「カナの暗香疎影 その③」

 その頃、地下三階の摩天楼区域。



 純白の静かなビル群は、どんな戦乱が起ころうが、騒乱が起ころうが、物言わずその街を見下ろすのみである。

 たとえ、隣の数多くのビル群が、瓦礫も残さず綺麗さっぱり消失していたとしても。

 そのような、非情なビル群に見下ろされていた大通りに、ローブの女『ディノ』が、猫のような少女『ミケ』に俵でも持たれるように抱えられていた。


 彼女達の戦闘は割と直ぐに終わったらしい。それも、たったのワンターン、ワンタッチ…否、実際はタッチもせずに素振りだけで終了だった。


 ディノは情けなくも命乞いをした。それはもう見事な命乞いをした。

 ディノだって年端もいかぬ女の子だった。本来なら戦争だの、阿鼻叫喚だの血湧き肉躍る戦いだのには巻き込まれたくない乙女なのである。

 そして、それを少し哀れに思ったミケが、ディノに地下4階までの道案内をさせることで手打ちにする事にしたという。


ミケ「なんか、同じところをぐるぐる回ってる気がする…」


ディノ「それはあんたが方向音痴だからよ。私はこんな格好だから、前が見えないのよ」


ミケ「ローブなんて辞めればいいじゃん」


ディノ「貴方の持ち方のことを言ってるのよ!?!?」


 ミケはどうやら、ディノのお尻を前にしていたらしい。これでは十分なナビゲートもしてくれなかっただろう。南無三。



━━━━━━━━━━━━━━


閑話休題。

場面は再び地下四階、回廊。



スーツの男が眉間に撃った弾丸を皮1枚で防ぐ。

 

スーツの男「チッ」


 また膝に向かってくる弾丸を同じように防いだ。


 カナの防護壁は堅牢だ。霊的エネルギーとして体内で同化した防御力は、もはやスーツの男……カエデ音羽オトハの弾丸は骨子にすら届かない。


 しかし、カナはその防御力を、防御の為に外に出すことは恐らくない。オトハの能力は『弾丸とする対象物A』に『対象物Bに触れた』という結果を作る能力。一旦触れなければ弾丸は撃ち落とせない為だ。


オトハ「厄介極まりねぇ能力だな!!」


カナ「お互い様だろ!」


 カナは前進する。それに対しオトハは、背を向け逃走。しかし、それによってオトハの品格が失われることは無いだろう。オトハの能力は後方支援タイプ。逃げには強いが攻めには弱い。加えて隠れ場所のない、碁盤の目状の回廊。自然に、カナが追い、オトハが逃げる形になり、戦闘をすることになる。


──────これは不味いと、オトハは焦る。

 アイツの能力は相性がかなり悪い。あんな風に、全ての弾丸が防がれていたらお終いだ。いつかジリ貧になって、こっちの弾が尽きてしまう。


オトハ「何とか打開策を…」


カナ「逃げるか、だが、それも良し」


──────大して、カナは冷静だ。カナの目的は、オトハとの戦闘により、足留めをすること。つまり、この相性条件はいまのカナにとっては苦にはならないということだった。

 しかし、最善の選択と、最悪の回避を求めるならば、彼の戦闘不能をカナは選ぶだろう。


 カナは指先に光子を収束させる。防護壁の防御力そのものを、抽出して取り出した霊的エネルギーを収束。


カナ「『防御力』の、応用…!」


 発散。さながらレーザー光線の如く、真っ直ぐオトハに向かって飛ぶ。防御力とはいえ、力は力。防御と攻撃はいつだって表裏一体。


オトハ「ただのレーザーか?拍子抜けだ」


 ただ真っ直ぐ飛んでくるレーザーに、オトハはS&Wを2発発射させ破壊しようと試みる。


 が、真っ直ぐ飛んだレーザーは、音羽の眼前で、枝分かれした。無数に枝分かれしたレーザーは、音羽の全身に満遍なく衝撃波をぶつける。

 オトハが放った2発の弾丸じゃあ到底防げない。


オトハ「あぶっぅ…はぁっ!!」


 衝撃波により弾ける空間は、音羽の全筋肉繊維が軋み、血管がちらほら内出血を起こすほどの負傷を負いながら、壁に背中から激突する。


──────そうか、『応用』。オトハがカナの肉をえぐるには、能力の応用を働かせなければならない。

 オトハの能力。弾丸が対象物に触れる結果を作る、一発必中、百発百中の因果逆転の能力。


 狙った箇所には必ず当たる能力だ。


カナ「どんどん逃げろ。長期戦と行こうか」


 カナは再び、指先に光を収束させ、解き放つ。


オトハ「同じ手食うかよ!!」


 もう片方の内ポケットからベレッタM92を取り出し、枝分かれした光弾を14発、弾倉を一倉全部使い切り、全て撃ち抜いてしまった。実弾とはいえ、現実改変能力によって多少強化された弾丸。それなりに威力はあるということだ。

 そして全ての弾丸はカナの元へと集結し、防護壁を貫通せんと突き進む。


 が、駄目。防護壁と光弾は同時発動可能。呆気なく弾かれる。


オトハ「反則クセぇ…!!」


 再びオトハは壁伝いに走る。角を曲がって、

長距離走でもするように走る。



 そうして、ぐるりと一周した後、オトハは歩みを止めて、再びカナに向き直り、堂々と拳銃を突きつける。


 先程、散々弾丸を無駄撃ちしたのにも関わらずだ。

 カナはこの数十秒の闘いで、オトハの戦い方を見抜いていた。

 何かは分からないが、何かある。そう思わせる凄みがある。


 カナも追う足を止めた。


カナ「いいのか?お前の弾丸はあと2発だぞ。」


 カナの眉間と膝を撃って2発、初撃のレーザーを撃って2発。あとはベレッタの全弾。残りはS&Wのリボルバー拳銃に2発だ。


 あと2発。装填の時間は、カナは与えてくれないだろう。

 あと2発で、勝負を決めなければならない。


オトハ「言ってろ。俺に迷いはねェ」



 弾丸を放つ。45口径の弾丸が、カナの心臓を狙いつける。


 カナは腕を前に出し、腕を盾にするようにしてオトハへと肉薄する。


──────カナの肉体内部に張り巡らされた防護壁。このオトハの能力への対処法は、オトハの能力が、『対象物Aが対象物Bに触れる』という結果を満たしてしまえば、それで終わってしまう為、あえて直接肌で触れ薄皮一枚を犠牲にし、代わりにその中に張り巡らされた『防御力』で、内部への侵入を防ぐ、というもの。

 つまり、『カナの体』が、『対象物B』であることを前提とした、能力の対処法なのである。


 たったの薄皮1枚でなんでも貫く弾丸を弾ける。実に安い買い物だ。


ならば、その前提を覆せば──────


カナ「っ…!!」


 弾丸はカナの腕の『内部』に、ドリルのように捻り込みながら侵入した。肉体が掘り返され、神経が苛立ち、血液がそのジャイロ回転により噴出する。

 顔を限界までゆがませながらも、咄嗟に腕を振り抜き、弾丸の軌道を変えた。


 すると、弾丸は向こう側の壁に、蛇のような起動を描きながらも真っ直ぐに埋まって行った。


カナ「…そうか、忘れていたな…」


 カナはただ、相手の能力が必ず命中するホーミング弾、とだけ認識していたのかもしれない。ただ可能性としてだけ、考慮していたかもしれないが。

 しかし、その弾丸は『結果を約束された弾丸』。いかなる邪魔を受けようが、ただひたすらに己の目標に向かってひた走る。

 壁を、全て貫いてでも。軌道を幾度となく曲げられても。



 結果と起点にある全ての因果は、改変される。



 これこそが、オトハの能力『フェイトアングラー』の真骨頂。


オトハ「俺の弾はなんでも貫く銃弾だ。あらゆる壁は存在しないも同然なんだよ!!」


 隙を見てオトハはベレッタの弾倉をリロードすると、徒歩でカナに接近する。

 カナの先程の優勢は夢幻か、オトハが堂々と歩くのを、許している。


カナ「やはり、な」


 否。むしろカナから、近づいている。


オトハ「は?」


 なぜなら、カナにとってオトハの行動は、驚きこそすら、計算の範疇でしかないからである。


カナ「やはりお前はこちらに寄ってきた。軌道を逸らされる心配がないように。お前の…『全てを貫通する弾』の唯一の弱点が、それだものな。

 お前の標的は俺じゃない。弾道を途中で逸らされたのはそういうことだ。当然、距離もひらけば回避もできるだろうな。

 だからお前はあえて、得意では無い近距離戦…否。『ゼロ距離戦』に持ち込もうとするわけだ。

 お前にはそれしか手がない。お前は俺を、どうにか距離を取られないように追うしかない。」


オトハ「…そこまで分かってて、何故逃げに徹しない?」


カナ「それが、俺の最善だからだ」


 両者、構える。

 防護壁、光弾、光の粒子、レーザー。

 追尾弾、貫通弾。

 お互い手は出尽くしただろう。

 出尽くした上で、後半戦に突入する。

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