決戦!奴隷商人と法規隊と、砂漠を股にかける協力者達!

Act.79 荒ぶる伝説の目覚め

 法規隊ディフェンサーの旅路はついに、奴隷商人との全面衝突の様相を呈し始めていた。だが実質、奴隷商人本隊が豪商国家ティー・ワンのすぐそばまで魔手を伸ばす中での、謀略や策略を置き去りにする組織の暴走が彼らの接触を早めていたのだ。


 しかしそこは法規隊ディフェンサー。多くの想定外を考慮した、先行分隊による先んじての国家元首及び奴隷達との接触が功を奏し、辛うじて先手を奪取するに至る。内部で分裂暴走する敵方勢力であったが、奇しくもその程度は彼らの動揺を誘うまでには至らなかったのだ。


 そして真理の賢者ミシャリアが危惧していた敵勢力……その中でも、カクウ強硬派らが静かに動きを進めていた。


「とんだ事件勃発だが、これは好機だぜ? あの奴隷商人のは、アルテミスの月が齎す恩恵にあやかる方向で動くはずだ。ならば今まで奴らにお株を奪われっぱなしだったおれ達は、この機に乗じて奴隷共を根こそぎ掻っ攫う。」


「だが頭……あちらにはジェミニの双子に加え、バカみてぇに強い傭兵娘と魔人族のビーストライダーがいやがるんだ。下手打ちゃ俺達の方がボコられて――」


「臆病風ふかしてんじゃねぇよ、ザギス。おれ達はなんだ? あの旧王朝で暗躍したカクウの末裔……その程度の手勢にビビってちゃ仕事はできねぇ。幸いにもあのワンのヤロウは、。」

「ならば今こそ、このザガディアスへ名乗り出てやろうぜ。」


 日が昇り、大騒ぎとなる下層街のボロ長屋にて。奴隷達を監禁する長屋から離れた別の建物で、日を逃れる用に終結するは反任侠の集団。総勢150名以上の荒ぶる不逞が、頭と呼ばれた者の号令を待っていた。


「いいかヤロウ共! これよりおれ様、ドゥージェ・ホーを中心とした新たなカクウ結成を宣言する! 奴隷商人もワンの野郎も関係ねぇ……おれ様達こそが、このザガディアスの新たなる――」


 鼻息荒く集う輩共は、今こそ旗揚げの時と息巻いていた。ドゥージェ・ホーと名乗る夜盗を絵に書いた様な男が、旧王朝伝来の手足先を窄めた作りに豪華な刺繍施す服に身を包み、青龍刀ジェロンシェンと呼ばれる湾曲した幅広の刀剣を振り翳す。

 まさに真理の賢者が危惧した一触即発の事態。が――


 集まる烏合の衆が直後、響いた声に戦慄を覚える事となったのだ。


「いやはや、これはこれは。これほどまで我がカクウ内部に反乱分子が潜んでいたとは……この私も一本取られましたか。」


 超城壁チェージェーパオ上から差し込む光を背に、これまた黒を基調とした旧王朝伝来の衣類に身を包む影が声を上げた。それは研ぎ澄ました刃よりも鋭く、並み居る異獣も逃げ出す強烈な圧をばら撒き歩み寄る。


 声に反応し、その姿を視界に入れた烏合の衆の一部が、悲鳴とともに腰を抜かした。


「な……なんでテメェがここにいやがる!? 北のど田舎料理店で、よろしくやってんじゃなかったのかっ!?」


「おや? これは意な事を。すでにあなた方カクウの反乱分子が、このクォール・ジェルド民街へ潜んでいるなど、調べがついていた所――」

「それをこの私が……この俺、古より伝わる真のカクウを継ぎし頭領である、ワン・イェンガー・モウトクが見逃すとでも思っているのか?」


 次いで反任侠の頭領が吹き出す汗のまま影へと叫ぶや、影より返された言葉はカクウ首魁ワンであるとの下り。そして――


 それがかの三帝烈国最後の猛将にして皇帝である、ゾォソウ・モウトクの血統である真実を宣言したのだ。



 即ちこの豪商国家ティー・ワンへ、かの英雄皇帝の血に連なる三帝が集結を見た事実であった。



∫∫∫∫∫∫



 150対1――

 その数の差をものともしない影は、ワン・イェンガー。カクウの気質かたぎ不干渉派の頭領にして、かの三帝烈国皇帝の一欠であるゾォソウ・モウトクの血統継ぎし者。しかしその強さに至っては、すでに風化し記録にさえもほとんど残らぬ事から、大半の者が夢幻と噂していた。


 されど皇帝ゾォソウは三帝烈国時代、幾度もリーフェィを窮地に追い込んだ稀代の名将であり、智将としても武将としても赤き大地ザガディアスに名を轟かせた存在であった。


「ひーーっ!? く、来るなーーっ!」


「どこから攻撃……ぎゃぁ!?」


「くそが……あんなカビの生えた伝説の中の武将崩れが――ぐぁっ!?」


 そして今、かつての名声を現在に呼び起こす者は紛れもなく、かのゾォソウ皇帝の血脈である男であった。


 集う反任侠集団の中央へ飛び込むや、手を覆う手甲が妖しく煌めくと、無数の輝きが陽光を反射させ宙を舞う。それは……赤き大地ザガディアスでも百人といない名職人が、百日かけて細く束ね編み上げた霊銀製の超鋼糸チィーゴゥシー。触れれば例え鋼鉄さえ紙の様に切り裂くそれが、烏合の衆の纏う衣類に武具を次々切り裂いて行く。


 正しく一騎当千の糸捌きを見せる影は、紛う事なき三帝時代の皇帝に連なる者である。――


「……うわぁ、容赦あらへんなぁ(汗)。つかラグーはん、モノマネ程度とか抜かしはってたけど――」


「ええ、これは僥倖ぎょうこう。もはやあのワン氏に、完全になりきっている様子。……恐れい入ります。」


「ウィスパはんもそう思うわな……。なにせあの口パクの声の主は、陰で声のみを精霊通信端末越しに喋っとるメイメイはんのもんや。んでもって、メイメイはんの声がワンのダンナまんまっちゅう恐怖。ウチ、ほんまにあのワンはんがそこにおるんか思たわ。」


 なんとあのワンと言う存在を、気怠い猛将 ラグーと苦労人策士 メイメイが二人で一人を演じると言う、驚愕の作戦であった。されど猛将がモノマネを開始した途端に、彼女のゾーンとでも言えるそこに入った事で姿に仕草はカクウ首魁そのものとなり――


 加えて精霊通信によって放たれる策士の声は、カクウ首魁となんら遜色ない恐るべき気配を実現させていた。


 さらに展開される戦闘術は、実際にカクウ首魁が得意とする飛鷹超鋼糸操フェーフェイ・チーゴゥシーズォンと言う実在する戦闘術であり、赤き大地ザガディアスでも特殊五大戦闘術に数えられる稀に見る戦術。彼女はそれを、カクウ首魁から模倣に次ぐ模倣を繰り返す事で己のものとした。


 彼女が漏らした下りは、を差しており、己が扱う戦術が特殊である事の裏返しであったのだ。


 空を切る高周波が幾つも飛び、その度に反任侠集団が悲鳴の中追い立てられる。150人はいたはずの不逞が、気が付けばほとんど地を舐めさされる事態となっていた。


「頃合いやな……クォール・ジェルドの自衛兵はんら、出番や!」


 そこに来て法規隊ディフェンサーの誇る知識の泉たる残念精霊シフィエールが、長屋を囲む町並みへ響く様に咆哮を上げた。と、それを合図とばかりに周辺一帯を取り巻いたのは、群衆の群れ。


 不逞の頭領もしまったとばかりに視線を飛ばせば、その先……あろうことか


「今我らの民は不安定な時期であり、そこでいたずらに不逞炙り出しのため彼らを疑えば、不信感で容易く国家が崩壊を見るは明白アル。それ故に動けぬ事情があったアルが――」

「こうも見事に混乱に乗じるとは、いささ拭えないネ。そうは思わんか?ワン・モウトク・イェンガー。」


 響く声は地の底より迫りくる地裂炎震マグマの如し。しかし目に映るは貧弱な肉体でどこからでも手折れる様な矮小な体躯。されどバラ撒かれる裂帛の気合は、現在絶賛暴れ回っているラグー演じるワンをも圧倒する。


 クォール・ジェルド民街統治者にして、三帝烈国時代皇帝の一欠。キョジュン・チューボアが、信頼に足る群衆でも自衛を生業とする兵を集めて、不逞の輩を取り囲んでいたのだ。


 そのまま歩み寄るや、超鋼糸チィーゴゥシーの乱舞を一旦止めたラグーなワンへと声を投げる。当然それは、法規隊ディフェンサー考案による策で演じられる猿芝居であった。


「そこは安心召されよ、キョジュン・チューボア殿。もはやこの様に気質かたぎを巻き込むもいとわぬ有象無象など、我らカクウの面汚し以外の何物でもなく――」

「早々にそちらへ突き出し、お縄とすべき浅ましい賊でしかありませぬ。いやはやこのワンも、カクウの名を貶められはらわたが煮えくり返る思いであります故。」


 元来己が師でもあるカクウ首魁にさえ並ぶ相手へ、姿さえ偽って言葉をかけるなど正気の沙汰ではない。ないが、苦労人策士が声だけ演じるワンは、さも相手が同列の如く会話を繰り広げて行く。


 姿お構いなしであった。


「さて、ワン殿もこう仰っている事アル。皆の者、もはやここで地べたを舐めるはカクウにすらあらず。このキョジュン・チューボアの支配下街での、狼藉働く下賤なる賊の衆……ならば片っ端からしょっ引いて、。」


「「「「おおおおおおーーーーーーっっ!!」」」」


「「「「ぎゃあああぁーーーーーっっ!!?」」」」


「「う、うわぁ……(汗)」」


 カクウ首魁を演じる猛将の一騎当千からの、伝説の血統登場ののち発された、。下賤な賊の末路を想像してしまった、残念精霊シフィエール淡き光の君ウィスパを尻目に事は進む。



 ほどなくカクウ内乱とも言える事態へ、一つの終止符が打たれる事となった。

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