、ということ。



 デゼラはナナリエ様に助けを求めたと言った。

 そしたら暴言を吐かれたと。


 十三年前、デゼラが参拝者として神殿にやってきたとき、ナナリエ様は既に聖女の力を失っていたのだと思う。

 だから神の声を聞けなくて……デゼラの要求に応えられなくて、暴言を吐いた。そうせざるを得なかった。


 デゼラはそれを知らない。

 きっと腹が立って、ナナリエ様を殺してしまった。

 でもあとで知った。ナナリエ様が聖女の力を失っていたことに。

 奪ったのがわたしであるということに。


 そうして十数年のときを経て、御神体窃盗事件は起こった。



 ニコルやセルゲイが隠そうとしていた真相は、ざっとこんなところだ。


 わたしは深いため息をついた。

 今まで――どうしてわたしが蔑まれ、疎まれなくてはならないのか、ずっと不思議だった。

 その理由がようやくわかった。


「馬鹿みたい……」


 ニセモノのくせに頑張っちゃって、馬鹿みたいだ。

 もう、聖女なんてやめてしまおう。



  *



 嗚咽を噛み締める。

 それでも涙は延々と溢れてくるから、手の甲で拭う。

 新しい涙が出る。拭う。


 繰り返しているうちに、涙はとうとう乾いたのか、出てこなくなった。

 窓の向こうはすっかり暗くなっている。ずいぶん長いこと泣いていたみたいだ。


 ニコルは帰っているだろうか。

 彼には相談がしたいことがあった。

 『儀式』についてだ。一刻も早く本物の聖女を用意しなければならない。


 いや、その前にまず『しろがねの館』がどうなっているかだ。

 銀髪の乙女たちは誰か一人でも無事なんだろうか。

 どうか無事であってほしい。


 と、背後にある扉が開く気配し、そこから視線を感じた。

 ニコルかもしれない。


「ニコ――?!」


 振り向いたその瞬間、目に飛び込んできたのは黒い影で、それはわたしに襲い掛かってきた。

 口を塞がれ、息ができなくなる。


 何?! 何なの。何が起こってるの?

 言いようのない恐怖が首筋を撫で、わたしは何かから逃れるように手を伸ばし、足をばたつかせる。

 だけど、何かはびくともしない。


〈メル……助けて……!〉


 こんなときでもわたしは、メルに救いを求めるのだった。

 また眠ってるのか、返事はない。


 次第に体が冷たくなり、手足も重くなった。

 まるで自分の体が自分のものではないような、そんな感覚がして。

 ついには意識までも支配されて――目の前が、真っ暗になった。

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お転婆聖女が行く 桜れいさ @rei-s

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