11:復讐者

 薄闇の中、耳障りな声が聞こえた。


「……テ様、メルエンテ様!」

「……なんだ、騒々しい」

「さっきから何度も呼んでるでしょう」


 目を覚ますと、相変わらず暗い洞窟が視界に広がった。松明を持ったデゼラの呆れ顔だけがよく見える。


「まさか寝てたんですか、神ともあろうお方が」


 神だって寝るときは寝るんだ。それを知らずに叩き起こすとは……。

 いや、当然の反応か。

 こんなに眠ったのは久しぶりだった。人間界に姿を現すのは非常に疲れる。


「早く用件を言え、そのために起こしたんだろう」

「聖女様は?」


 御神体を盗んでからもう四日が経った。いつになったら聖女はここに来るのかと、デゼラは言う。


「こちらに向かっている。が、道に迷っているようだ」

「本当なんですかねぇ……」


 もちろん嘘だ。


 驚くことに、セレーンは自力でこの男の正体を突き止めた。

 このままではこの洞窟にたどり着きかねない。

 洞窟は北の町を更に北上した場所にある。

 デゼラは頻繁に洞窟を出ては周辺をこそこそと歩き回っていた。

 セレーンがデゼラに鉢合わせなかったのは運が良かっただけだ。次はない。


 これ以上セレーンを自由にさせるわけにはいかない。

 そう思い、民を偽って神殿警護隊に密告の手紙を送った。「町で男の恰好をした聖女を見かけた」と。そうすればニコルが動くだろうと想定してのことだ。

 思惑通りニコルはセレーンを地下に閉じ込めた。しばらくは安全だろう。だが……。


「ねえメルエンテ様。あなた、嘘をついていませんか」


 いい加減、デゼラも不信感を抱いている。


「メルエンテ様を疑いたくはない。だがもう三日も経った。移動だけで三日? ふざけないでいただきたい」

「方向音痴なんだ、大目に見てやってくれ」

「それなら、お迎えに上がりませんとねえ」


 流石にもう限界だ。

 こいつは今からセレーンを殺しに行く。血走った目を光らせているのはそういうことだ。


「一つ聞いていいか? お前はなぜ聖女を殺したいんだ」


 洞窟の出入り口に向かうデゼラの背中に声をかけた。

 ほんの時間稼ぎであることはあからさまだったが、デゼラは意外にも足を止めてこちらを振り返る。


「十三年前の復讐ですよ。十三年前、俺は当時の聖女ナナリエを殺しました。聖女のくせに民を無下にする、相応しくない奴でしたから」


 忌々しげな顔でデゼラは語った。


「しかし俺は勘違いをしていた。本当に殺すべきは今の聖女――セレーン・オルコットだと」

「わからないな。なぜセレーンが恨まれるのか」

「何を仰る。あなたが一番わかるはずでしょ。他の誰でもなく、神であるあなたが」

「…………」

「あと一日待ちます。明日の昼まで聖女がここに来なかったら、あなたを殺す。それまで余計な真似はしないようお願いします」


 これ以上投げかける言葉が見つからない。今度こそデゼラは洞窟を出て行った。



 そうか……あいつはあのときの男だったのか。どうりでどこか見覚えがあった。

 十三年前のことはよく覚えている。

 デゼラは神殿に現れ、ナナリエに向かってこう言った。

 ――もうあんたしかいないんだ。聖女であるあんたしか! 頼むよ、助けてくれよ!

 これ以上失うものなどないと言わんばかりの、必死の懇願だった。

 それをナナリエは冷たく突っぱね、逆上したデゼラに殺された。


 それが復讐の理由だというなら、不当だ。やはりこいつをセレーンに近付けさせるわけにはいかない。



 世界を見渡す。

 朝日が昇る中、ニコルの屋敷の地下室でセレーンが目を覚ました。

 地下室の扉は硬く閉ざされており、窓は小さな換気窓しかない。

 牢獄も同然だ、簡単には出られない。不便だろうが、そこにいればひとまずは安全だった。

 しかし……。


 あろうことか、セレーンは小さな換気窓を無理矢理通り抜け、地下室から脱走し、北へ走り出した。

 まずいことになった。きっと気付いてしまったんだ。真の手がかりが北の町の向こう側にあることを。

 止めなくてはならない。

 俺はまた『メルティエ』に化け、セレーンの前に立ち塞がった。

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