「クルスの創造神話」

アガサ「ちっ──────!!」


 アガサは転んだままの姿勢で、自らの足をがっしりと掴むララの、髪だらけの顔面を蹴り抜く。


ララ「ぶ……はぁ」


 顔が歪み、血飛沫が舞う。


 体格の良いアガサのスタンプは、現実改変能力に目覚める前までも、鋼鉄を貫くほどの威力を有していた。

 しかし厄介なことに、それを何度喰らおうがその手を離さない。絡みつく握力を緩めない。


ララ「行かせない……行かせないから……」


 必死に、藁に縋るようにアガサの足を掴む。

 もはや勝負にも試合にも負けたララに、できることはそれしかない。泥にまみれながら、涙にまみれながら、それでも、血肉が動き続ける限り止まらない。


 アガサにとって、戦意を喪失した相手の無力化何ぞは難しいことでは無い。

 こんなふうに縋り付いて離さない邪魔者は、蹴散らしてお終いだ。


 だが、アガサは、蹴撃を辞めた。


アガサ「何が、何がお前を、そうさせるんだ?」


 彼女には、異常なまでの執着を感じる。それがクルスのことなのか、神のことなのか、はたまた全く別のことなのか。

 でも、彼女に何か、ただならぬモノを、阿笠亜蓮は感じていたのだ。


ララ「……クルスを、神にするため」


アガサ「何?」


 手が緩んだ隙に、アガサがララの手を蹴飛ばしてすかさず立ち直った。

 しかし、アガサの心は動揺が蝕んでいる。


ララ「今の貴女にはわからない。でも、じきにわかる。私達は、理解されないの。

 だって、私達は人類から独立した、完成形へと移行する進化形なんだから。」


アガサ「話が、見えてこないぞ...?」


──────アタシは今、狂気の一端を見ているのか?

 それとも、真実の一欠片を手にしているのか?

 アタシは……?──────


ララ「でも、人間は、生命は『完成』を嫌うものだから、どうしても私たちを 遠ざけてしまう。だから、私たちには新たな世界が必要なの」


アガサ「そうか、神というのは、そういうことなんだな──────!?」




━━━━━━━━━━━━━━




ミケ「ここ、地下4階で、合ってるよね...?」


 ミケの現在地、不明。先程の森を抜けたあと、直近に階段がありそこを下った。


 長い、長い階段を下った。否、『下った』と言うには、山があり谷がありと言った感じで、ギザギザと上がっているのか下っているのか、分からなくなるくらいだった。



 その先は想像を絶する程の、光景であった。



 明朗な明かりを放つ『街路灯』。それが照らす黒いアスファルトには、車一本も通っていない。



 アスファルトと青く光る窓ガラス以外、それ以外は全て、純白の摩天楼。



 一切の音を許さない、車もなければ人気もない、ひとりぼっちのニューヨークだった。



 その大通りの中心に、ミケはたった一人、立っていた。



ローブの女「いえ。ここは地下3階。特に何をする施設でもない、遊びで作った『街』よ」 



 一人、裏路地から歩いてくる。



 全てを黒で覆い隠したその女は、妖艶とも言える声を張り上げて、ミケを真っ直ぐ見据えていた。



 ──────たぶん、敵だ。それなのに、心が全くざらつかない。



ミケ「私、急がないといけないから」


ローブの女「あら…遊んでいかないの?寂しいわ。ここにはだぁれも遊びに来ないんだから…せっかく、クルスが私の為に創ってくれたのに」


 ローブの女は恍惚と息を吐く。フードで隠れているその顔も、想像ができるものだ。


ミケ「これだけの建物を、ひとりで?」


ローブの女「ええ。」


 それは凄い。

 でも、もう行かなくちゃ。


ローブの女「そんなに急いでどこへ行くの?」


 ローブの女はいつの間にか回り込んでいて、ミケの行手を阻む。


ミケ「仲間を、友達を助けに行くんだ。邪魔しないで」


ローブの女「そう?必要ないんじゃない?だって──────


──────全員、この世にはいないのかもしれないのよ?」

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