9:時間切れ

 夜の祈りの舞いを終え、自宅に戻るとすぐに食事だ。

 食堂ではニコルが既に席についていた。


「おかえりなさい。今日は早かったんだね」


 珍しいことだった。ニコルはいつも帰りが遅いから、夕食は一人で食べるほうが多い。


「ああ。お前と話がしたかったんだ」

「話って?」


 わたしも席につき、豆のスープを口に運ぶ。

 歩き回って疲れた体に温かい液体がじんわりと溶け込み、ほっとしていると……。


「セレーン、お前最近どこで何してるんだ」


 危うくむせるところだった。気管に入らないよう、なんとかスープを飲み込んだ。


 御神体が盗まれてからというものの、わたしは家で待機しているよう命じられていた。

 外出は朝と夜のお祈りのときだけ。神殿と家を往復することしか許可されていない。

 神官や神殿警護隊に……ニコルに気付かれないよう変装していたのはそのためだったけど、もう気付かれた? どうしよう――。

 冷や汗が頬を伝う。


 ううん、焦っては駄目。ニコルはまだ何も言ってない。

 流石にメルをさらった犯人を追っていることまでは知られていないはずだ。ここは上手く誤魔化そう。


「……黙っていてごめんなさい。いなくなったメルが心配で……神殿でずっと祈ってたの。早く帰ってきてって」


 言うと、ニコルが深くため息をついた。


「どうしてそうやって嘘をつく」

「嘘じゃない。本当だよ」

「町で男の恰好をしたお前が不審人物を尋ねて回っているのを見たという住民からの問い合わせが殺到している」

「え……」

「いったいどういうことなんだ、説明しろ」


 わたしは持っていたスプーンを力強く握りしめた。

 まさか町の人たちに変装を見破られていただなんて。

 これ以上は誤魔化せそうにない。ちゃんと言おう。

 わたしはニコルを見据えた。


「御神体を盗んだ犯人を捜していたの」

「ほう……命令に背いて勝手に動き回っていたと」

「そうだよ」


 命令に背いたからには罰が下るはずだった。

 どんな罰が待っているのだろう。考えただけで声が震えそうになる。鼓動が激しくなる。

 だけどわたしは平静を保ってニコルに向き合う。


「神殿で祈ってたっていうのは嘘。でもメルを想う気持ちは本当。大人しくしてるなんてできない。だからお願いニコル、わたしにもメルを捜させて。罰なら後でいくらでも受けるから」


 けれどもニコルは……感情を全く見せない、冷たい声ではっきりと言った。


「お前の出る幕はない。家で大人しくしていろ」


 途端、食堂の扉が開き、二名の侍女が入ってきた。

 二人はわたしを挟み込むと、それぞれ両腕を掴んだ。


「ちょっと、何なのあなたたち! 離して!」

「申し訳ありません、セレーン様」「ニコル様のご命令ですので……!」


 侍女に引きずられるようにして連れて行かれた先は――地下室だった。


「嫌! ここは嫌! やめて!」


 以前にもここに閉じ込められたことがあった。ニコルを怒らせた罰として。

 掃除の行き届いた部屋ではある。だけど薄暗くて、狭くて……幼いわたしには、たまらなく怖かった。

 あのときの恐怖がじわじわと蘇ってくる。


 必死に抵抗するも虚しく、わたしはあれよあれよと言う間に地下の部屋に閉じ込められた。

 閉ざされた扉越しに、ニコルの声が響く。


「しばらくそこで頭を冷やすといい。安心しろ、食事は侍女が持ってくる」

「お祈りは?! どうするの!」

「何、ほんの数日休むだけだ。神も許してくださるだろう」

「そんなわけないでしょ! ねえお願い、開けてよ、ねえってば! ニコル――!」


 何度声を荒らげても、扉が開くことはなかった。

 わたしは……地下に閉じ込められた。



  *



 小さな換気窓から申し訳程度に月明かりが差し込む。

 雲が出ているのか、明るくなったり暗くなったりとせわしない。

 不安定な明かりはわたしの気持ちをぐらつかせた。


「メル……助けて……」


 御神体が盗まれてからというものの、わたしは毎日のようにメルに声をかけていた。

 今日も今日とて、彼は返事をしてくれない。


 もしかして……本当にメルに捨てられたんだろうか。

 わたしは人々から聖女に相応しくないと言われている。幼い頃からずっとそうだった。十五歳になってもそれは変わらない。

 だからメルはわたしを見限って……。


「……ありえない」


 口で否定してみるも、一度そう思うとどうしようもなく悲しくなった。

 涙は次々と溢れ、止まることを知らなかった。

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