23:晩餐

「どういうことなの、ニコル!」


 サンドラ先生が帰ったあと、わたしはニコルに詰め寄った。

 しかしニコルは飄々とした様子でカップを片付けている。


「サンドラ先生が言っていただろう。お前には『しろがねの館』で審査員をしてもらう」

「そうじゃなくて! どうして急に後継の話が出てくるの!」

「落ち着け、セレーン」


 後継が決まり、その子が聖女になったら、わたしは聖女じゃなくなる。

 聖女じゃなくなったら、メルと話せなくなる。

 聖女というのは、わたしにとってメルと一緒にいる権利だった。それを奪われる可能性が出てきて落ち着いていられるわけがなかった。


「お前はもう十三年に渡って聖女を務めてきた。そろそろ良い頃合いだと思わないか」

「思わない! わたしはこれからも立派に聖女の役目を果たす。後継なんて必要ない!」

「聖女は通常、三年で交代する。お前はもう十分だよ」

「関係ない!」

「……いきなり言われて驚いたか? だがこれは決定事項だ。メルエンテ様のためにも覚悟を決めろ。いいな」


 そう言うと、ニコルは『応接の間』をあとにした。


 腹が立ってきた。ニコルにも、サンドラ先生にも。

 渋るわたしに、サンドラ先生は「これは聖女として大切な仕事よ。絶対にやりなさい」と言った。

 頼みだと言っておきながら、わたしに拒否権なんてなかったのだ。


「そうだセレーン、言い忘れていた」ニコルがひょっこりと戻ってくる。「晩餐も絶対に顔を出せよ。じゃあな」

「……ムカつく!」


 『応接の間』にはわたししかいない。一人不満の声を響かせたところで虚しいだけだった。



  *



 夜のお祈りのあとも、メルは眠っているのか、声をかけても返事がなかった。

 今このときこそ話を聞いてほしいのに……。

 晩餐でも人と会う約束だ。今度はいったい誰?



 客人を一緒に出迎えるよう言われ、自宅の前でニコルと並んで待つこと十数分、馬車が近付いてきた。


「遅れて申し訳ない」


 目の前で停止した馬車から降りてきたのはセルゲイだった。

 どうしてセルゲイがうちに? こんなこと過去に一度もなかった。

 それと……。


「神殿警護隊隊長殿、聖女様、本日はお招きいただきありがとうございます」


 セルゲイの後から降りてきたこの茶髪の人は――誰?

 黄色いマントに白い祭服を着ているから、神官ということはわかるけど……。

 ニコルが茶髪の人を手で示し、言う。


「セレーン、こちらレオ・ラウラン殿だ。神官で、セルゲイの部下にあたる」

「はじめまして聖女様、今日はよろしくお願いします」

「セレーン・オルコットです。よろしくお願いします」


 客人は二名の神官。いったい今夜の晩餐で何の話をするつもりなんだろう。


 わたしの混乱をよそに、ニコルはセルゲイと世間話なんか始めちゃってる。

 何だかよくわからないけど、二人の話が終わるのを待っていよう。

 そう決めたときだった。ふと、レオと目が合い、微笑みかけられた。



 挨拶もそこそこに食堂へ向かう。いつもは質素な食堂が今日は豪勢に飾られていた。

 何となく、だけど、晩餐がどういった目的で開かれたのか薄々わかってきた。

 でも、そんなまさか。

 頭の中に浮かんだ可能性を信じたくない。どうか思い過ごしであってほしかった。

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