Act.18 平凡と、特別と

 それは昔のとある日々から。


 私の住んでいた家は、アーレスに併合される前の名もなき小さな集落。そこで、ささやかながら魔導を生業とする家の次女として生まれ落ちたのが、自分と言う存在でした。


 けれど魔導を継がせたい両親の思惑とは裏腹に、姉であるパフィリアは魔導に精霊と言った力をこれっぽっちも信じてはおらず……さらにはその妹たる私は、魔導の素質すら見られない落ちこぼれだったのです。


「良いこと、ミーシャ! この世に、精霊などと言う物は存在していないの! そしてパパやママが使う魔導なんてまやかしでしかない! 分かりまして!? 」


「でも、おねーちゃん。パパもママも、この前いたいいたいしてた人を、すぐにいたくなくしてたよ? 」


「だからそれは、まやかしなのですわ! 世界はもっと、目に見えるもので支配されているのです! ミーシャも、それをよく理解するのですわ! 」


 思えば姉の言葉に含まれた言葉の羅列を、今の自分を形成していたのでしょう。けれど、姉の意図した物はその概念の範疇ではなかった。


 私が、姉は違う方向へと進んで行ったのです。


「……待ってミーシャ。そのの下りが? 」


「目に見える物に支配される……。つまりは〈カネ〉やな? 」


「ああ、全く以ってその通りだよリーサ様にしーちゃん。けどそれを私は、取ってた訳だね。目に見えぬ力……世界を支配するのは物理と言う力であると。」

「ただその頃の私では、精霊力エレメンティウム物理力フィジカリィウムが結びつくなんて現象は考えもしなかったよ? 世界の摂理を、物理法則を以って解明せんとする、あのサイザー皇子殿下と出会うまではね。」


「うわぁ……(汗)。サイザー、一人の少女の未来を変えちゃってるぅ〜〜。」


「ミーシャはんも、勘違いの仕方がダイナミックやな(汗)。ダイナミック勘違い言うてもええか? 」


「ちょっと面白いけど却下だよ、しーちゃん。」


 とまあ、少しだけ記憶を掘り下げて思い浮かべた姉は、当時から歳に似合わぬ背伸びをするおしゃまさん。、元々センスの良い着こなしな彼女にちょっと憧れてはいましたが――


「彼女がいざ商人を目指すと言い出した頃からの、目を覆いたくなったね。近所の商店のおっちゃんおばちゃんでさえ、「あの子、あんな物買わされて大丈夫なのかい? 」と心配されたほどだ。」


「それ、もう商人としてどうやっちゅうねん(汗)。」


「対する服装のセンスは中々なのにね。そりゃ商人とか言われる――」


「今リーサはん、ウチの方見たやろっ!? ウチは残念精霊やあらへんで! 」


 、確かに姉が商人として今までやれて来れたのは奇跡とも言えるでしょう。視界に映る旅の必需品棚を眺めつつ、リーサ様専用魔導器の素材とする霊銀物色する私。同時に、ディナーへ招待した姉へ向け、誅すべき内容も取捨選択していたのです。


「リーサ様。私は確かに大賢者を目指す様な道を歩んだけれど、彼女――パフィリ・クロードリアは良くも悪くも普通だ。平凡な日常を送るにも、カネが必須なのがこの世界。」

「金融面で新たな改革を経んとする今のザガディアスでは、必要不可欠と言っても過言ではないよ。」


 自身が抱く知見から導かれる、姉の様な存在が齎す付加価値説明を、聞き入るリーサ様はやはりかのアグネスは第一王女であらせられる。、このザガディアスに最も必要な物と、その面持ちだけでも理解しているのがうかがえたね。

 生命種と精霊の軋轢あつれきが生む戦乱の世など、招来すべきではないと。


 だから私は改めて、己の意思を明確にして置こうと考えたのです。好きか嫌いかと問われた、姉と言う存在に対して。


「はっきり言っておくよ。私は姉が大好きだ。姫殿下は私と姉との仲違いを案じてくれていたけれど、その心配はないと断言しよう。姉が言いたいのはのではなく、という思いやりだ。即ち――」

「彼女は私を大事に想ってくれてるからこそ、、目の前の現実をよく見定めよと促してくれてるんだよ。」


 ありったけの笑顔で述べた宣言に、姫殿下は納得顔で首肯してくれ――



 その言葉に含まれた意味の重要さを悟ったしーちゃんも、満面の笑顔で私を見ていたのです。



∫∫∫∫∫∫



「またのお越しをー! 」


 求めた霊銀を手にし会計を済ませた真理の賢者ミシャリアは、お転婆姫リーサ残念精霊シフィエールと共に悠々店舗を後にする。精霊を同伴させた事で会計時に大幅な値引きが叶ったのは、ひとえ泣き上戸精霊ノマの情報提供の賜物たまものでもあった。


「いやぁ……ウチも生命種に、あんなに持てはやされたんは初めての経験やで? この辺りは相当精霊の恩恵の中にある言う事やな。」


「ふふ、しーちゃんがらしからぬ程に照れてたね。良いものを見せて貰ったよ。」


「さっきみたいに、精霊が尊ばれるのが当たり前になって欲しいものね。」


 三者三様の言葉を漏らす法規隊ディフェンサー主格組は、夜のとばりを照らす精霊光のランタンが華やかな道のりを、ディナー予定場所となる食事処へと進んでいた。そして道すがら、誘う算段であった爆双丘娘パフィリアを視界に入れるや、依頼が飛ぶ。


「しーちゃんすまないが、パフィリア姉さんをディナーに誘っている間は、不可視化状態で同席してくれるかい? あの人との会話最中で、必要なら呼び出す事もあるだろうから。」


「了解やで、ミーシャはん。ウチの存在以前にまず、辿明かすんが優先やさかいな〜〜。」


 すでに重要点を察した残念精霊も、満面の笑顔で不可視状態へ。二人居並んだ真理の賢者とお転婆姫は、さてと爆双丘娘の元へ歩み寄り声をかける。


「さっきは済まなかったね、姉さん。ちょっと諸々話したい事があるんだけど、一緒にディナーでもどうだい? 」


「あらミーシャ……。と、先程の無礼をお詫び致しますわ、リーサ姫殿下。それで私とディナーですか? まあ商人との交渉が長引き、まだお夕食も取っていなかった所。よろしくてよ? 」


「じゃあその先にある、――」


「(ちょっとミーシャ。あんな所で食事したら、また借金がかさむんじゃない? )」


「(姫様を引き連れて、安い!早い!上手い!な安価店には入れないだろう? 私としては、安上がりの方がいいに越した事は――)」


「何かありまして?ミーシャ。」


「ああ、気にしないで。それでは食事処へ向かおうか。」


 正統魔導アグネス王国王女を引き連れた手前見栄を張る真理の賢者へ、実に現実を見据えたツッコミをブチかますお転婆姫。怪訝な顔で小首を傾げる残念な姉を、押し出す様に食事処へと向かわせる。

 その残念な姉が、傍にいた数名へと声を上げた。


「皆様はディナーの間、くつろいでいて構いませんわよ? 久しく会った妹と姫殿下に、少々お話もあるので。」


 声を聞き届けた者達は、落ち着いた面持ちで軽く首肯すると、そのままランタンが照らす街へと消えて行く。それを一瞥した賢者少女は、僅かに眉根を歪めながらもディナー優先と食事処の扉をくぐった。


 程なく、食事処店内で三人が案内されたのは、四名程度を迎える個室。格式高い外見に似合う装飾に彩られた、貴賓客用の部屋である。


 そこでメニューから選んだ値も張る料理が届く最中、真理の賢者が切り出した。


「さっきの方々は、姉さんが雇った冒険者かい? それなりに腕は立つ様だったけれど。」


「そうね。この先の乾燥地帯まで、何度も往復経験があるとの事で雇わせて貰ったわ。旅の先々で、地の利に特化した冒険者を雇うのが、私の組織した行商隊キャラバン〈ルビーアイ〉の方針ですわ。それより――」


 すると冒頭へ絡めた冒険者の単語に、いささかの不穏を感じた真理の賢者の心配を他所に、爆双丘娘が話題を変えて来る。賢者少女をではなく、話題を。


「ミーシャ、悪い事は言いません。王女殿下にも少々失礼かと存じますが、妹の未来のために言わせて頂きますわ。現実を――」

「あなたを案じるパパにママのためにも、今後を見据えた職へと落ち着きなさいな。」


 そして放たれたのは、真理の賢者が王女に残念精霊へと漏らした姉の真意。何の事はない、賢者が思う通り、何より妹を案じた故の身内の言葉だったのだ。


 それを耳にしたお転婆姫も笑顔で賢者少女へと首肯する。さらに敢えてと真理の賢者が置かれた立ち位置を、授けた張本人たる王女が直々に言葉にした。


「姉であるパフィリア様が、どれほど妹君を大切になされているかを、今の言葉で察しました。しかしながら、。」


「……えっ? 叶ってしまったとは、どういう――」


 王女の宣言へ思考が停止する爆双丘娘。そんな彼女へと、高貴にして崇高なる存在より、啓示の如きお言葉が捧げられたのだ。


「はい。今は私も彼女も隠密の行動故、諸々は他に口外しないよう努めて下さい。ミシャリア・クロードリア様は現在、アーレス帝国が誇る特殊防衛組織の取りまとめにして、アグネスの希望――」

「我がアグネスが誇る、世界に名だたる宮廷術師会の本局代表に選ばれたのが彼女です。さらに行く行くは、私が考案した王国中枢組織である〈アグネス六賢者〉……その先駆けとなれる様、彼女へ〈真理の賢者〉の称号を贈った次第でございます。」


「……な、て? なんですってぇぇーーーーーーっっ!!? 」


 残念な姉からすれば、天地鳴動を呼ぶかの事態。今まで夢物語だから止めろと言ってはばからなかった姉は、妹が成し得た驚愕たる偉業の全容をお転婆姫より聞き及ぶ事となる。



 そこからせっかくのディナータイムを、僅かの間放心状態で過ごす爆双丘娘がそこにいた。

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