Act.70 妖魔奴隷商人、動く

 中央行政府を置く左右平等にそびえた荘厳な建物前へ、酔いどれ拳聖マー顔パスの元足を運んだ法規隊ディフェンサー分隊一行。慣れた足取りの英雄夫婦と引き換えに、フワフワ神官フレードはやや緊張を顕とし、カクウ首魁ワンの手の者である苦労人策士メイメイ呑気な猛将ラグーは、まるで敵の懐へと誘い込まれたかの警戒の中にあった。


「ああ、メイメイにラグーは安心するアル。ちゃんと大統領府へは、協力者としての通達を行っているネ。そう敵対心剥き出しでいると、せっかくのお膳立てが台無しアルよ。」


「いえ……そうは言っても(汗)。本来ワン先生を監視するため、あんな辺境まであなたを派遣する周到さを持つ政府デスの。」


「そうそう……ウチらへ警戒するなと言う方が無理っすよ。」


 敵陣に飛び込んだかのおののきようで周囲を見回す二人に対し、堂々たる足取りで拳聖へと続くのは虎人青年ティーガー。元々彼は、豪商国を普通に通過して旅路についていた事もあり、立ち入る事には何の躊躇ちゅうちょもなかった。


 そうして一行を迎え入れるは、大統領政府をまとめる筋ある側近 ジャン・コー。大柄にして、筋骨隆々な姿からは想像も出来ない真摯さを醸し出す。従える局兵ガーダー・ポーンも、隙の無い洗練された国家守備隊である事が見て取れた。


「ようこそ、同盟国はアーレス帝国よりの使者たる冒険者方。私めの名は、大統領フェイ・イー様の側近を務めさせて頂いておりますジャン・コーと。話には聞いておりましたが、かのブレイブ・アドベンチャラーの勇姿方との出会い……感慨深いものがあります。」


「そう言う慇懃無礼いんぎんぶれいは無しじゃ。今のワシらは、この時代の新進気鋭たる真理の賢者の代理でしかない。それにこれは一応は隠密行動のてい……軽々しくその名を広めてくれるなよ?」


「これは失礼……しかし慇懃無礼とは。我がティー・ワン国でも、あなた方の武勇は伝説として伝わっておりまして。ああ、ここで長話を続けてはご迷惑がかかりますな。ではこちらへ……。」


 体躯にして倍近くある大柄の側近が、英雄妖精リドに対して深々と腰を折る。一国の主に仕える側近が見せた態度だけでも、勇敢なる英雄隊ブレイブ・アドベンチャラーがどれほど赤き大地ザガディアスへ勇猛を轟かしていたかは明白であった。


「なんや、エラソげにしとりまんなぁ。」


「シッ……聞こえてしまう、シフィエール。ここは冗談が通じる場ではない様子。」


「いやぁ、確かにエラそうだねぇ。アタイらの前では、散々弄られてはキレるの繰り返しなのにさ。」


 なのだが――

 一行本隊がいまいがそこは法規隊ディフェンサー。真摯なる挨拶が交わされる背後で、、状況をブチ壊す様な会話のまま後に続く。


 刹那……筋ある側近ジャン・コーが視線を鋭く細めて、一行背後を見やった。それが精霊種へ向けられたものかと感じ、残念精霊シフィエール輩な水霊ディネが一瞬強張ったが――


 視線の先には、


「ヤバイデスの、ラグー。あれ絶対、メイメイ達を見てるデス。」


「ああぁ……だから言わんこっちゃない。、このティー・ワン均衡で悪さをしてる状況っすよ? ウチらが目を付けられない道理は――」


「そちらの二人は、すでに知らせを受けている。今この国内で、反乱の兆しを見せる強硬派とは異なる勢力であると。何分、国家の防衛を任される身……無礼は許されよ。」


 視線は鋭いまま。しかし口にするは、己の職務故との謝罪。そして僅かに下げた頭で二人の協力者へと謝意を示す。どこか不器用で、しかし職務に全てを懸ける姿はそれだけで、法規隊ディフェンサーへと確たる信頼を刻んでいく。


 一悶着も辛うじて乗り越える法規隊ディフェンサー分隊一行は、そのまま英霊城ヒューレイジェーの一角へ。大統領との早々の面会のために通されて行く。

 その同じ頃――



 法規隊ディフェンサー双子の狂気ジェミニ・クルエルティからしても想定外となる、奴隷商人本隊が動き始めるその中で。



 ∫∫∫∫∫∫



 南方に砂漠を抱く豪商国家ティー・ワンは、その方面より吹き付ける乾いた砂塵の暴風を避けるため、砂漠との境界面へと連なる様に防風林を植林していた。そのおかげで、定期的に起こる砂嵐による都市部の砂塵被害や河川の混濁で起こり難い、人民への配慮が行き渡る国家政策で広く知られていた。


 しかし時に、その防風林による死角を利用した悪辣の奸計が渦巻くも常であり、それに対する護りとして国家防衛の要である警衛局ポリセット・ガーダーへとお鉢が回って来る事となる。だが――


 法規隊ディフェンサー分隊への密状が届いた背景にある、近年の豪商国領内への異獣大量発生がその威力を削ぐ形となっていた。


「首尾はいかに。」


「ゴブブ! ケーエーのへーし、いないゴブ! 見てきたゴブ!」


「ブヒヒ……どうやら? ブッヒッヒ、ならば頃合い……この防風林を利用してナーコク川のギリギリまで足を進めるブヒ!」


 防風林の中心地帯で、鬱蒼と茂る草木に紛れる様に不穏な一団がなりを潜める。そこへ一匹の醜悪な面構えをした小鬼ゴブリンが駆け寄るや、つたな人種ヒュミアの言葉で脂肪の巨漢オークへと報を運ぶ。


 報の伝達者を、野卑やひた笑みで迎えた脂肪の巨漢オークはその背後……彼が従えていたであろう妖魔の群れへと合図を送る。その中には賊であろう人種ヒュミアも混じり込んでいた。


「ロマネクタさんよぅ、夜には仕掛けるんだろ? あの鬱陶しい双子がいない今が、攻め時と思うんだが。」


「焦るなブヒ。あちらに仕掛けたリザードチームの動き次第で、こちらも動くブヒ。まああの傭兵娘が向かうなら、そんなに心配はないブヒ。ジェミニ・クルエルティとか言われて調子付いてはいるが、戦う奴ととでは、実力が段違い――」

「情念が勝り勝ち方にこだわる素人では、プロの勝ち方にこだわらない周到さには敵うはずもないブヒヒ。ブッヒヒヒヒッ!」


 その人種ヒュミアの賊が放つ言葉へ、盛大にうんちくを利かせるロマネクタと呼ばれたオークは、人種ヒュミアの言葉上に於ける意味合いを充分理解した物言いに終止する。そしてそれは、あの死霊の支配者リュード・アンドラストが己の肉体をも犠牲に会得させた亜人種デミ」・ヒュミアへのギフトを、


 連星太陽が陰り、夕刻へと迫る中。脂肪の巨漢ロマネクタが張り巡らす謀略が、豪商国家ティー・ワンを包んで行く。だが――


 そんな不逞の輩の動きに抗う様に、奴隷側の立ち位置にいる希望も動き出していた。


「タイーニャ様……先程あの、ティー・ワンが誇る拳聖一行に混じり、ティーガー・ヴァングラムがここへ入ったのを確認しました。」


「……っ!? ティーガーみゃぁ!? ちゃんと生きてたみゃぁ! そっか……ティーガー……ここまでタイーニャの事を。」


「お気持ち、お察し致します。さらにはあのティーガーらが協力しているのか、謎の一団の事が気になります。そちらは私めが、すぐさま調査に赴くとしましょう。」


「その件はレイヴに任せるみゃぁ。タイーニャもすぐに動ける様、手はずは整えて置くみゃ。、未だ隣国でありながら充分な同盟協定の結べていないこのティー・ワンとの、次代を見据えた恒久和平と同盟模索と言う提案をみゃ。」


 今も囚われの身である、大地母神の巫女ことタイーニャ・マームと、奴隷商人兵になりすまして機を伺う鳥人種レイヴナスの猛将 レイヴ・ウィルビントのやり取り。そこで幼歌姫タイーニャの、幼い容姿からは想像もできないしたたかな策略が動き始めていた。


 獣人を纏めしオクスタニア国と豪商国家 ティー・ワンは、赤き大地ザガディアスでも大国からは充分な国家として見られぬ、発展途上の立ち位置に分類される。そこに加え、列強国群と同盟を結んでいる豪商国家ティー・ワンは同じく国家としての立ち位置が弱い獣人大国オクスタニアとは、不干渉条約は結べど強固な同盟を結ぶ関係ではなかった。


 それは獣人大国オクスタニア近隣を脅かす国家群が何れも大国であり、それと同盟を結べば未だ小国である豪商国家ティー・ワンも守り一辺倒に徹しきれず、同盟国への攻めの支援を捻出する必要が出て来る事に起因していた。


 豪商国家ティー・ワンとしては、国内に内包する旧王朝の民と現在の民双方を守る事で手一杯ゆえ、列強国家に守られる立ち位置を貫いた結果であった。


 そんな国家情勢さえも思考に組み込む幼歌姫は、例え己が危機的状況であろうと、その心が手折たおられる事はない。かの巨獣精霊 ベヒーモスの如き大地の化身にして、大地母神の巫女たる可憐な歌姫が紡ぎ出す決意は――



 暗雲立ち込める小国にさえ、気運と勝利呼ぶ言霊となり響き渡っていた。

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