「カナの激突必至 その②」

 妙に明るく、広く、玉のような造りのそれは、聖堂のような厳かな場所。

 しかしそこに長椅子はなく、掲げるべき旗も神もいない。

 そこには少女がいた。悪魔のような、深淵を除く瞳をたたえた、紛うことなき、悪魔…

 ミケと同じく、『母体』の彼女だった。

 俺はその悪魔の下僕により、囲われている。

 もはや逃げ場はない。


イブキ「カナ…ッ!!」


 大人が、助けに入ろうと走ってくれる。

──────だめだ。彼女では到底叶わない。下僕共に軽くあしらわれて、傷つくばかりだ。


カナ「やめ──────」


 気付いて、止めるよりも早く、彼女は俺を囲う一人の男に、文字通り軽く蹴られて、転がされて、それで終わった。

 彼女だって本気だった。

 しかし、これは魔術も超能力も超えた、異次元。異質なる戦争なのだ。

 魔術士すら一般人レベルに扱われるこの領域で、彼女はあまりにも非力だ。


スーツの男「この女…どうする?」


 男は親指で、今しがた蹴り飛ばした女を指差す。ただ冷徹に、リーダーの指示を待つ彼。

ローブの女「いいんじゃないかしら。ほおって置いても」


 まるで命を弄ぶ魔女のように嘲笑混じりの声を発するローブの女。

 ナイトキャップの女はと言うと、呑気に欠伸をかいていた。


中性的な男「いいの?そんな簡単に。なにするかわかったもんじゃないよ?」

クルス「何も出来ないよ。彼女には、何もできやしない。だから、ほおって置いてもいい。邪魔だと思うなら、処分してしまいなさい」


カナ「やめろ!!」


 その言葉が、俺の何かに触れた。心が軋む音がする。目がじんじんと暑くなって。

 なんなんだ、こいつらはさっきから、ゴタゴタと好き勝手言いやがって。

 しかし俺は立ち上がることは出来ない。吠えることしかできない。既に手足をクルスの手枷足枷によって封じられていた。


スーツの男「…ちょっと、調子に乗りすぎなんじゃないのか?お前──────」


 スーツの男は俺の髪をつかもうとする。掌が接近する。


──────この時、姫乃カナの知性が、とてつもないインパクトを生んだ。激情に駆られていたカナの心が、精神が、この状況を打破しようと重い腰を上げたのだ。


カナ「ァ──────!!」

 ガラス細工のような手枷を内側からぶち壊し、周囲を衝撃波で吹き飛ばす。

 彼奴以外の四人は気付いてその衝撃波を防げたからいいものの、ゼロ距離にいたスーツの男はまるで瞬間移動でもしたかのように壁にめり込んだ。


スーツの男「がっ…あは──────」


 内蔵でもやられたのか、口から血反吐を吐いて蹲ってしまった。

 ──────心底どうでもいい。今は。

 俺は、まるで最初からソレのつかいかたが分かっていたかのように、動く。

 ミケみたいに、足にめいいっぱい衝撃波を込めて、雷の速度で踏み込んだ。

 方向は、もちろん──────


カナ「イブキ!!」

カナ「ここから、逃げるぞ──────!!」


 出口を確認する。噴水の向かう側。

 それは、あの四人を突破しなければならないということだった。

 明らかに異次元な一人と、未知数すぎる三人。


イブキ「逃げるって、逃げ切れるの……!?」

 イブキは俺の襟を少し引っ張って言う。

 しかし違う。俺達が逃げるんじゃない。

カナ「違う。お前が逃げるんだ、イブキ」


 イブキは目を見開いたようにして、引っ張るのを強くした。死ぬ気なのかと、信じられないような瞳で見つめてくる。


イブキ「お前──────」


 精一杯の抗議を、しかしイブキは呑んでくれたみたいだ。理由は分からない。俺はとりあえずイブキに、俺のスマートフォンを持たせた。


カナ「無事逃れたら、ミケかミコのアドレスに連絡しろ。必ず助けに来てくれるから。


──────じゃあ、行くぞ……!!」


 待て、という制止を振り切って、イブキの身体を抱えながら、唯一の出口へと走り行く。

 無事であろうとは思ってない。

 しかしそれでも、があったのだ。


 

 

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