17:不審な会議

 『会合の間』の扉を開けるなり、愕然とした。

 神官も神殿警護隊も、とっくに席についていた。

 会議が始まるまであと五分はあるのに、もう揃ってる。もしかして、開始時刻を勘違いしてた?

 でもセルゲイからお小言が飛んでこない。一分でも遅刻しようものなら絶対に何か言ってくるセルゲイが、今日は一瞥もくれずに腕を組んで難しい顔をしている。

 セルゲイだけじゃない。会合の間全体が険しい雰囲気だ。

 息をするのも憚られるような空気の中、わたしはそっと自分の席についた。


「全員揃いましたね。会議を始めます」


 ニコルが切り出す。


「まずは聖女セレーン様へ感謝のお言葉を。この度は御神体捜索にご尽力いただきましてありがとうございます。この場を代表して神殿警護隊隊長ニコル・フレンチェルより感謝申し上げます」


 え、わたし?


 ニコルに続いて神殿警護隊副隊長、セルゲイたち神官……と次々に拍手が沸き起こる。

 拍手をもらって嬉しいような、照れくさいような……。

 それ以上に怖かった。


 本来なら、わたしのしでかしたことは悪いことのはずだ。命令に背いて独断行動をしたんだから。

 特に咎められないのは終わりよければすべてよしということだから、なんだろうけど……罪悪感が押し寄せる。

 普段わたしに冷たい目を向ける人たちがわたしを讃えている様も、居心地を悪くさせた。


 とりあえず笑顔を浮かべてみる。

 絶対に変な笑い方だ。頬がぎこちないと自分でもわかる。


「それでは本題に移ります。今回の事件を起こしたデゼラについてです」


 来た。

 御神体を盗んでまでわたしをおびき出し、殺そうとした理由。それはいったい何なのか、皆目見当もつかないことだ。

 その謎が解明される。

 期待が高まり、自然と背筋が伸びる。だけど……。


「彼は御神体を壊すつもりで盗み出しました。動機は大変哀れなもので、神の存在を信じることができずこのような犯行に及んだと」


 思わずニコルを凝視してしまった。


「聖女様、何かご質問でも?」

「本当に……デゼラは神の存在を信じていないのでしょうか? そんな人には見えませんでした」


 デゼラと言葉を交わしたのはほんの少しだけだったけど、それでもわかる。

 あれは神の存在を認めているからこその態度だ。


「それに……デゼラははっきり言いました。御神体を盗んだのはわたしを殺すためだと。彼がこんなことをしたのは神を信じていないからではなく、わたし個人に恨みがあるからでは――」

「聖女なんですから当然でしょう」


 セルゲイが口を挟んだ。


「聖女とは神に最も近い存在です。神を信じられないデゼラにとって聖女は目障りな存在だったはずだ。そうだろう、ニコル?」

「ええ」ニコルが頷く。「デゼラは『聖女も殺すつもりだった』と言っていた。聖女なら誰でもよかったんでしょう」

「ですが……」


 納得いかないわたしに、セルゲイは更に続ける。


「セレーン様、不安になるお気持ちはわかります。しかしそう思い詰めないでいただきたい。デゼラは今、最も監視の厳しい地下牢にて拘束しております。あなたに危害を与えることは今後一切ございません」


 そういうことじゃない。デゼラの目的は……そんなわかりやすいものじゃないはずだ。

 まだ何か……重大な秘密があるような、そんな予感がする。

 だけどわたしはそれを上手く説明できない。


「セルゲイ殿の仰る通りです。我々神殿警護隊も、今後は神殿の警備をより厳重に致します。聖女様には専属の護衛を付けますので、どうぞご安心ください」

「はい……会議を妨げてしまい、すみませんでした……」


 ニコルにまで宥められてしまっては、これ以上何も言えなかった。

 その後も神殿警護隊と神官を中心にやり取りは続き、話がまとまったところでニコルが締めくくった。


「『御神体窃盗事件』はこれにて解決です。みなさんお疲れ様でした」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る