「クルスとミケの花水木」

ハナミズキ【花水木】

 ミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属の落葉高木。ピンク色。植物学的な標準和名ではアメリカヤマボウシと言う。

 花言葉は『返礼』『私の想いを受け取って』


ミケ「う……」



 ミケは吸い込まれるような微睡みの中にいたのでした。

 ムクリと、ゆったりと起き上がります。

 強い日差しの中にいたと思っていたのですが、目を覚ました時にはもう、人工的な冷風が効いた、34畳半の、広くもなければ狭くもない空間。しかし、その空間を数人で占有するには、まあまあ手広な空間。

 管理が行き届いているのか、それとも誰も来ちゃいないのか、恐ろしく綺麗な『教室』に、ミケはいたのでした。


カナ「また寝てたのか……」


 そして、姫乃カナ。いつものしかめた顔で、机に突っ伏したミケを見下ろしています。その声を聞いて、ミケは少し眉を鎮めるのでした。


 これは、いつもの日常。


アガサ「ん、起きたか〜??」


 次に、阿笠亜蓮。普段と変わらぬ軽薄で飄々とした態度の彼女は、寝ているミケの、少し離れた黒板辺りの教卓に座っているようです。なんとお行儀の悪い……


ディノ「……」


 そしてこの人は、ディノ。いつもミケに顔を見せない人。なので、今はとても新鮮な顔を皆に見せてくれています。青く染めたような腰までの長髪。冷めたようなクールな視線。雪でも貼ったような、青白の肌。

 名前と同じく、やはり見た目も外国人。

 ディノは、ミケに敵意の混じったような冷徹な視線を向けた後、すぐにそっぽを向いてしまうのです。


 ……なんてことは無い。別に普通と言われれば普通の事なのですが。


ミケ「あれ……?なんで三人、ここにいるわけ?」


 ミケは、少し気になって聞いてしまいました。カナはまたしても呆れたような顔で、


カナ「あのなぁぁ〜。言ってたろ。今度五人で、遊びに行こうって」


 ……五人。五人というのは、ミケ、カナ、アガサ、ディノ……そしてあともう一人、ということなのでしょうが──────その一人、というのは一体。


 なんて、無駄に考えなくても、判る事なのでした。


クルス「ん、ミケ、起きた?」


──────何故なら、これはなんでもない、普通のことなのですから。


 クルスが扉を開けて現れるとディノが俯きがちなぱぁっと、顔を上げ席を立ち、


ディノ「おかえり、クルス」


 先程とは打って変わって機嫌のいい声色で彼女に寄って話しかけるのです。

 彼女、人見知りなのかな。


アガサ「うし、五人揃ったよな。それじゃあ、行こうぜ」


──────カナの言っていた、約束の五人が揃いました。

 これから私たちは、この五人で遊びに行く……遊ぶって、具体的に、何処で何をするんでしょう?


 そんな疑問を置き去りに、ミケを覗いた他の四人は教室の外へ行ってしまいます。


ミケ「ちょ、ちょっと。置いてかないでよ」


 そう言って、ミケもその一団について行くのでした。


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そうか。と理解する。

 ここはもう、彼女の領域テリトリー内なのか、と。一人考えていた。恐らく、このような思考を持っているのは。

 否、保って居られるのは──────


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 場面は切り替わります。


 仄暗い証明に液晶の光とポップな音楽。サイケデリックな喧騒。何度も来たことがあるのに、どれも目新しい。でもその空間は、別に変な所はある訳では無い。遊戯に囲まれた電子空間。

 そんなゲームセンター、でした。

 

クルス「ねぇね、次はこっちに行こうよ〜っ!」

アガサ「あ、おい。迷子になるなよ?」


 誰でも、子供の頃に行っていそうなゲームセンター。特別はしゃぐような空間でもなさそうなのに、クルスはまるで子供のように爛々と、私たちを引っぱり回しているのです。

 私たちも、彼女の先導について行く──────


カナ「なあ、ミケ」


 突然、後ろから、カナがミケの腕を引き止め。何?と、ミケは振り向き。


カナ「……たぶんここは、『アイツ』の世界の内側、だよな」


ミケ「……!!」


──────私以外にも、気が付いている人が居た。まだ完全に、この世界には染っていない人間。姫乃カナは、まだ『世界水木の御所』に縛られていなかった!


カナ「時間が無い。簡潔に、単刀直入に話す。」

ミケ「……うん」


 カナは、精一杯の理性で、今のカナを保っている。異常なまでの冷や汗が、ミケにそう語るのです。


カナ「予想でしかないが……この能力はクルスの『』をベースにしているんだと思う。戦闘の意思をにしていたんじゃ……こんな大掛かりで無駄なことは無い。」


ミケ「……たしかに。戦うのがホントにしたいことなら、私達はスデに攻撃らしい攻撃を受けている、はずなのか」


 そう、戦闘にしては、実に回りくどいやり方。実に無駄の多い所業。誰から見ても、この行為は戦闘とはかけ離れたものであると、カナもミケも思い至る。


カナ「ああ。そして俺たちは、この世界を壊さなくっちゃあならない──────」


 そのためには、とカナは続けようとした。

 


ディノ「無駄よ」



 その続きに、ディノが割り込んでくる。

 ミケとカナは振り返る。

 いつにも増して、冷え切った瞳をしていた。


ミケ「ディノ……」


ディノ「……あなたたちの考えていることは、大半は当たりだわ。この世界は願望の世界。クルスは、あなた達との和平を望んでいる。

 先程の……私が言ったことは訂正するわ。この世界は……そしてクルスは、戦闘を目的としていなかった。」


カナ「和平だって……?こんな無茶苦茶な夢で、何を誤魔化そうって言うんだ……!?」


 カナは拳を握りしめ、『何か』をそこからだそうとした。

 しかし、出ない。


カナ「……バリアが」


ディノ「ここでの……私たちの能力行使は禁じられている。武力衝突も同様、禁じられている。私たちができるのは『会話』。それだけ。貴方達は、何も出来ない。何も出来ないまま、この微睡みの中に心を落とすのよ。


 貴方の心も、落ちたがっているわね?」


カナ「…………くっ……」


 細長く、三日月のように切れ長な笑みを浮かべて、ディノは、クルスが行った足跡を辿るようにして、その喧騒の中へ消えていく。

 消えていく寸前に、ディノは足を止めて。


ディノ「ああ、でも……あなたは別かもしれないわ。貴女なら、この世界を無理やり断ち切って、この世界を出られるかも。

 でも、既に心を落としてしまったアガサさんや、引っ張られそうになっているソイツは、貴女について行くことは出来ないでしょうね……♪」


ミケ「それは違う」


ディノ「何?」


ミケ「私は、クルスの考えたルールの中で闘う。そして『勝つ』」


ディノ「……そう。無駄だと思いますけどねぇ……♪」


 にへらと笑って、ディノは今度こそ、ゲームセンターの奥へと消えていった。


ミケ「カナ。バリアは、自分の心を守るのに使って。外には出せないけど、内側なら……」



カナ「っ──────……────」




ミケ「…………?」


カナ「…………ぁ…………………………あ?……」



ミケ「カナ?」



カナ「……あれ。今、俺たち、何してたっけ──────」


 どうやら、時間的余裕は無さそうです。 


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