8:教えてくれない理由は

 背の高い痩せ細った男性の素性がわかり、わたしたちは北へ向かっていた。

 あれから……わたしはニコルの執務室に潜り込み、庭師のおじいさんの居所を掴んだ。

 落とし物を届けたいと嘘をついて、庭師のおじいさんに背の高い痩せ細った男性のことを尋ねる。

 おじいさんはわたしを家に招き入れ、お菓子を用意してまで話してくれた。


「すみません、お邪魔してしまって」

「いやいや、いいんだよ。孫も大きくなって誰も家に遊びに来ないんだから。さ、食べて食べて」


 出されたお菓子は、生地がふわっとしていて甘い。

 おいしい、というと、おじいさんは嬉しそうに笑った。お菓子作りが趣味なのだとも教えてくれる。


「デゼラ君に会いたいんだったよね」

「はい」

「落とし物を届けてあげるなんて優しいね」

「いえ、そんな……」


 胸が痛んだ。急にやってきた見知らぬわたしにこんなに良くしてくれる、そんな優しい人に嘘をついてることに。


「デゼラ君はね、三日前に仕事を辞めたんだ。今頃は実家にいるんじゃないかな。親が病気になったから看病しなくちゃならないって言ってたから」


 その実家が北の町にあると教えてもらい、わたしはおじいさんに何度もお礼を言った。

 早速北の町に向かう。ここからはメルティエも一緒だ。

 聞き込みを行うこと半日。不可解なことに、この町にデゼラという人はいないと、北の町の誰もが口を揃えて言った。

 犯人にたどり着けると思ったのに、新たな情報を得るどころか、振り出しに戻ってしまった。



 デゼラは今頃どこにいて、御神体をどう扱っているんだろう。

 御神体はメルそのものだ。壊したり、乱暴に扱ったりしないでいてほしい。


「残念だったな、何もなくて。この辺で諦めたほうがいいんじゃないか」


 中央の町に戻る道すがら、メルティエがそんなことを言い出した。

 収穫はなかった。だからといって諦めるわけにはいかない。


「他の方法を考えるよ」

「これ以上はやめておけよ、足も痛いだろ」

「平気だから。それより、犯人はどうして御神体を盗んだんだと思う?」


 話の流れを変えたくて、そんな話題を振ってみた。

 メルティエは考える素振りを見せてから、言う。


「御神体を独り占めしたかったから……じゃないか」


 意外な答えだった。

 御神体を独り占めしたい心理がわからないでいるわたしに、メルティエは噛み砕いて説明する。


「そのデゼラって奴は一般人だろ、『御神体の間』に入れない奴だ。でも信仰心は人一倍強いんだろうな」

「まさか……行き過ぎた信仰心から盗みに出たっていうの?」

「そういうこと」


 いまひとつ腑に落ちないというか、受け入れがたい理由だ。信仰心が強いというなら、御神体をうかつに動かしたりなんてしないでほしい。


「聖女様は確か、神様に居所を教えてもらえなかったんだったよな」

「うん? そうだけど」

「ひょっとしたら、神様は信仰心が強すぎる男に絆されたのかもしれないな」

「え……」


 それはつまり。

 聖女よりデゼラという人のほうがいい、ということなんだろうか。

 わたしより、どこの誰とも知らない人のほうがいいと。


 頭にふつふつと血が上った。顔が熱くなるのがわかる。


「そんなわけ、ないじゃない」


 そう、そんなわけがない。けれどもわたしは冷静でいられなかった。


「神様が人間と繋がりを持ったきっかけは女性だよ?」


 大昔、丘の上に石があった。

 その石にルースという銀髪の女性が触れた瞬間だった、神メルエンテがこの世界に降り立ったのは。

 神はルースを通じて人々に富と平和をもたらした。

 人々は神を敬い、神の言葉を神に代わって語るルースを聖女と呼んだ。


 世界が成り立っているのは神が存在するからだ。

 神なくして我々人間は繁栄できないと、そう教わった。


 わたしはそれは少し違うのではないかと思う。

 最初にルースと繋がりを持ったからこそ、神はこの世界に降り立つことができた。

 つまり神は聖女がいなければ、この世界に存在できないはずだ。

 それなのに、聖女を捨てるなんて。


「女好きの神様が男を選ぶなんて考えられない」

「妬いてるのか?」


 この人は……!

 真面目な話をしているのに、ふざけたことを言うなんて。


「ふざけないでよ! 最低!」

「おい、待てよ」


 これ以上メルティエと話したくない。わたしは足を速めて先頭を行く。


「冗談だって、悪かったよ」


 だとしたら余計にたちが悪い。

 だんだん腹が立ってきた。そもそもに、どうしてこんな人が神殿警護隊に選ばれたのか、全くもって理解できない。

 神殿警護隊になるには腕っぷしはもちろんのこと、神への信仰心が何より重要視されるのに。

 この人は神に対する不敬な言動が目立つし、ついでに言葉遣いもなってない。神殿警護隊に相応しくない人間だ。


 ……空が橙色に染まりつつある。

 そろそろ帰らなきゃ。今夜も『御神体の間』でお祈りだ。

 急いで中央の町へ戻った。

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