「カナと酒酔酒解 ②」

「探偵……」


 この切迫しつつも突飛な異能系サスペンスが続く中で、探偵と呼ばれたら一つしか思い浮かばない。


「異偵か。」

「日本支部のね。君達を狙っているクオーレの人間では無いさ」


 多方、日野にお呼ばれされたのだろうな。

 俺がわざわざ出張ってきたのは『力が弱いから』。弱いからこそ潜入できるからだ。

 しかしその弱さを補うには、別の強さが必要という訳だ。


「それにしても、敵はどうして機上に…」

「…気づいてたんだ。」

「ええ、まあ──────」


 あの揺れは風に煽られたことによる揺れでは無い。

 おそらく大質量のもの、もしくは高速で落下してくる物体がぶつかってバランスを少し崩したのだろう。

 そしてその『物体』とは間違いなく人間。いや、人為的な攻撃とみても良いかもしれない。


「まいっか。急ごうね〜!」


 イブキは先程の酔いは何処といった感じに、あっけらかんとして俺の前を走り、R3の位置のドアへと走っていく。

 俺も急ごう。


 着いた。R3ドア。R3、というのは飛行機のドアの位置のことで、右側RIGHTの先頭から3番目、という意味である。

 そのドアは白い鉄塊。固く閉ざされており、一般人はおろか、CA等ですら許可なく開けることは許されない。


「…機上には俺も行きます」

「あ、ダメだよ〜〜?」


 がーんだな…出鼻をくじかれた。


「君の役目はクオーレの基地への潜入。戦闘じゃあない。」


 たしかに。

 潜入できるのは『弱い』俺だけだ。その俺がこんなところで死んだら、誰がアガサの母親を拉致するって言うんだ。


…でもでも、俺だって、アガサと一回やりあってるんだ。簡単にはくたばったりしないはずだ─────


「じゃあァ、君はゆっくりとフライトを楽しんでくれたまえェ〜っ♪」

「あ、ちょ──────」


 そんなことを格好つけて言う前に、イブキはドアをこじ開けて、ドアの上の縁を持って逆上がりの要領で機上へ行ってしまった。

 ミケほどでは無いが素晴らしい身体能力…いや、時速900kmで飛行するこの機の機上に乗るのは、ミケでも難しいんじゃないのか…!?

 まああいつならなんだかんだ何とかするが。


 そんなことを思いつつも、機上に行った彼女と、応対するであろう刺客を確認、観察するために少しだけ身を乗り出した。

 位置関係はイブキが機首側、刺客は尾翼、エンジン側のようだ。

 刺客はかなりエンジンに近い位置にいるらしい。



「へぇ〜〜ん?どんなバケモンが顔を出すかと思ったら…『ドロミテの雪女』ね」


「「ッッるせェェッ!!!私にゃァ『グレイスケール』ッつぅ誇り高き名前があンだよスカタンッ!!!」」


 罵声が耳に響く。『ドロミテ』?『雪女』?

 まるで季節錯誤。寒冷地仕様のコートを来た、肌が青白く、見た目からは冷たい印象を受ける女。しかしその言動は五月蝿く喚き散らすフューリーな女だ。

 …足元が何故か、氷漬けになっている。

 …いやあ、なんでだろうなあ。


「わかりやすいだろ姫乃君。この子の能力は」

「…ああ。」


「「ッるせぇ!!」」


 ──────触発されたグレイスケールは、機上を駆けながら氷の欠片を飛ばす。


 当然のごとく時速900kmの向かい風は牙を向き、その飛び道具の弾速は、俺でも見えるくらいには遅かった。イブキは難なく避ける。


 しかしそれはブラフ。おそらくメインは、グレイスケールの足元から伸びてきている、霜!!


「危ない!!」


 しかしそれも、華麗なバック宙で交わされてしまう。


…は?バック宙?ここ機上だろ?

 絶対に接地していなければならないようなこの状況下、綺麗な弧線を描くバック宙だと?


「やる気ィあッるぅ〜〜??」

「「クソがッ!!」」


 グレイスケール…名前が長いからグレイと呼ぶが、おそらく、グレイは足元を凍らせることでこの機上というリングに上がっていられるのだろう。足元を固定する力がなければ、彼女はこの場で、この風圧で吹っ飛んで海の藻屑。

 ならイブキはなんだ?なぜあの状況で立っていられる──────?


 グレイは再び氷の力で武器を形成する。

 パキ、パキリとひりつく空気が凍る。


「……デカすぎんだろ……!?」


 その武器……いや、彫刻……と呼ぶにはあまりにシンプル、それでいて……大きすぎる真球。

 これを武器に?冗談だろう。こんな大質量の氷塊が、万が一にも。この飛行機に激突したら──────!


「イブキっ!!」

「分かってるよっ!これはちょっと避けらんないねぇ……!」


 そう。避けたら避けたで飛行機が墜落して、乗客諸共死ぬ。ならば、正攻法で、ぶち破るしかない……!!だと言うのに、イブキの余裕は何なんだ。


「馬鹿が!!テメェ如きの魔力量じゃぶち壊しようがねェよッ!!」


 勝ち誇ったようにグレイは、その氷塊をぶん回す。さながらハンマーのように振り下ろされるソレは、圧倒的質量を以て対象を捻り潰すだろう。


「来い……!!」


 結論から言おう。

 氷塊はまるで薄氷のように砕け散った。

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