Act.71 全法規隊、ティー・ワンへ

 すでに連星太陽に変わり、アルテミスの月が顔を覗かせる中。大統領府に招かれた法規隊ディフェンサー分隊一行は、一見質素に思える中にも美が其処彼処にまぶされた一室で、眼前に座す女性を見やっていた。


 国をまとめる者としての権威は感じさせながらも、決して威圧する事のないもてなしの雰囲気は、英雄夫婦でも抜刀妖精ティティに刺さるモノがあった。


「なんやこのお城に入るや感じた懐かしい感覚……やはりこれは、アカツキロウの誇る引き算の美学を体現したものとお見受けしおした。」


「ええ、流石はブレイブ・アドベンチャラーはアカツキロウの、守護宗家を出生に持たれるご令嬢。ひと目見てこの城に施す美の本質を見抜くとは、私も感服致しました。」


 そんな抜刀妖精の言葉へ、感銘を受けたとばかりに返す豪商国家ティー・ワン 大統領フェイ・イーは、雲上に立つ女性同士の会話に終始する。それだけでも、一行がいかに国家の信頼を得ているかは明白であった。


「閣下……世間話はその辺で。今は悠長には構えていられぬ状況……早々に彼らへの追加依頼を――」


「ジャン……。あなたが職務に忠実なのは、私も鼻が高い所ですが……かのアカツキロウに於いては、このもてなしの配慮こそが相手の信頼を勝ち取るかなめですよ? あらゆる国家建設の支援を受けたあの国への畏敬の念……忘れてはなりません。」


「はっ……大変お見苦しい所をお見せしました。ご容赦願います。」


 だが筋ある側近ジャンは、国家に降りかかる難事への不安が口を付き、そこをたしなめられるとはやる気持ちを抑えながら謝意を示す。その姿は、この統治者にしてこの付き人ありとの様相を、まざまざと見せ付ける形となった。


「そちらの側近、ジャン・コー氏の意思には我らも同意じゃ。ウチの代表であるミシャリア・クロードリアも、その点を踏まえた分隊運用を選んだ所。では早急な、状況打開に向けた情報交換を所望する。」


「我が親愛なる配下への配慮、痛み入ります。ジャン……例の物をこちらへ。」


「はっ……。」


 そうしてつつが無く進む雲上の者達のやり取りは、同席する協力者一堂へも共有され、先に魔導機械アーレス帝国で受けたものへの追加依頼が語られる。当然内容には、すでに行動を開始した奴隷商人一団の件も含まれていた。


「こちらをご覧下さい。これが現状、我が警衛局ポリセット・ガーター兵により集められた情報から導きだした、小国首都内での不穏勢力潜伏先を示しております。いずれも、クォール・ジェルド民街の民に扮した不逞の輩が手引していると考えて間違いはありません。」


「クォール・ジェルド民街は、この小国とは同じ民族を起源に持ちながら、異文化形態に生きる民アルね。そして、言わずと知れたあのクォル・ガデル王朝の血統は両民族に流れている、言わば兄弟アルよ。」


……いえ、の補足通り。しかしながら、かの民族がその様な暴挙に加担していない事は、すでに警兵ガーダー・ポーンによる調べがついております故。詰まる所、今姑息なる手段を展開するは、間違いなく不穏分子共と断言できるでしょう。」


 一堂が介するテーブル上へ広げられた、目ぼしい情報の記される略地図を見やり、やり取りする筋のある側近と酔いどれ拳聖。彼らほどの実力者がいるにも関わらず、不穏なる勢力が蔓延はびこる理由として、旧王朝の民との関係性こそが要因となる。


 両子孫の間には盟約に近い形で政治経済不干渉の束縛が存在し、敵が潜んでいたからと言ってなりふり構わず取締りに出られない事情が、不逞の蔓延を許す状況を生んでいた。


 ならばと豪商国家ティー・ワンを統べる麗しき大統領フェイが取った妙案こそが、両国民に直接関わらず、且つ双方が同盟を結んでいる国家へ事の対応を依頼すると言う物。結果、法規隊ディフェンサーと言う魔導機械アーレス帝国が誇る法規防衛組織に白羽の矢が立ったと言う訳であった。


 現在法規隊ディフェンサーの臨時代表を担う英雄妖精リドも、それを踏まえた思考で事を整理して行く。



 両国民の尊厳への最大限の配慮の元、不逞の勢力を駆逐するための算段を。



∫∫∫∫∫∫



 時間にして深夜。三日月と呼称される、お空のアルテミスの月が、連星太陽、赤き大地ザガディアスと並ぶ関係上現れるとされる月の陰りが仄かに輝く頃。丸く満ちている時期からは程遠い、か細い月明かりが漆黒の闇夜を照らしだします。


 幾多の冒険から来る経験上、不穏なる者共が何かしら起こす時期は、決まって月明かりの消失する新月の時期と踏んでいた私。


 月の満ち欠けは、調和の乱れを察するための重要な判断要因ともなるのです。


「今夜は三日月か。ならば、奴隷商人達が動くとすれば数日後……事を急がねばならないみたいだね。」


 そうつぶやくく私はすでに、ベイルーン・サバンナのスコールを越え辿り着いた、ティー・ワン小国の誇る英霊城ヒュー・レイ・ジェーを一望できる関所門へと到達していました。


「川、でかいわね。これがあの、ペーコク川か。」


「そうそう。んでもって、街の先にある堤防城壁の向こうでちらっと見えるのが、ナーコク川……あの砂漠との境界線って事ね〜〜。」


 隣り合う様にずんずん進むドラケンにキャメリッシュへ乗る、オリアナとヒュレイカが語る様に、この二大大河は世界でも有数のクラス1河川に分類される大河です。川がクラス分けされているのは、観光名所などの理由に留まらない、万一堤防決壊などの事態が見舞えばたちまち、最大級の大災害が襲うと警告を促すものでもあるのです。


 それを見事防護して見せるのが、眼前の関所も一体となるティー・ワンの誇りし南北巨大堤防城壁〈万里超城壁ヴォーレ・チュージェー・パオ〉なのです。


「この一帯は精霊力エレメンティウムの乱れも少ない感じ。これって、精霊への異型の念から来る国家規模での取り組みでも成されてる感じかしら。」


「そうだね。街の綺羅びやかさとは裏腹に、要所へ精霊の加護が宿りやすいシンボルが配されて、一種の精霊加護の結界すらも張り巡らされていると見た。街へこれほど巨大な精霊結界をほどこす所かしても、国家が如何に自然との共存を掲げているかがうかがえるね。」


 ヒュレイカが駆るキャメリッシュに便乗するペネの言う通り、そしてさかのぼれば今回の旅の始まりでもある、ワンさん経営のチィ・シャン・ポウ食堂にも見られた精霊加護の秘術。それが小国全体を包むほどの規模となれば、それこそアーレスやアグネスをも超える護りと言っても過言ではなく――


 精霊狂騒地帯に囲まれる国家としての魔導的防御の徹底具合が、同時に統治者の裁量さえも示していると言えるね。


 小国本質に推察を立てながらの会話。宵闇に浮かぶ荘厳と言うよりは華やかな町並みを一望しつつ、小国関所門へ向かう私達。長旅にも平然とするドラケンに、新たな乗騎生命種たるキャメリッシュを見やり、ふと忘れた頃にささやかな重要点へと至りました。


「おや? よくよく考えればこのキャメリッシュ、まだ名前を付けてなかったじゃないか。」


「んあ? ああ、そうだな……あのデカい怪獣からの逃走に続くスコール一過で、見事に思考から吹っ飛んでたぜ。」


 すると同様の思考へ至るツンツン頭さんが頷き、残るメンツも「ああ……」と思い出した様にキャメリッシュを見やります。いい加減だね、人の事は言えないのだけど。


 そうして名前を捻り出すためやや歩みが遅くなる私達の中で、その手の話題へ珍しく声を上げたのは、当のキャメリッシュへ乗騎するヒュレイカでした。


「んじゃ、この子にあたしが名前付けていい?」


「それ賛成。王女様も、ヒュレイカに懐いてる感じがしてならないから、いいと思う。」


「リーサ様までそう言うなら。精霊方もそこは問題はないね?」


「いいんじゃねぇか?」


「どんな名前が出て来るか楽しみサリ!」


「キキッ、キー!」


チンも同感アルね。家族の名前は、大切アル。」


 グラサンとサーリャ親子にシェンとノマさんも賛同の元、自ら名乗りを上げたヒュレイカが、キャメリッシュへそれはもう御大層な名を与えるのだろうと待ち構える私。まあ……ヒュレイカの考える名前となれば、ある程度予想の範疇ではあったのだけど。


「んじゃこの子、笑い方がキモいから「」! ねぇ、どうよ!」


「「「「「「……ええぇ〜〜。」」」」」」


 直後響いた、予想の斜め上を飛翔しながらぶっ飛んで行く珍名で、皆して後悔したのは言うまでもありませんでした。ですが――


「ヒッシッシ、ヒッシ、ヒッシッシ!」


「おい……こいつ、この名前で喜んでないか? クレイジーだぜ。」


「……もうそれでいいじゃねぇか。メスゴリラとはお似合い――」


「うるさいぞ切り裂きストーカー。って事で、この子は今日からキーモねっ!」


 と言うより、喜びを禁じ得ない感の、「キーモ」が、それはもうヒュレイカを見やるや、いやらしい半目でくだんのキモい笑いを振り撒くカオス。もうそれでいいやと思ったのは、私だけではなかったはずだよ。


 などとおバカなやり取りを熟した私達を迎えるは、関所を守護する警衛局ポリセット・ガーダー兵方。さらには特にお調べを受ける事なく通される辺りは、リドジィさんかマーさんの執り成しかと察しながら――



 この旅に於ける到達目標の一つである、ティー・ワン小国首都へ足を踏み入れた法規隊私達なのでした。

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