26:銀髪の乙女

 審査員の仕事は簡単だ。

 教室に行く前、サンドラ先生に渡された書類。これには銀髪の乙女たちの名前と似顔絵、それから歌、踊り、人格、知性、品行、信仰心など、事細かな評価項目が書かれている。

 十人全員分だから、書類は相当な量だ。


 ――詳しい説明はあとでするわ。まずは歌と踊りの評価をしてもらいます。


 というわけで、わたしはサンドラ先生や銀髪の乙女たちと共に練習場にやってきた。

 踊りを磨くためのこの部屋には柵があった。柵で空間を丸く切り取り、丸の中心部にはオブジェが置かれている。まるで『御神体の間』だ。

 その中で銀髪の乙女の一人が歌ったり踊ったりする。残った九人は部屋の隅で待機だ。

 わたしは待機組から少し離れたところで、一人一人の歌と踊りを見て評価する――ように言われている。


「それでは始めましょう。まずは……」サンドラ先生が乙女たちを見渡す。「ベアトリス、あなたから」

「はい」


 ベアトリスと呼ばれた乙女が、肩の上で切り揃えられた銀髪を翻しながら柵の中へと入っていく。

 御神体を模したオブジェの前で一礼し、跳ぶと――。

 わたしは評価のことも忘れて、ベアトリスに釘付けになった。

 見ていて飽きない躍動感のある動き。手先や爪先まで気の配られた表現力……。

 最後の一礼までもが美しく、芸術のようだった。


「素晴らしいわ、ベアトリス」


 踊り終わったベアトリスに、サンドラ先生がうっとりした様子で声をかける。

 他の九名の銀髪の乙女たちも、流石はベアトリスだと口々に賞賛し、拍手を送っていた。


 わたしは……ベアトリスの舞いに圧倒されて、立ち尽くすことしかできなかった。

 感動したと同時に恥ずかしくなったのだ、自分自身が。

 わたしはあんな風に切れのある動きはできないし、サンドラ先生に手放しに誉められたこともなかった。

 ベアトリスのあとに舞いを披露してみせた九人も、ベアトリスほどじゃないにしろ、立派なものだった。


 銀髪の乙女たちのすさまじさは踊りだけに留まらず、歌までもが洗練されていた。

 ここでも一番はベアトリスだ。踊りが見ていて飽きないなら、歌は聞いてて飽きない。美しい声音で綺麗な旋律を奏でている。

 他の九人も、癒されるような声だったり、気分が上がるような歌い方だったり……様々だ。


 彼女たちの歌と踊りは、きっとメルを退屈させないだろうと……そう思えるほどに素晴らしかった。



  *



 『御神体の間』にて、夜のお祈りのために、空を舞う。

 下手な踊りだと思った。銀髪の乙女たちのほうがずっと美しい舞いを披露できる。


 舞いが終わると最後に御神体の前で一礼する。

 これもまた……どこかだらしがない動きのような気がした。

 銀髪の乙女たちのように、もっとびしっとできないものだろうか。


 聖女らしく――。

 幼い頃から意味のわからなかったこの言葉。『しろがねの館』には、聖女らしくを体現する子がたくさんいる。

 歌と踊りが上手いことだけじゃない。彼女たちはちょっとした動作、例えば座ったり立ったりするだけで上品かつお淑やかであるとわかった。


 こういうのを聖女らしいというのならわたしは……聖女に一番相応しくない人間だ。

 そんなわたしがどうして聖女に選ばれたのか、疑問だった。



 審査員の仕事が終わったあとのことだ。

 応接室でお茶をごちそうになりながら、サンドラ先生から書類について詳しい説明を受けた。


「誰が次期聖女に相応しいか。これから乙女たちと触れ合いつつ、彼女たちを一人一人評価してちょうだい。『聖女交代の儀式』に関わる大事なことだから、慎重にね」

「儀式……?」


 ぴんとこないわたしに、サンドラ先生は事細かに説明した。

 『聖女交代の儀式』に挑める乙女は一回につきたった一人だけ。

 その一人を選ぶのに、『しろがねの館』の教師たちはもちろん、神殿警護隊隊長と副隊長、三名の神官、聖女が関わっているのだそうだ。彼らは全員、銀髪の乙女を一人一人評価する。

 その中で最も良い評価だった乙女が『儀式』に挑む権利を得られる。


「ちなみに今一番評価されているのがこの子」


 サンドラ先生が指差した書類に書いてある名前はベアトリス。歌も踊りも一番上手かった乙女だ。

 悔しいけど、確かにこの子なら聖女に相応しいかもしれない。


「この子が次の聖女なんですね」


 サンドラ先生は「いいえ違うわ」と首を横に振った。


「教師や神殿関係者に選ばれたからと言って、メルエンテ様にも選ばれるとは限らない。『儀式』に挑み、最後にメルエンテ様のお声を聞いて初めて聖女になるのよ」

「難しいんですね……」

「当然よ。聖女になるってとっても大変なことなの。わかった?」



 そのときは平然を装って「覚えておきます」と返事をしたけれど……本当はものすごく混乱してる。

 ずっと、メルに選ばれさえすればいいのだと思っていた。

 でも違った。聖女になるには多くの人間に認められなければならない。歌と踊りはできて当然で、品性だって問われる。

 なのに……わたしは何を以て『儀式』に選ばれたんだろう。歌も踊りも、全然できなかったのに。


〈ねえ、メル……〉


 こんなときこそメルと話したい。

 けれども待てども待てども、メルから返事はなかった。

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