Act.16 いろいろ残念商人、パフィリア・クロードリア

 真理の賢者ミシャリアは長き旅路を歩き初めたばかりと言うのに、目にした現実から背を向ける様に来た道を戻らんとする。


「こら待たんか、ミーシャ――」


「ちょっと、何がどうなってるの!?ミーシャ! 」


 視線が泳ぐ賢者少女の行動に慌てた、英雄妖精リド白黒令嬢オリアナが振り返る――よりも早く、少女の身体を軽い衝撃が襲撃した。背後より押し付ける様に。


「久しぶりなのにいきなり背を向けるとは、あなたどういう了見ですの?ミーシャ。」


「ああ、残念だけどね。それは人違い――」


「妹の顔を忘れるもんですか。ですが随分、雰囲気が変わったものですわね。」


「そう、だから人違いなんだよ。離してくれるかい? 姉さん。」


「……思いっきり、姉さんって口にしてるじゃありませんの(汗)。」


 真理の賢者背後より、豊満な双丘を押し付ける残念な姉と称された少女。パフィリア・クロードリアは、周囲もそっちのけで姉妹愛を演出していた。


「な、な、何という!? ミーシャにこんな、素敵にして妖艶なお姉さんがいたなんて! あたしにも紹介を――」


「賢者ナッコーーーーーっっ!! 」


「ぷぎょあーーーーーっっ!!? 」


 そこに反応したキモ百合を地で行くツインテ騎士ヒュレイカであったが、賢者側がまさかの拒絶反応を引き起こし……定番鼻血祭りの対極とも言える魔法力マジェクトロン装填済みの一撃がした。同時にツインテ騎士までも、木の葉の様にする惨状と化してしまう。


 すると己が妹の同伴者にようやく気付いた爆双丘娘パフィリアは、一行にも失礼な言葉で挨拶を交わす事となった。


「あら? もしやこちらの方々は、ミーシャに同伴する冒険者か何かかしら? これはお恥ずかしい所をお見せしました。身なりからお見受けしますが――」

「わたくしの名はパフィリア・クロードリア。ウチの、ご迷惑をおかけしてはないでしょうか。」


 慇懃いんぎんな礼を披露する爆双丘娘。だがしかし、彼女は地を這うロングパンツスタイル。そこで無理にスカート裾をつまんで上げる際の礼をしたせいで、傍目からしてもおバカ丸出しの挨拶となってしまう。


 そんな挨拶にも笑いが漏れない一行。その要因は言うまでもなく、商人娘の影響していた。

 ぶっ飛ばされたツインテ騎士は兎も角、そこへ反応した狂犬テンパロット白黒令嬢オリアナフワフワ神官フレード。さらには英雄妖精リド抜刀妖精ティティまでもが双眸に鋭さを宿す。オサレドワーフペンネロッタに至っては、不届きな言葉以前に、眼前の少女が醸し出すどうにも商人にあるまじき残念過ぎる風貌に向けた憤慨が混じっていた。


 だが――

 そんな険悪な雰囲気を払ったのはお転婆姫リサ。彼女が彼女足り得る証。王族の持つ威厳が、突き刺ささる事となったのだ。


「初めまして、パフィリア様。私はこの、ミシャリア・クロードリア様にいろいろとご協力をたまわる身であります、アグネス王国は第一王女……アグネス・リーサ・ハイドランダーにございます。」

「ここにおられる冒険者方も、私へと協力を惜しまぬ実力者でありますゆえ、言葉には充分お気お付け下さいませ。」


「へっ? あっ!その……大変ご無礼を! まさか妹が、アグネスの王女様と居並んでいるなどとはつゆ知らず! 申し開きもございません!」


 それは正しく鶴の一声。旅路の最中、身分を隠しての同行に努めていたお転婆姫であったが……賢者少女身内の言葉が、共にある家族へ不穏を呼ぶ前にと声を上げた。

 当然一介の商人が、赤き大地ザガディアスでも抗う術などなく――



 己の非礼を詫びる様に、縮こまってしまう商人娘がそこにいた。



∫∫∫∫∫∫



 脳内で恐れていた事態との電光石化な邂逅に、危うく頭の中から、今抱えているあらゆる難事が吹き飛んでしまう所だったね。


 こちらも出会ってしまったなら、少々姉にも言って置く事もありました。そこで彼女を、時間を開けてディナーへ呼び付ける方向とし……たった今交渉中だったであろう商人の方へとを追い散らします。


 そして――


「いだだだっ!?何すんのミーシャ! 痛い、こめかみは痛いからっ! 王女様もマジ泣きだよっ!? 」


「あなたと言う人は……。あれほど身分を隠せと言ったじゃないのさ。それをサラリとカミングアウトとは、一体全体どういう腹積もりだい? 」


 姫様相手なのでさすがに魔法力マジェクトロンは込めませんでしたが、きっとあのリーサ様養育係であるフェザリナ卿ならそうしただろうお小言を、併せて叩き込んで置く事にします。ただでさえ一部の民からやんごとなき目で見られるご身分の方が、変な所で正体明かして動き辛くなれば本末転倒。

 私達の活動は、す。


 ちょっと、言ってて悲しくなったね。私が泣きたい所だよ。


「姉があれだけ恐れおののいた相手に、コメカミクラッシュを食らわせるとは……(汗)。とんだクレイジー展開だぜ。」


「く、クレイジーサリ。ミーシャさん強しサリ。」


「……賢者様が、王女様を手篭めにしてるさね(汗)。」


「ここアルね? あの「ウエルカム、イロモノ集団へ」と言う、我が部隊名物の誘い文句の出番は。」


「ちょっと精霊方!? その嫌過ぎる考証はいいから! ミーシャを何とか――」


「「「「「「「ウエルカム、イロモノ集団。」」」」」」」


「みんなでハモるのーーっ!? 王女様、ほんっっとに泣いちゃうよっ!? 」


 そうやってお転婆さんを戒めてたら、実体化精霊組の弄りのコンボが炸裂し……まさかの全員ハモりからの、定番挨拶ご登場。


 あ、リーサ様がちょっとマジ泣きしてる。もうこの辺でいいかな。


 ようやく私のコメカミクラッシュから逃れた姫様は、痛かった所を抑えつつ未だに涙目。けれど……そんな彼女から、少しだけシリアスな空気が流れ初めたのです。


「はぁ……痛かった。フェザリナでもこんなスパルタはなかったよ? でも――」

「名を隠さなければならない旅路で、敢えて名乗りを上げた理由は、ミーシャには分かっておいてもらいたんだよ。」


「……分かった。聞こうじゃないか。」


 ようやく落ち着くお転婆姫様。すると次第に、その雰囲気をお転婆な姿から真の王女が纏う空気へと変容させていったのです。


 そこで語られたのは――


「私の魔法力マジェクトロンの制御はあなたと……そして前にも話した、今は亡き流浪の魔王をうそぶくラグナさんと出会うまでは、王国から打つ手なしと諦められていた。もはや力暴走を止める手立てが見つからぬなら、。でもね――」

「今私がこうしておバカをやれてるのは、ミーシャ……あなたがいたお陰なんだよ? そしてあなたは、今でも私の魔法力マジェクトロン制御方法の確立のため、こんな傍で尽力してくれている。」


 高貴にして崇高。かつてザガディアスの中核であり、世界を導いて来たあのアグネス大帝国の末裔にして、現アグネス王国第一王女。そのリーサ様が、私をそっと抱きしめたのです。


「そんなあなたが、例え身内からとは言えおとしめられるなんて……私は我慢なんでできないよ。私は。そんな私と共に旅を続けてくれる、こんな素敵な賢者様が貶められる姿なんて……。」


 私を腕の中に抱き止め、再び溢れる涙は先のおバカな彼女のものではないのは分かっています。


 何ともありがたい事に、私はこんなにも高貴なる存在に大切にして頂けている。私と自身で生み出した新たなる魔導の全てを。さらにそこにいる家族達までもが――


 彼女の存在意義を守るお力となっているのです。


「殺させないよ。殺させてなるものか。あなたこそ、この私が幼い時分から磨き上げて来た、精霊と共にあるための御業を認めてくれた魔導王国の代表だ。」


 だから私もそんな彼女をしつかりと抱き止めます。彼女が背負った贖罪から来る、想像を絶する重責を少しでも軽くするために。


「あなたはこれから、我ら法規隊ディフェンサーと歩む家族なんだ。私達はこの冒険の旅路を、。なのにあなたがそんな涙に濡れるなんて、それこそ真っ平ごめんだよ。」

「必ずあなたの、膨大な魔法力マジェクトロン制御を成す術式を完成させる。それが真理の名を賜った、アグネス六賢者最初のお仕事だ。……心からの笑顔で構わないからね? 」


 語る言葉に首肯してくれた王女様。今まで自責の念にかられ続けた彼女の重責が、少しは軽くなったのか……ゆっくり私から離れたその表情は涙を湛えた笑顔。


 未だに多くを抱えながらも、乗り越えるとの決意宿した……笑顔。


 目にした我が家族たる法規隊ディフェンサーも、ここばかりは空気を読んで静かにその笑顔を心に刻みます。そこから暫く時を置いて――



 本日宿泊するお宿を求めて、森を望む小さな街中へと足を運んだのでした。

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