「ミケの合縁奇縁 ①」

あいえんきえん【合縁奇縁】

不思議なめぐり合わせの縁。人と人とが互いに気心が合うかどうかは、みな因縁という不思議な力によるものであるということ。


姫乃カナは、救急車に運ばれていきました。

…運ばれるまで、十数分。

願うしか、ありませんでした。

ミケは、カナが心配で心配で、学校をいつものように無断欠席し、カナが運ばれたという病院へ、向かっていったのです。


ミケは、カナの病室に行きました。

病室のベッドに横たわりながら、何やら、本を読んでいるようでした。

「ミケか。」

「お前、学校はどうしたんだよ。」

彼の病室に入ると、途端に叱られました。

「…あんたはわたしのお父さんか。別にいいでしょ。こんくらい」

「よくない。出席日数、足りてないんじゃないの?」

彼はいつもより少し柔らかな口調で、そういってきます。

なにさ。せっかく来てやったのに。

ミケは意地悪く拗ねてしまうのでした。

「…それで?」

「は?」

「怪我はどうなの。怪我だよ怪我。」

あんたこそ自分の状態がわかってないの…と悪態でもつくように、そう言います。

出血多量で、死んでもおかしくなかったような、あの怪我。

「あぁ…それがさ、不思議なんだよ。」

「不思議って…?」

「ああ。あの程度のスピードの、しかもかなり重量のあるトラックがスリップしながら突っ込んできたんだから、普通、全治半年で後遺症が残っても可笑しくないと思うんだが…今の見立てだと全治1週間。ま、2、3日もすれば退院出来るみたいだ。後遺症も問題ないらしい。骨とかも、複雑とかじゃなくヒビが深く入ってる程度で…」

「…良かったじゃない。不思議でもなんでも…カナが…」

カナが無事なら、何でも良かった。

とか言うつもりだったんでしょうか。ミケは、口をつぐみました。

「…でも…うーん…」

たしかに、不思議でした。

たとえ彼を救った奇跡だとしても。

あの傷から…ボロボロの瀕死の状態から、ケロッと数日で復活なんて。

…一体、どうしたんでしょう。


結局何が起こったのかは、誰にもわかりませんでした。そのまま、時間のすすむまま、カナの包帯は解けていくのです。

ミケは、どんな奇跡だろうが、治って、よかった。そう思っていました。誰よりも治って欲しかったのはミケなのかもしれませんね。


「治癒能力…普通、だよな。」

自分の指を包丁でわざわざうすく切り、治癒能力を測るカナ。

やはり、あの治りの速さは異常で。

あの事故で、たかだか骨折程度で済むわけない。

…しかし。自身の体に今、異常なところなんて何一つもない。

外部的な力と言っても、めぼしいものは何一つ見当たらない。手術痕も、多少の骨折で手当してもらったくらいです。

考えれば考えるほど、ドツボにハマっていくというか、なんというか…

…そろそろ、考えることを放棄することにした。それが、いいに違いない。考えても分からないことは、考えても無駄なのだろう。

さて、勉強でもしよう。


前のことがあって、ミケはあの交差点の通りにはあまり行かなくなり、ほかの通学路を通って行っていました。前の通学路よりも十数分くらい、おそくなってしまいますけれど。

…それより、かなりの日数ズル休みした方が問題な気がします。

ほかの通学路は…商店街を通る道。商店街は…まだ7時だから、あまり賑やかではありませんが。


「おはようミケちゃ!」

ネネは元気そうでした。

「今日も元気そうだね、ネネ。」

「おうともよッ!!」

かわいいネネは、ポニーテールを揺らしながらいつも元気です。

「ミケ、寝癖ついてる」

「これは髪型です〜。」

ミケは、ミケの無造作風なセミロングボブカットの髪の毛を、ネネがフニフニとつまむのを、手首を持ち牽制しました。

もっとも、剣呑な雰囲気では無いのですが。

「そういえば、知ってる?」

「なにが?」

ミケに、ネネは問いかけてきました。

「転校生の噂。」


そんなこんなで。穏やかな雰囲気が漂い続けるこの街は、その調子を崩してはいませんでした。そんなほのぼのとした空気の中、時間は流れ。

ホームルーム。

チャイムがなると、まるで躾られたわんちゃんみたいに、とたんに静かになる教室。

先生が、前の方の戸から、入ってきます。

「…では、ホームルーム…の前に」

「本日来た転入生を紹介する」


「えっ…ええ!?」

全く話を聞いてないミケ。かなり大袈裟な反応をしてしまい、机が跳ねました。

「あ、そっか。ミケはサボり魔だから…あのね、今日、イギリスから、来るんだよ!噂のスーパー転校生ッ!」

周囲がざわつきます。どうやら外国からの転入生とは知らなかったようで。

ミケもそれを察して、ネネに問いかけます。

「なぁな…どこから海外から来た転校生なんて情報仕入れたんだよ…」

あー…んっとー…と、ネネは少し吃りました。

そんな騒ぎを一閃するかのように、扉を開ける音が響きます。

━━━━━━━━━まるで、ネネの話を遮るように…

「あ、あ!来たよ来たよ!」

ネネはそう言うと、先程のことを話さなくなりました。周囲も急にだんまりになってしまったので、ミケも黙る他ありませんでした。


上履きが床を歩く音。スラリとしたスレンダーなプロポーションに、つややかに靡く黒髪。赤渕メガネが蛍光灯を反射しています。

なんというか、キラキラしていました。

「転入生の…日野 ミコさんだ。」

なんと、イギリスから来た、日本人でした。

「…」

日野ミコは、挨拶もしないまま、無言のまま、学習机の合間を縫って行きます。

周囲がザワザワとし始めます。

無礼な態度にイラついたのか、いきなりの行動に面食らったのか。

そして、ミケの前に現れたその瞬間。

「!?」

その手を、ミケの手をいきなり握り…


「君に逢いたかった。ミケ」


…これがプロポーズなら、普通の女の子はときめくのでしょうか。

ミケは、ただ唖然とするばかりでした。


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