Act.50 闇対闇、そして疾風対雷霆

 幾重に撒かれる火花は、同質の片刃刀剣から放たれるモノ。剣閃は同等の速度と鋭さ持ちて、闇夜を幾度も煌めくほとばしりで切り裂いた。


「……こいつぁ、やべぇな! 素で俺の速度に着いて来るタマが、世界に存在してやがるとは!」


 法規隊ディフェンサーの冒険の最中、一対一の戦いで狂犬テンパロットがそれなりの本気を出したのは、あの闇の冒険者ブラッドシェイド首魁であったルヴィアス・シュタットゴートのみである。テストでけしかけて来た経緯を持つ英雄妖精リドや、死霊の支配者リュード・アンドラストに至っては、用いる戦術が本質的に異なっていた。


 故に狂犬からすれば、純粋な剣術戦闘に於ける互角の戦闘を熟す相手は始めてとなる。


 その点を明確に表すのは、両者が得意とする戦闘スタイルである。両者が速度に特化した前線白兵戦職であるため、余計に際立つ結果となっていた。


 赤き大地ザガディアスに伝わる前衛戦闘職は主に、三つのスタイルで分けられる。流派を持たずに物言わせた〈戦士職〉、正統流派を持ちを磨き上げる騎士職。そして我流の流派も多く、盗賊系職からの派生や傭兵に多く見られたりと、バリエーションも豊富なに特化した剣士職である。


 狂犬に至っては、そのを組み込む帝国特殊部隊最強の〈レンジャー戦闘術〉を有し、速さに於ける禁断の領域である〈忍び〉の域へ達した者だ。


 正に重雷霆の剣士オズと狂犬は、前衛白兵戦の速さに於ける頂きでもあった。


 両者が生む速度たるや、純粋な戦闘職から離れるフワフワ神官フレードや精霊術との組み合わせが基本戦術の英雄妖精も舌を巻く、疾風と雷霆の激突となって視界を席巻していた。


「……っ!? これは……これがあの、帝国が誇る最強職! かのアカツキロウが誇る、忍者の流れ汲むキルトレイサーの実力! 俺の速度とタメを張るとはっ!」


 多くを語らずを貫くはずの、重雷霆の剣士が思わず零す。眼前の忍びと恐れ称された、帝国の誇る諜報部の刺客が見せる善戦に対して。同時に、彼らが守る存在が如何に崇高であるかを思い知ってしまう。


 国家が自国防衛要である懐刀ふところがたなを、わざわざ三下冒険者組織に組み込む様な事はあり得ない。帝国最強をうたう存在を守りに付けるは即ち、


 雷光と剣閃舞う闇夜で、重雷霆の剣士は心が大きく動かされていた。自分たちが、如何に矮小で浅はかであるかを。この眼前の強者きょうじゃ擁する冒険者の、邪魔立てをするは無謀であり言語道断と。


 愛しき姉を守らんとする彼の思考の天秤が、大きく静かに揺らぎ始めていた。

 だが――


「……お前が、お前達が実力者であるのは理解した! けれど俺はまだ動けない! ならば選別だ……少し本気を出してやるからその脳裏へと刻んで行け!」


 ギリリと鍔迫つばぜり合った所から、重雷霆の剣士が一足飛びで距離を置く。その口から漏れ出る言葉へ、。そして――


 虚空を薙ぐ片刃の長剣へ電撃を迸らせたと思えば、周囲へ光を吸い込む虚数次元を複数生み出した。


「へっ……ようやっと本領発揮かよ、奴隷商人さんよ!」


 それを視界に入れた狂犬は、直感でそこへ違和感を覚えるも警戒を最大に引き上げ、手に余ると悟るや視線を居合わせる家族へと向けた。即ち、彼の持つ戦闘スタイルとは相性の悪い攻撃であるとの合図でもある。


「カカッ! 暫しイイものを見せて貰ったが、流石にアレは手に余ると見た! 手を貸すぞ、テンパロットよ!」


「テトお兄ちゃんが手に余るって、よほどの手練れなの! ボクも助太刀するの!」


 狂犬の対応をいち早く悟る家族達。英雄妖精とフワフワ神官が得物を抜き後方に陣取った。布陣から顕となるは、相手が魔導術の何かしらを用いた複合剣術を繰り出すとの行動。


 法規隊ディフェンサーが誇る志士達は、先に剣士が不逞へと漏らした戦術の危険性を、見抜いていたのだ。


 今までお目見えした事のないほど、戦術予測に長けた手練れを前に――



 重雷霆の剣士は口角を上げつつ、姉の如き愉悦さえ混じらせ接敵した。



∫∫∫∫∫∫



 時はよいの天頂を遥かに過ぎた頃。アーレス帝国による公式制定で宵の二時を越えようかという中で、それは訪れました。歓迎もできないツインテさんの直感通りの事態に、嫌な寝汗のまま飛び起きてしまったね。


「うん、普通に襲撃して来たね……あちらの主力な弟さんが。しかも一人ノコノコかと思いきや、。」


「ホントだね……。ジェシカも常々「あの帝国忍びたるテンパロットは、白兵戦に於いてはアーレス正規騎士団をも上回る手練れ」とか言って、絶賛しまくりだったよ。」


「ジェシカ様に、そこまで言わせるツンツンさんのガチ戦闘に張り合う手練れは、きっとあのブラッド・シェイドのルヴィアスぐらいのものだね。全く……厄介なのに絡まれたものだよ、。」


 かち合う刃の高周波から察するに、かなりの速度で打ち合っているのは言わずもがな。詰まる所、速度に秀でたテンパロットのそれへ対応出来るのが、奴隷商人運び屋たるオズ・クルエルトの真価であると言えたのです。


 そんな状況下、警戒の中お部屋待機する私へ、ちょっと以外な人物からの心配が漏れ聞こえたのです。


「ミーシャ、このままテンパロットだけを戦わせてて構わないの? 確かにあいつはあなたの護衛だけど、かなり苦戦する相手でしょう?」


「……何があったんだい? にしてさんは。て言うか君は、呼び名が多すぎて安定しないね。」


「誰も呼んでとは言ってないし!? それはいいから、この状況……最近無茶してる感じで。」


「気が付いてたのか……君は。まあ男性陣が援護に回ってる分、そこは案ずる事も無いだろうけどね。」


 そしてまさかの、テンパロットがチラつかせる心身状況をピンポイントで突いて来る始末。ホントに何があったんだろうねこの子は。


 オリアナが口にした点には、実の所私も気付いていたのです。しかし、敢えてそこに触れない様に心掛けてはいたのですが。


 発端はサイザー皇子殿下からの内密な情報から。テンパロットが急にここまでの無理を押す理由は、間違いなく私自身であるとの宣言でした。それもそのはず……私が一気に、アグネスとアーレスにとっての重要処へと飛び級した様な現状です。そこで彼に伸し掛かる負担が、増大したのは言うまでもありません。


 自分で言うのも何ですが、今までのテンパロットは見習い賢者のお守り程度。しかし今は、アーレス帝国が見据える未来の部隊主軸にして、アグネス王国伝統の宮廷術師会代表の要人警護。

 いつものバカ騒ぎの中でも、端々に見える警戒の度合いが今までを遥かに凌いでいたのは、この身でヒシヒシと感じていたのは事実です。


 ただ――

 同僚たるヒュレイカならまだしも、この冒険でようやく家族らしくなってきたオリアナだった点には、流石の私も盛大に疑問が湧いた訳で。


 て事で、おもしろそうだからカマをかけてみるとしよう。


「テンパロットに対してそんなに目聡くなった君は、もしかしてあのツンツンさんに、好意でも芽生えたんじゃないだろうね?」


「……っ!!? あ、いや……と、その――」


 あれ? この反応は何だい? ちょっと待てよ?

 いつもなら怒髪天からのツッコミも辞さないで、で、なオリアナが……図星を突かれた様な反応に?


「あれ? オリアナさん……その反応は何な感じ?」


「ほほう……これは何やら、怪しい気配がプンプンおすなぁ〜〜。」


「……変わり者さね、アンタは。」


「な、何がどーなってるサリ!? オリアナさんが、真っ赤サリっ!」


 事ここに至って、我が家族達の畳み掛ける様な問答攻めで、モノ黒さん改め――が確立しそうになったと言う事は……閃いたねっ!


「まさかオリアナは、ついにあのテンパロットへ――」


 降って湧いた歓喜渦巻く弄りネタで、あろう事か明後日の方へ吹っ飛んだん私達を、想定外の事態が襲う事となったのです。


「って、ミーシャ!? 避けてっ!」


 一人その危機を感じ取る、最強の直感娘ことヒュレイカが横っ飛びで、私が状況把握のためとたまたま立っていた窓際を強襲。すると直後――


 轟音と共に舞い飛んだ帯電する謎の黒い球体による一撃で、宿


「……しゃ……借金がーーーーっ!!?」



 それを目にし、絶叫する顔面蒼白の私がそこにいたのでした――

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