14:憎悪のこもった瞳

 目隠しを取ってわたしは……何をしようとしていたんだろう。

 逃げようとしたのか。それとも男の無礼な行動を咎めようとしていたのか。

 そんな考えは御神体を前にしてすっかり頭から抜け落ちた。


「どうしてここに……」


 まさか――。

 振り向くと、松明を持った男と目が合った。洞窟の中、松明で照らされたその男は背が高く痩せ細っている。

 間違いない。御神体を盗んだと思わしき人物、デゼラだ。


「あなた……御神体を盗んだ犯人ね」


 言ったところで、デゼラがわたしめがけてナイフを振り下ろした。


「っ……」


 すんでのところでかわして急所は避けたものの、二の腕をやられてしまった。

 傷口は深く、血がどろどろと溢れる。


「あーあ、外した……」


 顔を歪めるわたしにデゼラが言い放つ。

 人を刺しておいて飄々としている姿に恐ろしくなった。

 でも――。

 これは好機だ。御神体を取り返す絶好の機会。

 怯んでいる場合じゃない。メルをさらった相手に屈したりするもんか。

 わたしはデゼラを睨みつけた。


「あなたは自分が何をしたかわかってるの?! 御神体を盗むなんてあってはならないこと……ううん、重罪だよ! どんな理由があっても許されない!」

「そうだろうな。だが俺には関係ねぇ」


 この人は、信仰心が行き過ぎたあまり御神体を盗んだのではないのか。

 まるで神に対する敬意なんか一切なさそうな口ぶりだ。


「ありえないって顔だな」

「いくらなんでも不敬だよ。こんなことして、いったい何が目的なの」


 御神体を盗み出すだけでなく、わたしが聖女だと知った上で御神体の前に連れてきた。

 その目的は何なのか、全く予想がつかない。

 ……ううん。本当は薄々察しがついている。だけど信じたくない。

 確かめずにはいられなかった。


「あんたを殺すためさ」


 デゼラがナイフを構えて突進してくる。

 わたしはそれをかわしながら、ああやっぱりと落胆した。


「大人しく殺されろ」


 デゼラは何度もナイフを振り下ろす。わたしは何度も避ける。

 忌々しそうにデゼラがわたしを睨んだ。

 その目は今までに何度も何度も見た――よく知った眼差しだった。



 初めて参拝者に詰め寄られた日のことを思い出す。

 あれは九年前、六歳のときだった。

 相手は恋人同士の男女だ。彼らは神殿を訪れるなり、不満を口にした。


「明日は晴れるって言ったじゃないか!」

「雨に降られてデートが台無しよ!」


 確かにわたしは先日、男のほうにデートの日の天気を聞かれて、晴れだと答えた。

 しかし男女は雨に降られたという。

 わたしは嘘は言っていない。その日は確かに晴れだったとメルも言っていたし、実際に晴れた。

 昼の間だけは。


 夜は土砂降りだった。男女は夕方からデートに出かけ、見事に降られてしまう。


「私たち、忙しくて普段なかなか会えないのよ。久しぶりのデートだったのよ」


 女性が顔を両手で覆ってわんわん泣いた。

 わたしは知らなかった。大人が夜に出かけることを。


「ナナリエ様ならこうはならなかったのに……!」

「お嬢さん、落ち着いて」


 どうすればいいのかわからず立ち尽くすことしかできないわたしと、泣きじゃくる女性の間に入ったのはセルゲイだった。

 彼は上手いこと言って参拝者を落ち着かせ、二人を家に帰した。


「聖女様、こちらへ」


 セルゲイは『会合の間』でわたしに紅茶を淹れてくれた。

 助けるだけに留まらず、労わってもくれる。怖い人だと思っていたけど優しい。そう思ったのに……。


「困りますな」


 かけられた声は、責めるような低い声だった。


「聖女としてあのような失態、認めるわけにはいきません。第一日頃の行いもよろしくない」


 もともとわたしのことが気に入らなかったらしい。セルゲイはここぞとばかりに小言を並べた。


「もう少し先代を見習うべきだ」


 小言を締めくくるついでにセルゲイが目をやったのは、壁に一枚だけ飾られた肖像画だ。

 精緻な金色の枠の中で美しい銀髪の女性が優しく微笑んでいる。その女性こそがセルゲイの言う先代聖女ナナリエ様だった。

 セルゲイいわく、ナナリエ様は歴代聖女の中でも特に優秀だったらしい。歌も踊りも上手で、人々に信頼され、尊敬されていた。

 ついでに落ち着きがあって、佇まいも上品。わたしとは全然正反対だ。


「あなたには聖女としての自覚が足りない。聖女らしく、もっと精進しなさい」



 そう言ったセルゲイの目つきは厳しかった。

 お前より先代のほうが相応しいとでも言いたげな、わたしを憎んでいるような、そんな目だ。

 その目をデゼラもしている。

 デゼラの目的は至って単純、わたしが憎いから、殺す。

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