「クルスの厳父慈母 その③」
仄暗い電算室。まるで木の枝のように繋がったホログラムの一つ一つが証明代わりで、ただの機械類達を、まるで夜の精霊のように幻想的に照らしている。
クリスマスツリーを思い出す。
大都会のイルミネーションは、派手さなのだろうか?
クルス「じゃあ、倒すね」
幼げな声で、しかし冷徹な声で、この小さい生き物は赤い翼を拡げる。
一つ一つの翼を構成する羽…粒子が、ホロホロと輝いて舞い散っている。まるで蝶の鱗粉のように輝くそれは、存在そのものが幻想的だった。否、幻想的と言うより、神秘的…
しかし、それに似つかぬ明確な『敵意』。
阿笠亜蓮は歯を食いしばり、背中から白の幾何学模様の翼を伸ばす。あちらが蝶ならば、こちらは羽虫だろうか。葉っぱのように脈をもった模様の羽根は、白く、鈍く輝きアガサの身体をより大きく見せようとする。
オルガ「では、私は失礼する。まだやるべきことがあるのでな」
オルガは電算室の奥へと消えた。
ココには、アガサとクルス、そしてイブキの三人のみ。
アガサ「そこの姉ちゃん。親父を頼むわ。」
背後にいるイブキに指示をする。
オルガが何をしでかそうとしているのかは、アガサは知る由もない。しかし、彼が、彼等が暴走しつつあることは察しがつく。
止めてやりたい。でも──────
イブキ「やらいでかっ…!!」
しかし元からそのつもりだったらしいイブキはホログラムの木の枝をかき分け、オルガの元に走り去っていく。
──────そして、二人だけ。
アガサ「さぁ、最期の姉妹喧嘩と行こうじゃねえか」
白き翼を携えたアガサは直進する。
最初からフルスロットル。『
──────アガサには解っていた。
この闘いは負け戦。最初から勝ち目等、最初からない。
力に関しての審美眼を持っているが故の、戦闘前の敗北というのは、心に強い負荷をかけてしまうものだ。それでも、踏み込む。
何故ならそこには、大きな意義がある──────
踏み込んだスビードを維持しながら、超光速を、維持しながらの正拳。
その余波だけで電子であるはずの周囲のホログラムが歪み、衝撃で壁が、天井が大きくひび割れる。
アガサ「ぐっ…あぁっ!!」
しかし、痛みに悶絶したのは殴りつけた方のアガサだった。拳から血潮を撒き散らしながら、蹲る。
クルスは、ただ棒立ちするのみ。たったの一動作もなしに、アガサの攻撃は露と消える。
彼女と彼女の間にあったのは、『絶対的な壁』…そう、防護壁であった。カナのものよりも、強力無比。なによりも、その存在感からして、違う。ガラス板と歴戦の城壁を比べる馬鹿がどこにいようか。
アガサはそれに思い切り拳をたたきつけたのだ。
天罰は下る。
クルス「今度は、こっちから行こっか」
クルスが次に取りだしたのは、緋色の大剣。
それは、まるで氷柱を思わせるほどの、美しくも禍々しく、透明感がありながらも重厚な容姿をしていた。それを、クルスはその細腕で、片腕で難なく支えている。
鈍く赤色に光りながら、その大剣は明確に、視認したアガサに訴えかけた。
『ここで死ね』
クルスが振るった時には、アガサは既にその大剣の
気がついたら後ろに下がっていた。
それを振るわれる前に、下がっていた。
アガサ「はぁ、はぁ、はぁ、は」
背筋に恐怖という名の悪寒が走る。かすったりでもしたら、一撃で再起不能は免れない、正しく一撃必殺の斬撃。
しかし、振るわれた跡はその土地に残っていない。あの重量で、あの速度で振るわれておいて、その風圧は建物を崩壊させていない。明らかに物理法則のおかしいこの現象を、しかし阿笠は考える余裕すらなく、第二撃がやってくる。
クルスが、動いた。
クルスは雷を錯覚させるような、残像すら掴めぬ速度で踏み込み──────薙ぎ払う。
アガサには避ける以外の手建てはない。避けるしか、ない。
アガサは翼を用い空を飛び、上空へと逃げおおせる。
しかし制空権を持っているのは彼女だけでは無い。クルスもまた、翼を持つ者。空にも、逃げ場は無い──────!!
アガサ「母親を生き返らせるんだって─────!?」
クルスの一挙一動に目を凝らしながら、一定の距離を保ち飛行する。
アガサを、追うクリスだが、投げかけられる言葉に思わず耳を反応させる。
クルス「そうだよ!!だから─────」
アガサ「お前はそうやって、都合の悪い現実は認めないのか!?」
クルス「自分の力で理想を叶えて、何が悪い!?」
クルスは大剣を、大振りに振ると見せかけて、アガサに投擲する。決死の高速移動も虚しく、片翼を引きちぎられてしまう。
しかしなお、アガサは飛翔する。
アガサ「そのお前の力で、母さんが生きた歴史も弄ぶのか!?そんなの、ないだろう!?この──────」
クルス「弄ぶ訳じゃない!!続きを願って、それを作るだけだ!!この──────」
アガサは、クルスが剣を捨てたのを見計らい、再度クルスに突進を仕掛ける。
クルスもそれを迎え撃つよう、拳に赤色の、魔力にも似たオーラを溜め込んだ。
「わからず屋──────ッ!!」
もはや、ただの姉妹喧嘩。
互いの拳が交錯する中、先に届かせたのはアガサだった。
しかし、クルスの身体は怯まない。回転し、慟哭し、尚もその拳を振り抜き、アガサの身体を撃ち抜く。
アガサ「がはッ…!!」
鳩尾にクリーンヒット。内蔵がぐしゃりと潰され血反吐を吐き散らしながら、ホログラムの塵を揺らし壁に叩きつけられる。
たった一撃。
アガサが、クルスから貰ったのは、たったの一撃。
一撃のみで、もはやアガサの身体は死に体だった。
あのララとの連戦関係なしに、クルスはアガサよりも数段上。だから言ったのだ。
勝ち目など、最初からないのだと。
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