24:婚約の話

 ニコル・フレンチェルお抱えのコックが次から次へと料理を運んでくる。

 食べながら、みんな楽しそうにお喋りをしている。

 わたしは愛想笑いを浮かべるだけでやっとだった。


 大皿が半分空いたところで、セルゲイが言う。


「聖女様、ラウラン家をご存じですか?」


 お酒を飲んでいるからか妙に機嫌が良い。

 いつもと違う態度に尻込みそうになるけど、機嫌を損ねられても嫌なので調子を合わせた。


「ラウラン家って、あの?」

「百五十年前、邪神を封印した聖女がいたでしょう。レオはね、その聖女の子孫なんですよ」


 セルゲイの隣でレオが照れたように笑う。


「それで本題なんですが、どうですか、レオは」

「はい?」


 セルゲイの質問の意図がわからず……いや違う。

 本当はわかっている。でも、ここまで来て尚のこと認めたくなくて、とぼけた。


「ラウラン家は代々、神殿と深い関わりがあります。ラウラン家の男児は必ず神官か神殿警護隊を目指す。レオは今年めでたく神官になりました」

「すごいんですね」

「そうでしょう。聖女様……いえ、セレーン殿の相手にぴったりだ」


 ああ……やっぱり。


「どうですか。レオと婚約するというのは」


 薄々そんな予感はしていた。

 もう十五歳。聖女でなければ結婚しててもおかしくない年齢だ。


 レオは甘い顔立ちで、さっきからずっと笑顔を絶やさないでいる。

 それだけで人に好かれそうだとわかるし、ご飯の食べ方も綺麗だ。

 悪い人ではないんだろう。でも、婚約者にどうかと言われると……。


「わからない……」


 と、セルゲイの顔が強張った。

 しまった、口に出ていた。

 こうなるともう取り消せない。わたしは本心を言った。


「わからないんです。婚約とか、考えたことがありません。それに聖女は交際禁止の身です。婚約なんて……神に失礼ではありませんか」


 食堂が静まり返っても構わなかった。

 交際禁止の身だから……というのは建前だ。

 わたしが好きなのはメルだから、メル以外の人と結婚するなんてありえなかった。



 不穏な雰囲気のまま、晩餐はお開きとなった。

 セルゲイとレオを乗せた馬車が遠ざかるのを見送ってから……わたしは、ニコルに訴えた。


「どういうこと? 婚約って。わたしは聖女なんだよ、神以外にこの身を捧げるなんてありえない」

「誤解だ。何もお前に禁忌を犯せと言いたいわけじゃない」

「じゃあなんで婚約者なんて連れてくるの。冗談でもひどいよ」

「あくまでも婚約の話だ。それなら神もお許しくださる。結婚はお前が聖女の役目を終えてからすることで今すぐではない、安心しろ」


 顔がかっと熱くなるのがわかった。

 ニコルは今、わたしが聖女の役目を終えてから、と言ったか。

 昼間の『しろがねの館』の話といい……ニコルはわたしから聖女の権利を奪おうとしている。


「そんなに聖女をやめさせたいんだね」

「ああそうだ。いい加減後継に任せて、お前は結婚して幸せになれ。このまま聖女を続けても不幸なだけだ」

「……勝手に決めないでよ!」


 それでわたしが幸せになると思ったら大間違いだ。

 わたしが好きなのはメルなんだから。

 物心ついたときからメルと一緒にいられるように頑張ってきた。

 聖女をやめたらそれこそ不幸になる。


「わたし、今日聞いた話は全部なかったことにするから!」

「神と決めたことだ! 受け入れろ!」


 部屋に戻ろうとするわたしの背中にニコルが追い打ちをかけたけど、わたしは知らんぷりをした。

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