22:お茶会

 ニコルがわたしに会わせたい人がいる、なんて、今までになかったことだ。

 いったい誰と会わせるつもりなのか……。


〈誰だと思う? 会わせたい相手って〉


 『御神体の間』にて、不安を紛らわせたい思いでメルに話しかけた。


〈メル?〉


 まただ。また返事がない。

 この頃、メルは話しかけても反応がないことが多い。全く、ってわけじゃないから、見限られたわけじゃないのはわかるけど……。


 たまに返事があったかと思えば、メルは眠いとぼやく。

 こんなことは初めてだった。神様が睡眠を欲するなんて。

 デゼラに何かされたんじゃないのかと聞いてみると、断じてそれはないと言う。本当にそうなのかな……。


「聖女様、そろそろ……」


 『御神体の間』の扉が叩かれた。護衛の神殿警護隊隊員だ。当然ながらメルティエではない。


「約束の時間を過ぎております、お急ぎください」

「嘘! 大変!」


 メルのことが気がかりだけど、今は目の前のことに集中しなくちゃ。


 神殿の中はずいぶんと静かだ。

 先の騒動が起きてから、神殿は参拝者の立ち入りを拒否し続けている。

 参拝者の目がないのをいいことに、わたしは大股で神殿の中を駆け抜けた。



「失礼します! ごめんなさい遅くなって!」

「やっと来たか、セレーン」


 扉を蹴飛ばす勢いで『応接の間』に入ったわたしを出迎えてくれたのはニコルと――、


「相変わらず騒々しいわね」

「サンドラ、先生……?」


 かつてわたしに歌と踊りを叩き込んだ師匠、サンドラ先生だった。


「セレーン、座りなさい」ニコルが言う。

「あ、うん……」


 席についてからサンドラ先生に「お久しぶりです」と挨拶をする。


「約十年ぶりね。あなたが五歳のときだったかしら、歌と踊りをやっと完璧に覚えて……」

「ええ……先生はもう教えることはないと言って、屋敷を去りました」

「あのときは誇らしかったわよ」


 誇らしかったというより、清々したような風だったけど……とりあえずは愛想笑いを浮かべておく。


「大きくなったわね。もう十五歳なんですって? あなたもいよいよ本物の聖女になったのだわ」


 棘のある言い方だ。

 本来なら歌と踊りを覚え、更に十五歳を過ぎてやっと聖女に選ばれる可能性を持てる。

 かつてのサンドラ先生は、どちらの条件にも満たないのに聖女に選ばれたわたしがひどく気に入らない様子だった。

 まさか今日わたしに会いに来たのは、嫌味を言うため……なんだろうか。


 ニコルが紅茶を三人分、淹れた。目の前に置かれたカップから湯気が立っている。良い匂いのはずなのに、緊張のあまり何も感じない。


「サンドラ先生はな、お前に頼みがあって来られたんだ」ニコルが言う。

「頼み?」


 何だ、そっか。そうだよね。まさか嫌味を言いにわざわざ十年ぶりに会いに来るわけがない。ちょっとだけほっとした。

 紅茶の芳しい匂いが少しだけ鼻孔をくすぐった。


「ええそうよ」サンドラ先生が言う。「セレーン・オルコット様、あなたには聖女としてやるべきことをやってもらいます」


 ほっとしたのも束の間、畏まるサンドラ先生に嫌な予感がした。


 朝晩のお祈りと、神様のお相手、それから参拝者と神様の間に立って話す。

 聖女としてやるべきことは十分に果たしているはずなのに……他にもまだ何かあるの?


「『しろがねのやかた』、知ってるわよね」

「……はい」


 未来の聖女を育成する場だ。

 候補である銀髪の乙女たちは『しろがねの館』で歌や踊り、立ち居振る舞いを数年かけて学ぶ。

 そうして聖女に相応しい所作を身につけた十五歳以上の乙女だけが聖女になれるのだけど……そこがいったいどうしたと言うのか。


「私はそこで教師をやってるの。これも知ってるわね」

「はい。あの、それで頼みって何ですか?」

「あなたにも教師をやってもらいたいの」

「教師? わたしがですか?」

「教師というより審査員ね。銀髪の乙女たちの中で最も聖女に相応しいのは誰か、見定めてちょうだい」

「そんな……いきなり言われても困ります」

「そうよね、あなたは『しろがねの館』にいたことないものね。審査員の仕事なんて知るはずないものね」

「……はい」

「でもね」


 サンドラ先生は続ける。

 今までずっとそうやってきたのよ。ナナリエもその前の聖女も、前の前の聖女も。あなたは異例だから特別に免除されていたけど、もう十五歳――いえ、聖女になって十三年。


「そろそろ後継者を意識してもらわないとね」

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