Act.2 虎獣人青年の憂鬱

 真理の賢者ミシャリアが宮廷術師会代表の儀を受けて以降、久方ぶりの冒険の幕が上がった。

 そこは〈ミューリアナ街道〉――赤き大地ザガディアスの中央に伸びる〈ウォーティア大陸〉を縦断する様に、それは延びていた。


 北に位置する魔導機械アーレス帝国は、運河の街であるアヴェンスレイナの恩恵により、イザステリア海洋を東西で結ぶ要所となる。必然的に、そこから上陸する商業目的の渡航者が増える事となり……そして彼らは海洋東西だけではない大陸南北さえも、商売の販路確保をと踏み出すのだ。


 と言うのも、ウォーティア大陸は古き時代大陸そこを南北へ繋げる様に大国が列挙し、覇権を争っていた時代が存在する。だがある時を境に、その軍事バランスが大きく崩れたのだ。


 それが、〈ギ・アジュラスの砲火〉が放たれたと言う世界大戦時代である。


 大小の被害を被った国家は軒並み衰退し、中でも当時は魔導がそこまで発達していなかった騎士大国アーレスに並ぶ国家――〈クォル・ガデル王朝〉は砲火本流の直撃を受けたとされる。そして国家はその破壊の業火に焼かれた事で、


 立ち入りが困難……それは砲火の直撃が齎すが原因とされる。砲火が撒いた見えぬ猛毒は生命所か大地のあらゆる場所へと染み渡り、猛毒の猛威が続く限りあらゆる生体組織に異常を与え続ける、言わば呪いの様な惨劇である。


 そんな惨劇から生き残った王朝の民は細々と、しかし逞しい商魂にて大陸南北へ希望の道を切り開いた。それこそが、商売人マーチャントの聖域とも呼ばれた〈ジュエルドロード〉である。


「いや申し遅れたね。私はミシャリア・クロードリア……いろいろ訳ありの冒険を営む者だよ。ティーガーさんもこれから合同食堂へ? 」


「うむ、私もそこのお宿へ宿泊中。食事がその合同食堂とやらと聞き、足労して参った所存。ではそろそろ参ろうか。」


「(随分お堅いわね、ミーシャ。あんまし彼みたいな人は、法規隊ウチに絡むと面倒よ? )」


「(ウチの……と来たか。もうリーサ様はイロモノ集団の首魁待ったなしだね。。)」


「(そこはかとなく、嫌なウエルカムなんですけど?それ(汗)。)」 


 合同食堂への道すがら、珍妙な出会いと青年を見やる真理の賢者ミシャリア。その出会いへ微かな予兆を感じたお転婆姫リーサの意見具申に、定番となる弄りをひそひそ返す。

 そんな賢者少女の弄りへ、図星な殿嫌な汗を流して項垂うなだれた。


 だがしかし、法規隊ディフェンサーとしても虎人青年ティーガーが問うた少女の情報は皆無であり……そこへ申し訳程度の協力を申し出る。


「さっき言っていた少女だけどね。一応今までの経験を洗い出してみたのだけど……残念ながら、先住系獣人な特徴の方はお見受けした記憶がないね。まあこれも何かのえにし……旅の途中で情報があれば、こちらの有する情報伝達手段を使ってあなたへお伝えするよ。」


「なんと、かたじけない。やはり言葉をかけたは間違いではなかった。いやなに、ここいらはお役目上でも馴染み無い、見知らぬ土地でもあったゆえ……そのお心遣いだけでもありがたい。」


 賢者少女としても今までにないほどの真摯なるやり取りに、いささか物足りなささえ感じ……自分が思考した事で嘆息してしまう。彼女は法規隊ディフェンサーとして数多の難事を解決して来た事が災いし、刺激なき出会いそこにこそ物足りなさを感じていたのだ。


 だが――

 赤き大地ザガディアスにはこう言う言葉も存在する。



 その出会いが、まさか後々まで尾を引く新たな因果の出会いとは……今の彼女達も想像だにしていなかったのだ。



∫∫∫∫∫∫



 合同食堂〈チイ・シャン・ポウ〉。

 そこはアーレス帝国南から、大陸中央へと伸びる形で栄華を誇った旧王朝の文化を色濃く反映させていました。一番目につく赤や金の装飾で彩った、かの〈アカツキロウ〉のワ系文化をド派手にしたそれは、すこぶる目がチカチカして困りものだけど。

 さらに厨房で炎を纏う湾曲鍋片手に、濃厚にして、綺羅びやかにして……弾ける辛味が自慢のテウカ系文化特有な味付け料理の数々は、世界に誇る食の王とも言えるね。


「ああ、すでにデレ黒さんではないけれど、お腹が緊急事態のアラートを鳴らし続けているね。この独特の香りはお腹を刺激していけない。」


「シュマーイルにギヨザ、ヤムーチャイを中心に……数多の香辛料を厳選・ブレンドした激辛料理で知られるからねぇ。ああ……激辛料理、恋しや激辛料理。」


「言っておくけどリーサ様。今皆とは敢えて他人の振りをしている状況であるのをお忘れなく。それとここの料理代は、ちゃんと借金グさせてもらうからね? 」


「もう借金グ!? いやまだ、旅も始まったばかりよ!? それでなくとも、サイザーに旅支度で借金させられてるのに! 」


 食堂より香るそれに導かれつつ、もはや法規隊ディフェンサー定番となる……もとい、苦楽を共にする仲間となったリーサ様へ一応の釘を刺しておきます。アーレス帝国第二皇子たるサイザー皇子殿下からも聞き及んだ、彼女への対応でもあるのです。


 詰まる所、現実の厳しさを教育願うとのご指示。かのアグネス警備隊が誇る、姫殿下養育係であるフェザリナ卿の苦労が覗えるね。


 話の端で激辛料理好きをほのめかす姫様を半目で警戒しつつ、先を行く虎獣人の青年ティーガー氏を追う様に食堂へ。念願のチイ・シャン・ポウの誇る、テウカ料理が準備されているであろう建物の扉を潜ります。


 金の装飾と赤を基調とした布地を至る所へ飾る店内。さらにこの文化圏では当然の様にあしらわれる竜の装飾品。これはザガディアスでは空想上の存在とされる蛇竜の姿をした古代竜種エンシェンティア・ドゥラグニートを現したもので、一般的な獣や害獣とは異なる聖竜と呼称され祭られるものです。


「いや、相変わらずこのテウカが誇る竜の装飾……何か近親感を覚えて仕方がないね。」


「ああそういやミーシャ達は、――」


「ちょっと待ってくれるかい?リーサ様。それ以降は無闇に口を出さない様に。今隠密の任務を熟す我々がそんな発言を洩らしたら、それこそ人だかりの中で意味もなく目立ちまくりかねないから。言うに及ばずだろう? 」


「ごめんごめん。確かにそこは失言だったわ。」


 などと、装飾絡みで言葉を交わす私達ですが……何かこう釈然としない感が私の中にうごめいていたのは事実です。それは――


「けれどあれだね。今までが当たり前の様にで来た手前、仲間と距離を置きながらの現状には予想以上に物足りなさを感じるね。」


「ボケと突っ込み珍道中って……(汗)。今までどれだけ自虐ネタで過ごして来たのよ、あなた達は。」


 リーサ様も呆れる程に、私達の自虐に弄りにボケと突っ込みは日常茶飯事。結果、我が法規隊ディフェンサーの活動を秘匿任務とするはずが、。果ては〈食堂バスターズ〉と囁かれる顛末へと導かれるのです。

 特大の穴を、ノマさんに掘ってもらって入ろうか。


 姫殿下の嘆息を賜り?その視線で食堂中央を見やる私。視界にはティーガー氏が映り込み……さらにその先へと視線を移動させた時――


「いや……ちょっと待ってくれるかい? まあ先に皆の誰かが、ここへ訪れる事は想定していたんだけどね? こうも見事に私の思考を雄弁に語った、残念な光景を視界に留めるとは想像だにしなかったね。」


「……? 一体何が――あ……(汗)。」


 視線に飛び込む、眉根を寄せた食堂の責任者と思しき男性と……。うん男女だよね? ツンツン頭が特徴的な通称切り裂きストーカーと、オレンジ色のツインテールがフリフリ踊るちょっと背丈の低い少女。その背中には、


「ああ気にする事はないね? 今私達は、リーサ様との二人旅。法規隊ディフェンサーメンバーは現在別行動を取り、ここには居ないはずなのだから。」


 と、現実逃避よろしくで視線を香ばしさ漂うテウカ料理へ移そうとしたら……傍目では分からない霊量子体イスタール・バディで宙を舞う姿。そこから悟られぬ様な馴染みの小声が聞えて来たのです。


「すんまへんな。ミーシャはん。ウチも止めはしたんやけどなぁ。止めるには至らんかったわ。」


「だ、誰かな?君は。私は今リーサ様と二人旅をだね――」


「この期に及んで他人の振りかいな!? どこをどうみても、テンパロットはんとヒュレイカはんがやらかした図やで!? あと、素敵可愛い友人しーちゃんを忘れんなや! 」


「ちっ……。」


「今、舌打ちしたやろ!? 」


 そんな小声を弄れば姿がもろバレするほど実態化したのは、風の精霊シフィエールことしーちゃん。ですが――


 その直後、さらに状況をカオスへと引き摺り込む事となったのです。


「な……そ、その姿は精霊!? お主、まさか精霊を盾にするあの悪徳奴隷商人の差し金か!? おのれそこになおれぃ! 我が守りし令嬢、タイーニャお嬢様をどこへやった!! 」


「……いや、はあっ!? ど、奴隷商人!?? いったいなんの話を……て言うか、このカオスな状況はなんなのさっ!? 」


 険しくなる食堂店主と平謝りなテンパロットにヒュレイカ。その事態後方で同時多発するティーガー氏のてのひらを返した様な敵対行動で――



 まさしく、カオスのど真ん中へと爆進する私達なのでした。

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