12:捜す理由
地下室を抜け出したわたしは、早朝の静かな町を駆け抜ける。早くデゼラを捜さなくちゃ。
手がかりは一切ない。もしかしたらと思うことはあった。
一夜の間に、北の町を更に北へ進んだところに名もなき小さな集落があることを思い出した。
デゼラの実家がある北の町とは、きっとそこのことだ。
メルもそこにいるはずだ。今度こそ見つけ出してやる。
一縷の望みをかけ、北へ急ぐと……。
「あ」
あと少しで中央の町を出られるというところで、メルティエと遭遇した。
「おい、待て!」
わたしは一目散に走り出した。
家を抜け出したこと、もうニコルにばれたんだ――。
今ここで捕まるわけにはいかなかった。
捕まったらもう後がない。また地下室に閉じ込められ、次は換気窓をも塞がれるだろう。
全速力で走る。顔中に汗が伝い、髪がべっとり張り付いても、舗装されてない道に逸れて草が足に小さな切り傷をつけようとも、構わず地面を蹴り続ける。
けれども相手は兵士だ。速力も体力も、わたしよりずっとある。あっという間に追いつかれた。
「離して!」
掴まれた腕を振り回す。兵士を振りほどけるわけがなく、徒労に終わる。
「落ち着け!」
「離してくれたら落ち着く!」
「そしたら逃げるだろ」
「逃げないから離して! ……離しなさい!」
メルティエは手の力を緩めるどころか、虹色の瞳で射貫くようにわたしを見た。
解放されたら逃げ出そうなんて考えも、まだメルを諦めていないことも、とっくに見抜いている。そんな目だ。
「何たってそんなに必死になんだよ、お前は」
「聖女だからだよ! 聖女たる者、神の御身を一番に考えて当然でしょ!」
「だったら聖女らしく家で大人しくしてろよ」
ああ、もう! この人は本当に嫌な人だ。嫌なことしか言わない。
ニコルやセルゲイ、歌と踊りの師匠――色んな人たちに散々言われてきた言葉がある。
もっと聖女らしく勤勉に、とか。
もっと聖女らしくお淑やかに、お行儀良く、とか。
みんな、示し合わせたように聖女らしくと言う。一番嫌いな言葉だった。
「お前が外をうろついてたら、神様もお喜びにならないんじゃないか」
それも散々言われた。
だらしのない子は神様に嫌われる。下品な子は神様に嫌われる。そんなことをしても神様もお喜びにならない。
言われるたび心の中で否定した。
「そんなはずない!」
なのに周りはどうしてこうもとやかく言う。
「いい? 神が神殿から姿を消したなんて民に知られたら大混乱に陥る。そうなる前に連れ戻すことが何よりも大事! それくらいあなただってわかってるでしょ!」
「必要ない」
どきりとした。冷たい声が、あんまりにもメルに似てたから。
「――って神に言われたんだろ。お前のやってることは余計なお世話なんじゃないのか?」
「確かに……メルティエの言う通りかもね。わたしは余計なことをしてる」
メルはデゼラに絆され、デゼラと一緒にいることを決めたのかもしれない。だから関わるなと言った。それでもわたしは。
「でも無理なの。このまま黙って大人しくしてるなんて、絶対無理」
「何でだよ。余計なことしてる自覚があるなら家に――」
「メルにまだ好きって言ってないから」
「な……」
「それなのにこのままお別れなんて……絶対に嫌だから」
途端、メルティエの手が緩んだ。
わたしはここぞとばかりに拘束を振り切り、逃げた。
わがままだ。すごくわがままだ。メルの気持ちなんか一切考えてない。
でもこれだけはどうしても譲れない。好きって伝えたい。ずっと伝えたかった。
デゼラと一緒にいたいならそうすればいい。ただしそれはわたしの気持ちを聞いたあとでだ。
聞いてくれるまでは、何が何でも諦めない。
メルティエが追いかけてこないのをいいことに全力疾走する。
走って、走って、北の町を駆け抜ける。
北上するにつれて緑が少なくなっていく。
痩せた土地に、濁った水が流れる。そんな寂しげな場所に、名もなき集落はあった。
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