ロウフルディフェンサー ~ギ・アジュラスの賛歌編~

鋼鉄の羽蛍

ミューリアナ街道の冒険編〜前編〜

新たな始まりはいつものバカ騒ぎから

Act.1 旅の行方はまだ知れず

 かつて滅亡寸前まで追い込まれた赤き大地〈ザガディアス〉。

 その滅亡の要因となった巨大なる存在は、〈ギ・アジュラス〉と呼ばれ畏怖された。至高神ソートを初めとした神々の信仰と、外なる神を崇め奉る世界のもう一つの勢力として、巨大なる存在ギ・アジュラスが大地の奥深くに潜んでいたのだ。


 やがて巨大なる存在ギ・アジュラスは幾つもの分体を世界に放ち、神々とは異なる手段で生命を見定めて行く。


 そして――

 今また巨大なる存在ギ・アジュラスの逆鱗に触れる不穏が世界を覆う。血で血を洗う戦乱の火蓋が、ある少女の目覚めと共に切って落とされた。


 少女の名はミシャリア・クロードリア。

 世界で初めての物理に基づいた魔導術式開発に成功し、頼れる仲間と手を取り精霊とさえも分かり合う偉業を成した彼女。その功績は、正統魔導アグネス王国は魔導の総本山〈アグネス宮廷術師会〉より讃えられ……ミシャリアはそこな代表の座を欲しいままにした。


 が、彼女は魔導機械アーレス帝国が擁する実験部隊を纏めし者でもある。



 そんな彼女へ新たに待ち構えていたのは、正統魔導アグネス王国第一王女〈アグネス・リーサ・ハイドランダー〉を仲間に加えた再びの冒険の旅路であったのだ。



∫∫∫∫∫∫



 そこは遠き時代滅びの憂いを負った国家〈クォル・ガデル王朝〉遺跡から、西へ赤き大地ザガ・ディアスの距離単位で言う所の100kmクメト離れた街。南方から吹き付ける熱く乾いた風で、高温となる大地のオアシスの呼び声高き港街にして小国である〈ティー・ワン〉下町。

 しかし夜中となれば、昼間からは考えられぬほどに気温を下降させる天候で知られる宵の裏通りで、複数の影が入り乱れる様に一つの小さな影を追い立てていた。


「みゃみゃっ!? もう追いついて来たのみゃっ! ティーガー……ティーガー! この悪い人を――」


「お嬢様っ! くっ……貴様ら、お嬢様から離れろっ! このティーガー・ヴァングラムが相手になる! 」


 さらにその後方より複数の影を追う影が怒気を撒いた。

 隆々とした体躯を斜めに覆うなめし皮鎧と、腰巻型チェーンメイルが動きの機敏さをうかがわせる男。しかし最たる特徴は、頭部両天へ飛び出る。そして怒り滲む口元では鋭い牙が月光を反射させた。


 舌っ足らずな幼さで、「みゃぁ」と特徴的な語尾を織り交ぜる追い詰められた影は、男とは対照的な程に大きな三角の耳を頭部へ生やしている。


 ――先住系獣人族オウル・ウェルフ――

 闇の住人とされる変異系獣人ウェアヒュミアと対を成すとされる、いにしえより光に属し一定の文化を築いて来た獣人族の総称である。男性の方は、その中でも主となる存在の守護を宿命付けられた誇り高き獣人部族の〈虎獣人族ティガー・ウェフル〉。さらに声を上げた幼き少女は〈猫獣人族キャトス・ウェルフ〉であろう――

 両者を引き裂く位置に陣取る集団へ、虎獣人族ティガー・ウェフルの男が飛び掛る。


 それは高温地帯にある街の宵闇に紛れた不穏のさざなみ。事態を誰とも気付かれる事なくまた朝日が昇る。いにしえの伝承に於いて、赤き大地ザガディアスへ度々滅亡の炎を齎したとされるアベル太陽とヘリオス太陽だ。

 その連星太陽と呼称された陽光が新たな一つの苦難を照らし出し、大きな因果へと導いて行く。


 港街から遥か北……世界の列強国に名を連ねる、魔導機械アーレス帝国から訪れ世界を揺るがす希望の因果へと――



∫∫∫∫∫∫



 数ヶ月の旅路の末。私はその終点となるアグネス宮廷術師会代表へと登りつめる偉業を経て、以後は少し根を降ろして新たな術の開発をと思考していました。しかし私は曲がりなりにもかのアーレス帝国が誇る実験部隊、超法規特殊防衛隊ロウフルディフェンサーをまとめる身……そう易々とは平穏が訪れないのは明白でもありました。


 ああ、私が誰かって? まだ名乗りを上げていなかったね。

 私は現在その宮廷術師会代表と、さらには我が法規隊ディフェンサーパーティーへ故あって新たに加わった、アグネスの姫殿下より〈真理の賢者〉の称号を賜った者。


 名をミシャリア・クロードリアと言うんだ。


 そんな私はただ今絶賛厄介ごとに見舞われているんだけどね?

 いったいどうしてこうなった(汗)。


「この精霊使いめが! お嬢様を……タイーニャ様を何処へやった! 返答次第ではただでは置かぬぞっ! 」


「……あー、うん。それはきっと人違いだと思うんだけど――」


「嘘を申すな! 現に貴様はいるではないか! この我……ティーガー・ヴァングラムをあざむけると思うてか!! 」




 そもそも話をさかのぼれば――私達一行があらたな冒険と、祖国はアーレス帝国へと戻り、その領地から南へと向かう街での出来事。実はアーレスが誇る港街であるフェルデロンドをさらに南下すると、今は亡き国家が広げていた領地跡へと道が延びるのです。


 その今は亡き国家の名は旧時代に栄えし〈クォル・ガデル王朝〉。現在その生き残りたる部族が僅かに残る国家を縦断し南へと続く道。詰まる所、私達のあらたな冒険の旅路であるその街道を行く道すがらの出来事でした。


「久しぶりのフェルデロンドではあったけど、あいも変わらず食堂バスターズの汚名で街人の視線が痛すぎるからね。暫くこのアーレスを離れる道を行く事としよう。」


「……待って、ミーシャ。そのってのは、そんな以前から付けられた汚名とか言う訳? 」


「今さらだね、リーサ様。かのアグネス第一王女たるあなたは、どうせ私を初め部隊をいろいろ監視してたんだろう? その程度の知識は得ていてしかるべきと思ったんだけどね? 」


「いやいや(汗)。私があなた達を視てたのはアグネスでの行動だけだから。そんなアーレスまで飛びまくってたら。」


 などとやり取りする私と、アグネス王国随一のお転婆姫様……リーサ姫殿下はミューリアナ街道に隣接する小さな村のお宿で会議中。

 ここミューリアナ街道はアーレス首都のアグザレスタから、大陸最南の黄金の国〈ゴルデラン首相国〉を繋ぐ〈ジュエルドロード〉の別名を有しています。言うなれば、北の東西イザステリア海を繋ぐ運河を領地に構えるアーレスと、南の東西を繋ぐ運河所有のゴルデラン首相国は商業で繋がっており……多くの旅人がそこを起点に数多の商業文化を行き渡らせたのです。


 そしていつしか、商人達にとっての一攫千金を目指す街道――ザガディアスの共通通貨たるジュエルの名を取り命名されたと言われています。


「まあそれはいいわ。にしても事情ありとは言え、お宿の宿泊人数が二人で限度ってのには驚いたわね~~。」


「私もそこへ、姫殿下と二人して詰め込まれるとは思ってなかったけどね? 仕方がないさ……村一番のお宿でも最高十人程度の宿泊が関の山な上、すでに数軒は満室――」

「ウチの一行を、別々のお宿へ分けて泊まらせるも止む無しだよ。」


 そうなんです。このジュエルドロード沿いの村には数軒お宿があるのですが……お宿の規模が兎に角小さく、まさかの数軒に渡って宿泊させるハメとなったのです。


 まずはこれからの冒険でも鍵となる、姫殿下の魔法力マジェクトロン制御についてを話し合うため私とリーサ様。そしてここから数十メト離れた二軒並びの別なお宿へ、それぞれウチの主力たる帝国忍びキルトレイサーのテンパロットと神官でフレード君を男性組。そして宮廷騎士のヒュレイカに彼女の自称義妹でドワーフ少女のペネの所へ、白かったり黒かったりのメイド武器商人なガンマン オリアナを女性組として。

 加えてここから山肌へ少し上った所のお宿へは、元英雄隊の黒妖精ダークエルフなリド卿とそのお嫁さん……霊位妖精ハイエルフ・テクナティアスティティ卿。が、それぞれ分かれての宿泊としていたのです。


 うん。思考するだけでも嫌な汗が滝の様に流れたね。さすが我が家族……食堂バスターズの名は伊達ではないよ。


 聞く所では、小さなお宿の主方は店舗同士の協力と小さな村発展を見据えた客引きも兼ね、村の中央にある大衆食堂〈チイ・シャン・ポウ〉なる不思議なつづりで呼ばれる大衆食堂を合同の食事場としているそうなのです。が――

 すでに受けた依頼の観点から、素性を悟られない様に敢えて宿泊する仲間が仲間とは触れて回ってはいない私達は、まさにそこへキナ臭さを感じ取っていたのです。


 ともあれ昼食の時間時でもあった私と姫殿下は、食堂 チイ・シャン・ポウへと足を運ぶ手前……偶然、南方種族らしき男性と鉢合わせる事となったのです。


「おや? あなたは南方の、熱帯地方から来られた方とお見受けした。その耳に牙……獣人達ウェルフが住まう、あのオクスタニア国の出だろう? 」


「ああ、旅の方。いかにも自分は、南方はオクスタニア国より参りし族長関係者の護衛、虎獣人族ティガー・ウェルフのティーガー・ヴァングラムと申す。時に旅人の方――」

「この界隈かいわいで、私と同国生まれである小さな少女を見かけなかったか? 名をタイーニャ・マーム・ルーンベルム・シュタルガート・ロイツェルンと申すのだが……。」


「「名前、長っが……(汗)。」」


 極めつけはその男性の探し人と言う幼き少女。語られた言葉に秘められた後々を左右する重大な不穏案件より、不穏の気配さえも吹っ飛んでしまった私と姫殿下は――



 それから数刻と経たぬウチに、なにがどうなってかあらぬ事態へ突入する事となったのです。

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