「ミケと群雄割拠 ④」

 突如、空気が変わった。

 雰囲気が変わったとか、そういう比喩ではなく、本当に空気の質が変わったのだ。

 どんよりとした、絵の具のような…土気色の匂いがする。


「かはっ…あ……!?」


──────吐血。白い床にはっきりと分かる赤の斑点。口に残る、嫌な鉄の匂い。

 息が…詰まる。苦しい…っ……


「もうタイムアップか。意外とぉ…早かったんじゃないっ?」


 ゆっくりと、にじり寄るように、這いずるように起き上がる河坂。


「私の周囲はカビで既に満たされていた」

「思い出してみればさ、随分とまぁ接近して、直接触ったりとかしてたじゃないかなぁ?」


 カビの被害は接触だけじゃない。

 さっきの結界内はカビの空気で充満していた。つまり、あの時からミケの体は、徐々に侵されていた。


 相性が悪すぎる。

 身体を酷使するミケの能力では、勝ち目は到底…


「…はぁ…ぁ…」


 今まで普通に見えていた空間が、徐々に色あせて、歪む。

 

「何とか…言えよッ!!」


 河坂はいままでの鬱憤と屈辱を撒き散らすように黒砂でミケの身体を絡め取り、締め付ける。


「がッ──────あ」


 息すら出来ないこの状況で、叫び声などあげられるはずもない。

 まともに暴れも出来ないこの状況で、ミケは──────


「舐めんなッ──────!」

「…は?」


 ガリッ…

 自身の前歯を自分自身の顎の咬合力で抉る。

 そして。


 残る肺の空気と筋肉をフル活動させ、それを弾丸のように天井へ飛ばした。


「何したかと思えば、飛んだ悪あが…!?」


 狙ったのは蛍光灯。音速に近い速度で放たれる前歯は、簡単にその管を貫く。


 火花、散る。

 カビでいっぱいの空間であったそこは、一瞬にして引火、熱せられた空気が一気に膨張する──────!!



 強烈な爆発音が、通話の最後の音となった。

 一部始終を聴いていた日野ミコは、最期の爆発音で何となく…察してしまった。

 ミケは爆発に巻き込まれた。かの敵、河坂夏尋を巻き添えに…


 両者無事…という訳には行くまい。

 しかし、ミケは生きている。

 根拠は無い。しかし示し合わせた答えのように、その事を知っていた。

 肝心なのは、誰よりも早く、その地に赴き彼女を回収することだ。


 車を運転する。もちろん未成年で無免許だが、言ってる場合ではなかった。

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