ミケの空理空論
かみかま
第一部
第一章・異偵編
「ミケの現実直視」
「ミケ」
それは、原初の「現実改変者」。
唯の女子高生でありながら、それを開花し、発見し、そして完全体にした。
本当の意味で「現実をねじ曲げ、改変した」。
…原初にして、最高。原点にして、頂点。
これは彼女の功績に沿い、作られた、御伽噺である。
まえおき、おわり。
ミケは、ミケでした。
ミケはひねくれていました。
その上とても自由人。マイペースで、縛られるのが嫌いで、学校をサボったり、授業中に屋上に出入ったりと、半ばやりたい放題。
でも、まわりに迷惑をかけるようなことはせず、嫌われる、と言うよりもむしろ、少し周りから好かれていました。
というのも、彼女が最も好きなのは、この現実ではなく、自分自身の妄想なのです。
ミケは、現実を見ていませんでした。というのも、現実を悲観的に見すぎたせいなのでしょうが。
「ミケ。いい加減、起きろよミケ」
そう言ってくるのはミケの幼なじみ。
ミケとは違って黒髪の、姫乃カナ。名前は女の子ですが、見た目は男と言い切ってもいいほど。185cmの高身長で、少しがっちりとして、顔の整った人でした。
「…なにさ。子供が勝手におねんねしてる時に。起こさないで頂戴。子供扱い、しないでもらえるかな。」
「なんで数秒間の間に矛盾がひとつ生じるんだ。起きろ馬鹿」
ミケは、自分の猫のように寝癖のたった茶色の髪の毛を、ひっぱられ弄られ無理やり起こされ、カナにいわれのない嫌悪感をしめしていました。カナは悪くないのにね。
「なんだその顔。」
「私、あなたのこと幼なじみなんて思わないもん」
「…そりゃどーも。」
幼なじみって言っても、少し心の間に距離があるのは事実でした。それでもまあ、接しやすいと言われれば、そうなのですけれど。
でもミケはあまり、それを好ましく思っていないようで。
それで、ミケは何故か、カナだけにすこしつらく当たっていました。
「兎に角、お前、単位危ないだろ。」
「…ぬぐぐ」
事実でした。
授業サボったりするミケに、単位なんてメダカの餌くらいしかありません。今は5月なのでまだ取り返せるかもしれませんが…。
「今のうちにサボり癖直しとけ」
「うっせぇ勉強バカ」
「勉強好きなわけじゃねーよサボり阿呆」
「「ぐぬぬ…」」
白熱する夫婦喧嘩。一触即発という感じなのに、周りから少しずつくすくすと笑い声。そこには確かな和やかさを生み出していました。
そこ、しずかしなさい。
先生にそう注意されてしまいました。
周りからどっと笑い声の応酬。爆笑の声が広がるのでした。
…二人は赤面しましたとさ。
姫乃カナは、授業の合間にも、放課後も勉強する勉強魔でした。
そのせいか、周りの人は彼についていけないし、友達は極端に少なかったのです。
品行方正、正義感の強い性格も災いしたのでしょうか。周りから面倒くさい奴と思われていました。
自由人で気楽でひねてるミケとは、対称的な人物。
そんなカナに、ミケは少し憧れていました。
夫婦喧嘩から数時間数十分経ち、昼休みが始まります。
色んな子が自由に行動し始めるなか、カナはいつものように勉強を始めるのでした。今日は数学のようです。
「ミケちゃーん!午前おつかれーっ!」
元気な声に、カナの手指が少し止まりました。
止まったのはその異様に元気な声のせいでは、無いでしょう。
たぶん。
「ネネ。おはよぉー。」
話しかけてきたの鎖錨ネネ。
くりんくりんの可愛い童顔でポニーテールの、身長165cm。ミケよりも若干背の高い女の子でした。
それにしても、お昼なのにおはよう、というのはおかしいですね。でもそれがまたミケらしい挨拶でした。
ミケは、そのネネに釣られ釣られて、教室の外へ…
カナは、それを横目に見ながら、何も言わずに、シャーペンを動かすのでした。
ミケは、空想の中で幸せでした。
ずっと、ずっと幸せでした。
空想は自分を裏切らないから。
裏切るのは、いつだって、現実。
現実で辛いことがある度に。嫌なことがある度に、自分の世界に逃げ込むことで、心を保っていました。
それが悪いことなんて、誰が押し並べて言おうが。
きっとそれをやめませんでした。
でも、ある時、少しずつ気付いていきます。
空想は現実の代わりにはなれないのだと。
空想は現実を基に成り立つのであって、それが逆転することは決してないのだと。
そして、次第にこう思うようになるのです。
自分の空想が現実になれたら。
自身の都合のいい世界になったら。
それは、…ただの妄想にしかすぎません。ただの…中学2年生以下の、妄想。根も葉も、なんにもない空虚な。
次第に強くなる心の波動を、感じもせずに。
その日はたまたま雨が降っていたのでしょう。
しとしとと強い雨が、地面をうちつける音だけが登校中に、響く、田んぼ…水田にかこまれた、田舎のコンクリートの道。
信号待ち中は、ミケの絶好の「妄想時間」。
こうして間を縫って空想や妄想に耽けるのがいわゆるひとつのマイブームと化していました。
今日は…そうだ。
車に轢かれたら、どうしよう。
という空想なんか、いいかもしれない。
そもそも車のタイヤに潰されるって、どんな感じなんだろう。
そのままじぶんの肉が巻き込まれて、押し花みたいに潰れちゃうんだろうか。
それならその足は二度と動かないんだろうけど…筋繊維がズタズタで。
なんて。
そんな妄想が暴走する超特急。
でも、そんな空想をしても、現実には勝るわけが無いのです。
現実は空想以上の意外性を以て、人を襲うのですから。
「お、ミケ、今日は早━━━━━━━━━━━」
車が行き交うなか、ひとつの車が何らかの要因で、スリップしてしまう。
ミケはすぐ近くをスリップし、超高速回転しながら後ろ歩道に突っ込んでった車に威圧され、数秒間、放心状態。
やっと、後ろを振り返ったと思うと。
そこにはあの車に撥ねられ電柱に背中を打ち付け、失神した姫乃カナの姿がありました。
車はガードレールを突き破り、畑に顔面から…いやフロントガラスから突っ込んでいます。
ミケは背筋の凍るような恐怖感に襲われながら、
「カナ…?」
ようやく一歩歩き出したと思ったら、鉄臭いのと漏れたガソリンのせいで吐気を催し、
「ゔ…ぶ…ッ…おぅ…ぉぇ…ぇ………はぁ、はぁ」
胃液まみれのそれを吐き出します。
地面に粘度のあるそれが滝のように雫を立て撒き散らされる音がしました。最高に…気分の悪い。
口元は気持ち悪いですが、少しずつ落ち着いていきます。しかし、彼の…カナのぐったりとした体を見ると、また焦り始め、半ば慌ててかけよります。
「お、おーい、カナ?姫乃?しっかりしろ…シャッキリしろよ姫乃カナ!!」
肩を揺らしました。
毎日ミケが寝ているのを起こすようにやって見たのですが起きません。
次第に荒くなり、ミケは肩を強く揺らしはじめます。
起きませんでした。
べチャリ、べチャリと血液の不愉快な摩擦音は、ミケの手にも彼の血液を付着させていることを物語っており、既に…彼に残された時間は…
「やだ…やだよぉおぉ…」
ミケは久しぶりに、現実を直視しました。
現実とは、こんなものだったんだ。
久しぶりに、そう気付かされたのです。
現実と想像のギャップ。
いや、たとえ想像できていたとしても、現実に「そうなる」という意外性には、到底かないっこないのです。
うなだれるミケのブレザーのポッケから、スマートフォンが、血溜まりの中に落ちました。
そうだ、救急車。
貧相な思いつきだけど、今は頼るしかない。
1、1、9。
すがるような思いで血の着いた指で液晶を汚しながら、そのボタンを押して…
繋がった!
「消防署です。火事ですか。救急ですか。」
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