Act.84 忍び、それは主に仕え生涯を尽くす影なり

 魔人ライダーシグナーは双眸を見開いた。彼は戦いの人生で、己へ一太刀を入れる様な存在などお目にかかった事などなかったから。魔界より赤き大地ザガディアスへと足を運び、暗黒大陸でさえもその力を前にした妖魔異獣が足元にも及ばぬ力を奮った戦士。それが――


 ただの人種ヒュミアの、それも彼が盗賊風情とののしった存在から、絶命寸前の一撃を打ち込まれたのだ。


「……おい、このクソやろう。名前を聞かせやがれ。」


「名前が所望か? そうだな、お前さんは名乗ってたから礼儀に反するか。俺の名はテンパロット・ウェブスナー……さっき言ったキルトレイサーを生業とする者だ。」


「テンパロット・ウェブスナー……覚えたぜ? ならこっからは、俺様達魔人族の礼儀だ。ありがたく思え。」


 その驚愕の事態から、攻撃を停止した魔人ライダーは立ち上がると狂犬テンパロットへ名を問いただし、それを脳裏へ刻むや気配を一新した。


 先の獰猛な野獣の如き気配を、鋭き殺意撒く手練てだれのモノへと移行させたライダーは、魔人族の礼儀とうたい片手を翳す。それに反応した魔界の下級魔獣達が一斉に攻撃を停止した。


「なるほどな、そっちがお前さん……シグナー・ベリオロードの本質って訳か。いいぜ?こっちも、その種の手合い相手は慣れてるんでな。リド卿!」


「言わずもがなじゃ、テンパロット。お主の好きにやるがいい。そして我らはそこへ、一切の手出しはせぬから存分にな。」


「すまねぇ……恩に切る。元英雄隊のブラック・シャーマン。」


 導かれるは即ち、かの死霊の支配者リュード闇の組織ブラッドシェイド頭領も持ち得た、武人が武人たる心意気から来る一騎打ちの様相。奇しくも法規隊ディフェンサーは、その様な手練れとばかりかち合うが常であった。


 故に察する狂犬も、眼前で別人かの様に気配を研ぎ澄ました異界の戦士へ応える事としたのだ。


「俺様達魔人族は、己に及ばぬ矮小な者へわざわざ、崇高な戦いの儀を持ちかける事はねぇ。だが、相手が自分同等かそれ以上のつわものと認識できたなら、その限りじゃない。」

「さっきも言った通り、俺様達はこちらで活動するには魔素の元となる魔霊力マガ・イスタール総量の不足で、全力の活動には限度がある。だからこそ、戦いの儀は叩き付けるに値する相手にだけ持ちかける。それが魔人族の礼儀って奴だ。」


「ようは、実力を認めた相手への舐めプは主義じゃねぇ、って事か。へっ……気に入った。俺もその方が、研鑽のしがいがあるってもんだ。」


「抜かしやがる。が……悪くねぇ。」


 敵対していた空気が、徐々に法規隊ディフェンサーもよく知る雰囲気へと移り行く。その中心には、やはり部隊ツートップの一人にして、最古参でもある狂犬が立っていた。あるじの賢者生命を生涯賭して守る誓いを、かの蒼き皇子サイザーへと立てた暗殺を生業とした者。


 闇宵の暗殺者 キルトレイサーであるテンパロット・ウェブスナーが、異界の魔人 シグナー・ベリオロードと相対する。


「なんと……敵方が一騎打ちを申し入れて来るとは。これが法規隊ディフェンサーと言う部隊。これが……その中核を担う、かのアーレス帝国の誇るキルトレイサーの真価と言う訳か。」


「よく見ておくヨロシ。彼らが如何にして、あらゆる苦難を乗り切って来たのか。それを明らかにする戦いが、この一騎打ちに込められているアルよ。」


 感嘆と驚愕。虎人青年ティーガーさえも双眸を見開く事態に、酔いどれ拳聖マーが冷静な忠告を重ねる。そして彼としても、とは対極となる、には興味津々となる。


 振るわれ方如何によっては、彼が。やがて陽光が街を高い空から照らし出す頃――


「いざ――」


「尋常に――」


「「勝負っっ!!」」



 二つの魂が睨み合い、陽光煌めかせて激突する事となる。



∫∫∫∫∫∫



 法規隊ディフェンサーの冒険の最中。狂犬テンパロット真理の賢者ミシャリアの術式研鑽に付き合うべく、何度もかの精霊共振装填を纏い戦うが常であった。が、彼が実力を限界まで引き出したならば、その共振装填さえも必要としない潜在力を有する。


 それでも実力を封印して来た理由は、彼自身が技を繰り出す度に負の面に堕ち行く恐れ。なによりも、その点を危惧してのものだったのだ。


 しかし今、それをものともしない研鑽と、潜在力開放に必要な家族に仲間を手に入れた彼は、躊躇なくそれを披露する。眼前に立ち塞がる驚異が、過去の何者をも上回る強敵であったから。


「……っ!? こいつは……この速度はなんだ!? いや、そもそも人種ヒュミアでこれほどまでに気配を断ち、死角を脅かすなど――」


「しゃべってる余裕はないんじゃねぇか?魔人とやらよ。」


「く、そ……がぁぁーーーーっっ!!」


 魔人ライダーは一騎打ちを挑むや、双腕に煌めく可動式の武装を振り抜いた。一般的に腕へ纏う武装とは異なる、可動式の刃を備えた鋼鉄のガントレットで、極めて特殊な攻撃を成す彼の戦いは赤き大地ザガディアスでも稀に見る武技。


 通常武装に於ける戦い方は、武器の形状や特徴から攻撃パターン予測も叶うが、武装が特殊であるほど攻撃を見極めるのが至難となる。操る者にしても、その様な特殊武装は達人級の腕なくしては、自在に振るうは困難。ましてやその攻撃を相手に、初見で見抜くなど不可能と言えた。


 ところが、狂犬はその常識を軽々と越えて行く。彼にとっては容易い事であった。見極める事さえ困難な武装を纏う敵がいるならば、その敵を遥かに上回る機動力でかき回し、速度に於ける優位に立つ事で攻撃軌道を読み切る余裕を見出すのだ。


 脚力、体捌き、動体視力。加えて、多くの武装の特徴と知識を元に、あらゆる戦術パターンから応用を広げ、敵武装の攻撃軌道を読み切る――


「この俺様の攻撃を見切るとか、あり得ねんだよ! このキルトレイサーヤロウがっっ!!」


 魔人ライダーが焦燥するほどに、狂犬の持つ対武装迎撃能力は常軌を逸していた。


「ふん……吐くだけの事はあるわ。よもやこのワシでさえ、あやつの動きを捉え切る事が叶わぬとは……。」


「あの動きはすでに、ただ身体能力を術式強化した言う答えでは説明がつきまへんえ。あれこそが、彼が今まで費やした研鑽の成果言う事実に他なりまへんな。」


 魔人とうそぶく敵さえも翻弄する狂犬の動きに、目で追うのがやっとの英雄夫婦が珍しいほどの感嘆を漏らす。彼らをして、それほどの実力を持った後進が生まれた現実は歓喜以外のなにものでもなかった。


 一騎打ちと銘打った戦いは、正しく疾風の勢いで時を刻み――

 魔獣のライダーである男が、生身のみで打ち合った戦いが刹那の衝突の後、激しい終焉を見る事となる。


 大気を切り裂く高周波が街へと響き渡り、勢い良く後方へと弾かれたライダーを、ほぼ変わらぬ速度で追撃する狂犬の刃が的確に急所を狙い定める。風の業物風鳴丸の切っ先が、空気さえ焼き焦がす剣閃を奔らせた時。


「テトお兄ちゃん、、なの!」


 信じてはいる。しかし、叫ばずに入られなかったフワフワ神官フレード。彼にとっての兄貴分が、狂気舞う負の面へ堕ちるのを良しとしないから。


「ありがとな、フレード。ちゃんとお前の声は届いてる。」


 轟音と共に、建物の壁へと叩き付けられた魔人ライダー。そこへ突き立つ風の業物風鳴丸は、敵の首元の僅か傍を掠める位置へ。ライダーすらも、一瞬己の死を悟る程に正確無比な一撃が、急所を外されてそこにあった。


「何のつもりだ、テメェ。」


「悪りぃな。ウチの部隊でいる限り、無用な殺しはしない誓いを立ててる。このまま敗北を宣言して、姿をくらましてもらえると助かるんだが?」


 あおる口調も、敗北が脳裏を掠めていた魔人ライダーは多くを返さず。狂犬も、相手に戦士としてのプライドがあると悟り、決して敵の尊厳を踏みにじらぬ言葉使いに終始した。


 そこから僅かの沈黙。いつでも命を取れる距離で、狂犬と魔人ライダーが無言で静かな接戦を繰り広げた。家族の法規隊ディフェンサーに加えた協力者も見守る中。ようやく重い空気が霧散する事となる。


「……俺様が人種ヒュミアに敗北するなんざ、今まで考えもしなかったぜ。だがお前は……テンパロット・ウェブスナーは、その辺の雑魚とかは足元にも及ばねぇ。ちくしょう……あのリュード・アンドラストが負けた理由も合点がいった。」


「あれは、あいつが先に俺達を焚き付けたんだ。それがなければ、とっくに不意打ちでこっちが敗北してるさ。言っちまえば俺達はまだ、……。」


 その空気の中で敗北を零したライダーへ、狂犬から思いもしない返答が飛んだ。彼の思考では、同郷の列強兵団を圧倒していたはずの法規隊ディフェンサーたる狂犬が、まさかの敵の足元にも及ばぬと返したのだ。それは、己が敗北した事よりも衝撃であった。


 「へっ……」と、今までにないほどの笑みを零した魔人ライダーは、戦意喪失とばかりに両腕を上げて降参の構えを取る。先程までの野獣の如き獰猛さがウソの様に。


「テンパロット・ウェブスナーの勝利で、今回は引き下がってやる。が……魔人族としての誇りが敗北のままの自分を許せねぇ。って事で、次に合う時までには腕を磨いておく。それまで死ぬんじゃねぇぞ?」


「やれやれ……そういうのは間に合ってるんだけどな。まあどうしてもってんなら、相手になってやらねぇ事もない。その代わり、お前さんはすぐに奴隷商人共と縁を切り、且つそいつらの有力情報をウチへ提供する。この条件でどうだ?」


 言葉に嘘偽り無きと判断した狂犬は、己が演じた勝負さえも交渉の手口として繰り出した。それには、さしもの狂気撒いたライダーも豪快な笑いを響かせてしまう。


「かーーっはっはっは!! こりゃいい……良いように利用されちまったぜ、ちくしょう。だが悪くねぇ。いいだろう……俺様は奴隷商人共から縁を切る。それに情報も、だな。」



 白熱の一騎打ちは、仲間達も胸を撫で下ろすあっけない結末で幕切れとなった。

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