「アガサの夢中説夢 その①」

むちゅうせつむ【夢中説夢】

 絶対にありえないこと。実態のない、儚いこと。


 現在地、地下3階の森林地帯。

 森林は木の密度はそこまで高くは無いものの、カーテンがかかったように霧が渦巻いており、その視界は良いとは言えない。

 ララは頭でも掻くようにナイトキャップを被り直す。


ララ「いつでもいいよ」


 すると、ララはその草のカーペットに寝転んでしまった。


アガサ「……お前、巫山戯てンのか?」


 アガサは眉を顰める。

 大事なのは、矜持。こと戦闘において、一日の長があるとアガサは自覚していた。

 それ故に、目の前の光景をアガサは許さない。


ララ「ちがうよ」

ララ「私は巫山戯てるんじゃない。手を抜いてるんだよ」


アガサ「それが、巫山戯てるってッ─────!」


 自分を馬鹿にされたと感じ、怒る。

 しかし、彼女の、ララは間違ってはいないのである。

 巫山戯るのと、手を抜くのは違う──────


アガサ「電装魔術行使Vronti'al Run'in'!!」


 詠唱術式と共に、アガサの腕が雷の魔素と化す。姫乃カナとの戦いで見せた、電装魔術である。あの時は詠唱がなかったが、それは威力の調整の為。今回は本気を出す為、詠唱を省略しない。

 ──────本来、電気の速さというものは、環境にもよるが亜光速で動き回る。

 それを制御、自在に操作するのは至難の業である。そしてそれが自らの四肢を雷に返還するものであるならば、使用後の四肢は必ずと言っていいほど、無くなってしまうことだろう。理由は当然、腕を構成していた元素、つまりはマナを電気にしてしまうことで、腕が飛散してしまうからだ。

 しかし、彼女は相も変わらず五体満足であり続ける。その理由は、単に彼女が天才が故であった。


 アガサはその腕を振るう。亜光速の雷槌が、寝転ぶララを穿とうと一直線に放たれる。


 否。見えた時点で、手遅れ。亜光速とはその程度の速さなのである。

 その雷は、必ずララに当たる。


──────筈、であった。


ララ「眠っちゃいそうな弾速ね」


 しかし、彼女はそれを凌駕して、アガサの背後にいた。汗もかいていないし、表情も何一つ変わっちゃいない。


──────なぜだ?私には、ソイツの移動経路は愚か、残像さえ見えなかった。

 幻術?

 ありえない。守る術は知っているし、今も行使している。

 私より、速いのか……!?


 気配にハッとして、向き直る。

 しかし彼女はそんなアガサを手篭めにするように、またもや霧散する。


ララ「いま、貴方はさぁ。こう思わなかったかな

。『自分よりはやい相手がいるなんて』……ってさ。」

  

 今度は居ない。どこにも気配がない。魔力による探知にも引っかからない。本当に、霧のように消えてしまった。

 声だけが、頭上から響き渡る。しかし頭上には青空を完璧に模したような天井があるのみである。


──────やばい。

 アガサは背筋に、冷や汗が伝うのを感じていた。


ララ「『速い』ってのはちょっと違う。でもね、『早い』なら、それは正解なんだ。

 私の能力は、貴方が発動するより早かった。

 勝負は、その時点で決していたの。」


アガサ「これは──────幻術、なのか」


ララ「少し違う。これは幻術よりも位相が上」


 ふと気がつくと、アガサの四肢は鎖で、木々に括り付けられていた。

 カサリ、カサリと冷たい感触に、乾いた金属の音。

 間違いなく本物の鎖。これも、幻術?


ララ「幻なのには違いない。けど、貴方にとっては本物だわ。それは、情報量の差。私の能力は、私自身の幻想を現実に持ってきて、その『現実感』を引き上げる。それだけ」


 現実に持ってきて、現実感を引き上げる。幻想を現実に持ってきても、しかしそれはまだ幻想のままである。

 だが、その現実感を、現実度をある一定まで引き上げたならば、


 人間の体くらいなら容易に騙せるということなのか。


 しかし、アガサの体はその鎖によって『浮いている』。浮くという行為は人間にできない。

 どれだけ現実度を引き上げようが、0から1にはできないだろう。


アガサ「お前は──────」


 自身の推論を語る前に、後ろから口を塞がれる。


ララ「なにか、誤解してない?

 私が騙すのは人間だけじゃない。

 世界ごとなの。悪いけど、魔術と現実改変能力じゃ、位も規模も違うの」


 世界ごと、騙す幻術……?

 そんなの、現実と何が違う。

 幻想は、幻想と見抜けなければ、その人にとって現実のままで在り続ける。

 それがただ単に人間の中だけならいい。

 しかし、世界自体なら、それはもう、なんでもありだ。


アガサ「嘘だな。お前にそんな大きな力があるものか」


ララ「嘘じゃないよ。でも、世界を騙すって言ったのはちょっと盛ったかもね。

 でも、そんなくだらない能力でも、君の母体を閉じ込めておける。彼女も、母体でありながら羽化してないみたい。

 いや、『羽化しかけ』なのかな?不思議な状態だね」


 母体……ミケのことか。

 ミケは未だここから抜け出せていないらしい。

 アガサは唇を噛んだ。さっさと行ってくれないと、私達の目的が果たせない。

 羽化……とは、なんだ?

 ララによれば、ミケも羽化しきれていないのだという。一体何のことだ?


アガサ「羽化…だ…?」


ララ「お喋りがすぎたかな。ふぁーあ……ちょっと眠くなってきちゃった。」


 ララは大きな欠伸をすると、またアガサの口元を抑える。

 そして、アガサの胸を、木々が貫いた。


ララ「それじゃ、お休み」

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