Act.72 ティー・ワン首都、闇夜の情報調査網

 日付が変わる深夜時。旅路の疲れを癒やす傍らで、合流を果たせと指示を受けたフワフワ神官フレードとカクウお付き達。そのメンツが法規隊ディフェンサー本体との合流を見る最中――


 本体からも情報収集のために分隊へと合流した狂犬テンパロットが、他の仲間へ主の護衛を任せて闇夜を駆け抜けていた。


「テンパロットはん、こっちやこっち!」


「おっ、。久しぶりだな。」


「って、いきなりケンカ売ってんのかいな!? そう言うのはええねん! はよ来てや!」


 平常運転の狂犬が、これまた平常運転の残念精霊シフィエールと合流し、分隊が情報調査の起点となる城下町の裏通りでのきを構える小屋へと足を運んだ。綺羅びやかな町並みから一転するそこは、眼下に旧王朝クォール・ジェルド民街を臨む町境。


 事を秘密裏に遂行するにはうって付けでもあった。


「ジィさん、進捗しんちょくはどうなってる?」


「ジィさんではない。全く……今外で、? 変わらずは構わんが、ちと空気と言う物を読むべきではないか?」


「ああ、私もそう思うアル。一先ずそれはおいて置くとしてアルね――」


 小屋内まで聞こえる残念精霊のキレた突っ込みの声には、さしもの英雄妖精リドも嘆息を辞さない。嫌な汗で同感と心情を零す酔いどれ拳聖マーであったが、珍しく彼がその場を取り持って見せた。


 作りの簡素な小屋ではあるが、なぜかやたらと小鳥や小動物の籠が室内を埋め尽くすそこ。ともすれば、それらの糞尿の臭気さえ漂いそうな場所へと法規隊ディフェンサー一行が身を隠す。


 合流した狂犬を始め、生命種では英雄妖精リド抜刀妖精ティティ酔いどれ拳聖マー虎人青年ティーガーが各々好きな場所へ座す。精霊種は残念精霊シフィエール淡き光の君ウィスパ風の巨躯ジーン……そして抜刀妖精と虎人青年に付き従う石坊主ロックタイト精神の君サイクリアが面を突き合わせていた。


「分かってんよ、小国からの提供情報すり合わせだろ? 時に、ディネの姐さんはフレードんとこか?」


「ワシらが何を言うても、あのお嬢はそこを離れんじゃろ。じゃから、万一の後方護りとして置いて来たわ。さて、本題じゃが――」


「ウチらでみなはんが到着するまでに、あらかた町を洗った所おすが……キナ臭い箇所は確かに存在しとりました。けど、そこは小国が旧王朝とのいさかいを起こさぬために立てた、政治不干渉の掟が絡んでおりますよって。」


「かの大統領であられるフェイ・イー閣下は、それが結果的に悪意の蔓延助長に繋がったと嘆いておられた。しかも近年、小国領内各所で多発する異獣の発生騒ぎで、警衛局ポリセット・ガーダーも人手が避けぬ状況とか。その点へ、リド卿が関係性がないとは言い切れぬと推測された所だ。」


 部隊切っての情報戦の雄である英雄妖精が指し示す推測を聞き、逡巡の後捻り出す狂犬の解答はまさに、法規隊彼ら法規隊彼らたる真価であった。


「リド卿が寄越した情報で、あの双子が奴隷商人界隈かいわいで煙たがられてる事実は確認した。そして、その双子到着を見る前に奴隷商人共の本体が動いたのなら……。仮にもあのリュードが与えた智謀を、テメェのために使おうって言う輩だ……取りうる行動の察しは付け易い。」


「カカッ……! お主ならそう言うと思うておったわ。伊達にあの、サイザーのボンに慕われてはおらんのう。」


「そ、そういうのはいいんだよ(汗)。で、どうする……俺はいつでも動けるが?」


 流れる様な推理へ感嘆を送る英雄妖精。狂犬も唐突に褒められどもりそうになるが、そこは讃えられた通り、かの魔導機械アーレス帝国諜報部にして懐刀ふところがたな。素早く取るべき行動指針を英雄妖精へと振る。


 分隊が現状、英雄妖精を主軸に動いている事を鑑みた、粋な計らいでもあった。


「差し当たっては、フェイ閣下からの要望を一つづつ熟す算段としようぞ。最優先となるのは、奴隷商人の監禁しているであろう者達の居場所と状態の特定。商品などと抜かすからには、傷を付けたりはしておらんじゃろうが、救出するにもその情報が少なすぎる。」


「なら俺が、そっちを当たる方向としよう。連絡役にしーちゃんと、あと……勝手に突撃しないと約束できるならティーガーも同行願えるか?」


「ああ、感謝する。テンパロット殿の配慮へ報いる様、その旨は約束しよう。」



 程なく……狂犬を主軸に据えた、奴隷商人相手の情報合戦が開始される。



∫∫∫∫∫∫



 豪商国家ティー・ワンよいの町を、法規隊ディフェンサーでも珍しい組み合わせとなるメンツが駆け抜ける。


 奴隷商人が監禁する者達の、安否確認と救出の算段を付けるため、魔導機械アーレス帝国が誇る諜報部所属の狂犬テンパロットを主軸に残念精霊シフィエール虎人青年ティーガーが闇夜に紛れていた。残念精霊の連絡役は、魔導通信網整備遅れが顕著な町並みを考慮しての物。赤き大地ザガディアスに於ける魔導通信網は、発展した町から順次整備が整っているが、豪商国家ティー・ワンは首都内の二分された文化から来る影響で整備遅れが顕著である。


 それを視界に止めた町並みより導き出す、狂犬の観察眼から来る判断であった。


 対し――虎人青年の存在は言うに及ばず、幼歌姫タイーニャが監禁されていた際に警戒を解くための必須人員であり、今後の救出作戦を優位にすすめるためと、虎人青年の忠義を重んじた結果である。


 そして三人は、英雄妖精リド商国大統領フェイより預かった首都内簡易見取り図を頭へと叩き込み、分隊がキナ臭いと睨んだ地点を虱潰しらみつぶしに調査して回っていた。


「このティー・ワンは、東から海へ伸びる二等辺の三角州に広がっているな。んで、小国王都となる城を南北へ縦断する様に、ミューリアナ街道の大桟橋が貫く……と。」


「せやな。この一帯はまだギリギリ、首都圏内言うてもおかしない。せやけど、この城壁から下……東に広がる旧王朝の町並みは、むしろっちゅーよりはって感じがするわ。」


「私もそれは感じた。この地点からの貧富の差が歴然なのは明白。だが、これが双方の政治不干渉条約から来るものとなると、これよりの治安は一気に乱れる恐れがあるな。」


 一行でも情報収集能力に長けた二人と、生真面目が幸いし状況把握能力を会得した虎人青年は、急増としてはまずまずの団結を見せ付ける。青年に至っては、酔いどれ拳聖マーとの師弟関係が思う以上の覚醒を導いた形であった。


 そうして、急増情報調査組が闇夜に紛れ町を行く中。次第に視界へ映る町並みが、古び、折り重なる様に続く風景へと移り行く。様相は下町と言う情景を越え、散乱するガラクタやゴミが埋め尽くす貧民街の全貌が明らかとなった。


「話には聞いとったけど、これは想像以上やでテンパロットはん。」


「だな。だがアーレスやアグネスの様な大国ならば兎も角、小国の……それも首都と政治的な不干渉を結ぶ、国家としても怪しい場所――この状況は想定の範囲内だぜ。ここを悪く言うつもりはないが、国を纏める王族権力や政府無しじゃ無理もねぇさ。」


「国家のために、裏方で尽力したと聞いている。そのテンパロット殿が言う言葉には重みがあるな。」


「よせよ、ティーガー。こいつぁサイザー皇子殿下の受け売り……俺の言葉にそんな大層な重みなんざ――待て。」


 一層古さが際立つ町並みの一角で、キナ臭いと睨んだ箇所の一つへ狙いを定め、情報調査組が足を進めようとした刹那。視界へねずみ色のフードを纏う人影が映るや、狂犬が警戒レベルを上昇させた。


 歩みは人並み。しかし人影のローブ背部が、不自然に盛り上がりを見せる姿。それがこの治安の悪さ際立つ宵の町並みを、頼りないランプの明かりと共に堂々進む様は異様にさえ取れた。


 狂犬の警戒の元、残念精霊は姿隠しで素早く身を隠し、隣り合う虎人青年も平静を装う様に歩みを進める。やがて、その影が二人の男とすれ違うか否かの位置へと到達した時――


 歴戦の勘が閃く狂犬が声を上げた。


「ティーガー、避けろっ!」


 言うが早いか、反応としては同時であった虎人青年が身をひるがえし、横並ぶ寸前のローブの人影が突き出す長物と思しき物体を弾き飛ばす。が――


 その物体を確認した虎人青年が、驚愕の後、得も言われぬ感慨を乗せた言葉を放ったのだ。


「……っ、この武器はジャベリン!? 、霊銀製のホークウインド・ジャベリンでは! まさか貴君――」


「変わらぬ反応で安心した。そう、私だ……。、このまま敵対者として相対して頂く。」


 ローブの人影は男か。さらには、虎人青年の言葉へ懐かしむ素振りを見せるも、敵対を演じろと追加した。そこから阿吽の呼吸で、両者が弾ける様に離れたのを確認した狂犬は、ただならぬ事情を察し敢えてローブの人影が発した言葉に乗る算段とした。


「おい、ティーガー! この状況は、お前さんが一番理解してんだろうから、後でたっぷり説明してもらうぜ!」


かたじけない! ならば今は、あの男の言う通り敵対を演じて頂く! つまりは!」


「しゃーねぇ……しーちゃん出てきな! あんたがいる方が、こっちの素性を相手に理解させ易い!」


「流石は伊達に諜報任務には生きてへんな、テンパロットはん! ガッテン承知、ウチもその言葉に乗ったる!」


 距離を取る両者が、闇夜で刃を切り結んだ。そこでカチ合う高周波の雄叫びが、やがて周囲のローブの男の仲間――呼び寄せるか否かで、情報調査組が撤退を図る。



 即ちその遭遇こそが、一行の探し求めた答えである事を悟っていたから。

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