Act.12 オクスタニアの獣戦鬼

 不承不承ながらに虎人さんの腕試しを了承した私は、一人相手に全員で当たるのは流石に大人げないとの思いと、以前リュードと戦った際の尋常の勝負が過ぎった事で、仲間を選抜した上での対応とします。


「私が部隊を代表して出るは当然として……仲間内での実力者となればやはり、連携などの観点からしてもテンパロット辺りが妥当だね。ああティーガーさんとやら――」

「私の直接戦闘では精霊の協力を得る必要があるのだけど、精霊については仲間一人分と扱って構わないかい? 君の精霊に対する姿勢によっては、こちらも思う所があるのだけど。」


「無論だ。、むしろそれを口にせぬ様な輩であれば、最初の時点でこの牙の餌食としていたであろう。」


「……だろうね。理解したよ。ではテンパロットとのバランスを取る意味で、力の恩恵を――ジーンさんの協力を得るとしよう。」


 勝負開始前に私達と共にある精霊の扱い如何を問えば、ニヤリと口角を上げ了承する虎人さん。私を奴隷商人とやらと勘違いして襲いそうになった際、使と言うよりは、口を突いていた彼。


 ならばと、精霊との共闘の旨を申し出た私は、好意的に映った様だね。


 こちらも相手が精霊を尊ぶご同輩とあらば迷う必要もないと――まあ、今後を踏まえつつもジーンさんへの協力を依頼したのです。


「はぁ……やっぱりこの流れかよ。ジィさん遭遇戦の再現だな。」


「ふむ。いやいや、それがしも一度はミーシャお嬢への単独装填など経験したかった所。よい機会に恵まれた。忍び殿も抜かるなよ? 」


「そりゃこっちのセリフだぜ?ダンナ。」


 大仰な術式展開を待ってくれさそうな虎人さんのため、またしても術式の鍛錬をお預けとしながら、すでに腕試しへノリノリなテンパロットにジーンさんと居並びます。そして――


「さあ、ジーンさんはこちらへ精霊共振装填だよ。今にもあの飛びかかって来そうだから、術の展開も――」


 と、余裕ぶちかましてたのが運の尽き。まさかの事態が、私達の眼前で展開されたのです。


「ではこちらも本気で行かせてもらうとするっ! ロックタイト……我が元へ! 」


 こちらの精霊装填よりも早く、視界で巻き起こるは虎人さんの周囲を舞う砂塵と石礫いしつぶての協奏。否――そこに顕現したのは、虎人さんよりやや小ぶりな石のゴーレムだったのです。


「あ……アレはチン達の亜種アル! 賢者ミーシャ様、お気を付け下さいアル! その石のゴーレムは、ネッ!」


「地の精霊の亜種、だって!? 」


 人型の石塊を視認したノマさんが叫んだ事には、現れたのが石の精霊だと言う事実。私としても、……瞬間、自身の未だ足りぬ世界への知識不足が過ぎった所。


 そんな私が驚愕に揺れる中、そこにいたのです。


「ロックタイトよ、我と共に歩め! 我と共に舞え! 大地の上位精霊 ベヒーモス様の教えに従い、この身へ穿つ岩鉄の鎧を纏わせよ! 」


『御意にっ! 我、ティーガー・ヴァングラムの穿つ刃に鎧とならんっ! 』


 虎人さんの咆哮へ、確実に宿ゴーレムが答えます。を持つなんておバカな思考を吹き飛ばす驚愕は、私の慢心を突くには充分でした。


 石の精霊が顕現した姿から一転、姿を魔導科学的見地で言う分子状態へ移行するや、それが今度は虎人さんの身体……中でも上半身の腕部に下半身脚部を中心に包んで行きます。


「待て、ミーシャ。これは侮れねぇぜ? もしかすれば、。」


「……忍び殿に同意である。これはあの……魔導機械を介さぬ既存の精霊装填闘法であろう。」


、確実に。もう……何なのさ、全く。」



 眼前の虎人さんが展開したのはまさかの、私が開発した精霊共振装填術式スピリティ・レゾニア・ドライブの源流となる戦闘術だったのです。



∫∫∫∫∫∫



 砂塵と石礫いしつぶてが物質化した体躯を成し、程なくそれが再びチリに変わるや虎人青年へと纏われる。そして腕部と脚部へ備わるや武器を兼ねた甲冑と化し、手足それぞれへ三爪の鉤爪が二対づつ煌めいた。

 同時――構えとしては型はない……が、野生の獰猛さを秘めたそれから青年が地を蹴り飛ぶ。高さは地面スレスレ。、迷いなく真理の賢者ミシャリアを狙い定める。


「なろっ!ダンナっ! 」


「ウム! 風瀑霊陣エアリアル・コート!お嬢、今ぞ! 」


 その速度たるや怒号の突撃。一介の冒険者であれば不意打たれて勝敗は刹那で決していたであろう。が、そこはかの魔導機械アーレス帝国が誇る法規隊ディフェンサー……攻撃の特性を見抜いた狂犬テンパロットが吼え、風の巨躯ジーンが嵐を巻き起こす。


 直後、真理の賢者と虎人青年ティーガーとの間が爆風の巨壁でさえぎられ、互いが互いを視認出来ぬ状況に導かれた。


て……抜け目なく、どさくさで弄ってたけど(汗)。ね。」


と掛け合わせた感じかしら? むしろそこは猫と掛け合わせる方が……(汗)。テンパロットさんはな感じ。」


「ミシャリアお姉ちゃん、バックステップなの。瞬時に狙われた地点から退いたの。」


 その一部始終を傍観する法規隊ディフェンサー一行は動じぬ所か、襲撃されたはずの主たる賢者側と青年側の戦況を即座に察知。ツインテ騎士ヒュレイカオサレドワーフペンネロッタ、そしてフワフワ神官フレードの思考ではすでにその後のかち合う瞬間さえも脳裏へ推測されていた。


「ジーンさんの装填がスムーズね。術式無しでも装填がより早くなってるわ、ミーシャ。」


「ふむ……オリアナもよく見ておるようじゃの。お主の戦闘センスもよい成長ぶりじゃ。」


「おすなぁ。オリリンお姉さまは流石おす〜〜。」


てのひらで踊らされてる感じしかしないんですけど(汗)。」


「にしても……テンパロット――動く様になったわね。ではなく、ね。」


 歴戦で成長を遂げた白黒令嬢オリアナも、法規隊ディフェンサーの重要戦力に相応しきとの弄りを、英雄夫婦から賛美と共に贈られ――

 帝国最強で名高い赤き騎士ジェシカの旧知であるお転婆姫リーサが、騎士より聞き及ぶ忍びの戦術展開の変化を目聡く拾っていた。


 確かに慢心を突かれた点は一行にとっての今後に向けた課題であるが、先のあらゆる難局を乗り越えた彼らは揺るがない。共に駆け抜け、心に想い……そして絆が彼らを繋いでいるから。


 それを表す様に……風瀑壁を右へと飛んだ狂犬は、かつて真理の賢者を只管守る様な戦いに終始していた戦術を――


 変化させたのだ。


「受けよ、我が精霊加護の爪をっ!はぁっ!! 」


「なんの、風霊接壁エアリアル・シェイルド! 良い反応だよ、ジーンさん! 」


「お褒めに預かり恐悦至極! 忍び殿っ! 」


「あいよっ!! 」


 入り乱れる虎人青年の攻撃と真理の賢者の風障壁防御。石の精霊が物質化した片腕三本の鉤爪は、野生の猛虎の如き鋭さで幾度も大気を引き裂いた。石と聞けば打てば割れるなどの先入観が過るが、その鉤爪は明らかにただの石塊に留まらぬ光沢を宿す。


 瀑轟を越え打ち合った真理の賢者と虎人青年を他所に、背後から青年を強襲した狂犬。ギラリと連星の陽光を反射させた青年の鉤爪の本質が、火花を散らしカチ合った狂犬の愛刀〈風魔真打ち 風鳴丸かなきりまる〉でも断てぬ現実で白日の下に晒された。


「石の精霊の力……こいつはとんだ食わせもんだぜ! 石の精霊の力で、微細な粉塵粒子の中に存在する砂鉄と炭素繊維を高圧縮結合させた――言わば即席のハイブリッド・ダイヤクローって訳か! 」


「くくっ……そちらの獲物も中々! この石の精霊の加護が宿りし、超鋼霊爪ダイナメイヤ鍔迫つばぜり合ってもへし折れぬ業物わざもの……よほど優れた名工の魂に恵まれた様だな! だが――」


 互いの武装を称え合うや弾け飛ぶ様に距離を置く両者。さらに賢者が挟撃を取れる位置に陣取り虎人青年を追い詰める。


 そこで青年は、脳裏に生じた疑問を吐露していた。


「確かそなたはこの賢者嬢の護衛であろう? それがなぜ今、彼女を守らず我が背後へと飛んだ? そのまま主を殺られては立場もないだろう。」


 青年にとっては至極当然の疑問。だがしかし、それはあくまで。言い換えれば、


 それを聞いた主たる少女と護衛たる男が紡ぐ。いけしゃあしゃあと……さも当然の如く。


「何を言っているんだい?この虎コロさんは。それはテンパロットが、私とジーンさんのコンビネーションを信頼してくれているからに決まっているだろう? 」


「ほんとだぜ。主の実力と研鑽を信じねぇ護衛がどこにいるんだ?ティーガーさんよ。、俺は挟撃を瞬時で選択したんだぜ? 」


 放たれた言葉で虎人青年だけではない……傍観していた酔いどれ警兵マーさえも双眸を見開き、魂を震わせた。此度は腕試しのてい……が、そんな中で帝国超法規隊の真価の片鱗が叩き付けられたからだ。


 しかし――



 対する虎人青年の心の底では、警兵とは違う感覚が巻き起こる事となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る