Act.9 不穏チラつく旅路へ

 カクウ首魁ワン必殺の晩餐流儀マンカンゼンセキを、一行が誇る底なしの胃袋で制した法規隊ディフェンサーは、そこから程なく宿を空ける。ミューリアナ街道南下を視野に入れた買い物を済ませるため、二頭の馬と荷車を引き近場の商店集落へと向かうためだ。


「ブルルッ、ブルッ! 」


「ヒヒィィン! 」


「すまない、待たせたねボージェにフラン。馬屋主さん、この子達の休息の世話と食事をありがとう。これはその分の料金、占めて二千mzメザーだよ。」


「あいよ、まいど! 元気があっていい軍馬だな、こいつら! ちと暴れすぎな気もしないでもないが、羨ましいぜ! 」


 一行は先の冒険後半では足として、正統魔導アグネス王国より二頭の血統馬を協力の証と預けられたが……なんの因果か一行とも無駄に相性のいい暴れ馬達であった。だがその二頭も、真理の賢者ミシャリアの持つ大自然に恵まれた素養に感化され――果てはかの死霊の支配者リュード率いる千の兵団戦に於いて、最奥への切込み間際で突撃参戦すると言う活躍を見せた。


 長くたてがみのなびく黒馬ボジョレーヌと、茶色の体毛が艷やかに光るフランソワーズ……ボージェとフランとの愛称を得た馬達は法規隊ディフェンサーの動物種側メンバーである。


 そんな二頭の身体をなで上げる真理の賢者だが、視線が僅かに下向いていた。その意図を察した狂犬テンパロットが変わって仲間の馬達へと声を投げる。


「ボージェにフラン。今後も仲良く冒険と洒落込みたい所なんだが……こっから先、で一旦お別れだな。」


「は? この子達を置いて、私達の生活物資満載の荷車は誰が引くの? それに――」


「聞け、オリアナよ。この先の冒険が危険と、ジーン殿からは聞いたであろう。特にあの乾燥地帯から最も危険な地域……砂漠地帯はこの馬らでは越えられん。」


「そうなの。この二頭は……あくまでとしての調整を受けた馬達、なの。これから通る南の砂漠地帯の過酷さを耐え凌ぐ様には、育てられてないの。」


 狂犬の言葉にお登り全開で疑問を投げる白黒令嬢オリアナ。だがいちいち説明も面倒と顔に出しながらも英雄妖精リドが、そして馬達を貸し出した大本であるアグネス警備隊所属のフワフワ神官フレードが続けた。


 乾燥地で生きる野生馬ならばともかく、特定の地域での能力特化・運用を想定して育てられた調教馬が、過酷極まる大自然で生きる事は困難が予想される。そんな状況を踏まえた上での一行の判断であった。


 さしもの白黒令嬢も、言葉にされれば状況を飲み込み……その仲間から遠ざけられる事を悟ったのか、暴れ馬を地で行っていた二頭さえも憂いを帯びて賢者少女へと摺り寄った。


 己を駆るに値する主を案ずる様に。主と家族同然である仲間と、離れるのが寂しいと言わんばかりに。


「ほんまミーシャはんは、馬にまで好かれる……違いますな。ほんまに、おす。」


「そうだよね〜〜。ミーシャは一緒にいる時からこうやって、動物に精霊とが自然に集まって来るんだよ〜〜。」


「ふふっ。まさしく、大自然に選ばれた賢者様な感じね。」


「慕われてるわね、ミーシャ。なんか王女様はちょっとジェラシーよ? 」


「あー君達? 私を弄り倒しても、何も出ないからね? ほんとに恥ずかしいから、そういうのは。あとリーサ様はもう少し、自身の身分を隠匿する言動の方が助かるのだけど? 」


 良い方への弄りも慣れたものと口にする一行に対し、未だ慣れぬ真理の賢者は紅潮して視線を泳がせる。そのまま逃げる方向を探す様に、目的の商店街がある街道を見やろうとした時……精霊種も続くその後から酔いどれ警兵マーが声をかけた。


「あ〜〜法規隊ディフェンサー代表の代表 ミシャリア・クロードリア嬢。私から少々お話あるネ。お時間よろしいカ? 」


「お話? まあかの警衛局ポリセット・ガーダー遣いの君なら、現状それを聞くも已む無しだけど……? 」


「失敬な(汗)。すでに酔いはさめたアル。お話と言うのはあの、オクスタニアのティーガー氏の事アルよ。」


 一行は新たな冒険と息巻く中。されど不穏はすぐ傍からにじり寄る。



 酔いどれ警兵が語る言葉の先から音もなく――



∫∫∫∫∫∫



 ティーガー・ヴァングラム氏を我々の旅へ同伴させる。


 そう聞いた時にはまさかと思ったけれど、距離を置き彼が直に監視に付くと言う条件を提示された時点で回避しようがない事は理解しました。少なくとも虎兄さんは、精霊使いシャーマンに奴隷商人と言う聞き捨てならない単語を漏らしていたのです。が警戒と監視を言い出すのは当然と言えました。


「あの酔いどれ……。中々どうして、得体の知れない奴だぜ、ファッキン。」


「得体が知れないサリ! 、分かったものじゃないサリ! 」


「いやいや(汗)。サーリャ嬢、お父上が言いたいのはじゃないアル。」


「ないサリっ!? 」


「……君達、謎の問答はいいけどね。ノマさんのそれは、のかのか判然としない語尾だから。て言うかその語尾は――」


 酔いっぱさんの警戒を違う方へ取るサーリャは、相も変わらず良しとするも、酔っぱさんの会話語尾「アル」が共通するノマさんの詳しい生い立ちが気になる所。それを問い正せば、遠からずも近からずな返答が送られました。


ちんはミシャリア様がお救い頂いた街銀行店が、モンテスタに呪い付けされる遙か以前……商人との交渉などで、ここから南方地方を頻繁に行き来したアル。銀行店先々代辺りまでは、ちんも何不自由なくここを商売の拠点にできたネ。」


「なるほど、そこでの人種ヒュミアとの交流が影響していたってことかい? 」


「ディネさんに、珍妙言われる筋合いはないアルネ。」


「あたいにたぁ、どう言う了見だい!? 」


「ちょっと二人ともよさないか(汗)。精霊が争うなど――」


「ディネさん、メッ……なの。」


「よし、許してやんよ! 」


「「「ちょ……チョロい(汗)。」」」


 そこからまさかの地方言語で言い争う輩姐さんと泣き上戸さんでしたが、これは最近定番となりつつあるフレード君のプンプン怒り顔からの〈メッチ〉攻撃が、……彼が一声上げるや姐さん途端に大人しくなるんです。


 思わず感謝だね。面倒事が一つ減少だ。


 そこは兎も角としても、今まさにノマさんが発した言葉は渡りに船。人種ヒュミアの記憶で砂漠地帯の常に移り変わる状況を把握するのは極めて困難。砂漠、海洋に始まり高山・雪原などの自然的な局地では、人智など及ばぬ環境激変が襲うのは常。そこへ土地勘もあり、目的地周辺精霊とのコンタクトが取り易い精霊の力添えはもはや大自然の加護に相当します。


「ならばノマさんは、ティー・ワン周辺砂漠や乾燥地帯にはそれなりの知識があると見て構わないんだね。」


「無論アル。かの地で商人と相対するとは即ち、道行く商人冒険隊キャラバンを追いつ迎えつでの交渉が肝ネ。そして彼らを安全に導く事が、交渉事を有利に運ぶ必須の処世術アル。」


 フムフムと彼の話を聞き入る一行。特にオリアナは、生い立ち上商人との交渉あれこれが気になるのか身を乗り出し……同じく商人側たるペネも、実に耳寄りと頷いています。


 いるのですが――

 諸々買い出しのための商店へと差し掛かる間際、私はとてつもなく嫌な予感が思考を過ぎったのです。すでにワンさんからの依頼にリーサ様の魔法力マジェクトロン制御と言う何事を抱えた今。脳裏へ浮かぶや、思わずよろめいてしまうのです。


「ちょっ……ミーシャ、どうしたの急に!? 」


 慌てて私を抱き止めたリーサ様に大丈夫と向けつつ、お顔がいささか青くなってるのを悟った私は、それでも確認としてノマさんへと問いかけます。彼の動向から、情報的に見ても確認された時期に大きな誤差があるのを考慮した上で。


「……ノマさん。あなたがこの近隣で活躍した時期からは、完全に世代がズレ込むのだけど。その……キャラバン隊の中に、〈ルビーアイ〉を名乗る隊がいるのを知っているかい?」


「ルビーアイ? ああ、それならちんの同胞たる地の精霊からの情報で知り得ているネ。銀行店にもこの地方からの客足は向いていたアルから。確かそれはとか言う、……って、おや?パフィリア――」


 飛び出た言葉で頭を抱えた事に、私はその名を嫌というほど知っていたのです。ええ、それはもう嫌というほどに。


「パフィリア・。ルビーアイと言う組織を、残念目利きなオサレ系行商人。実は残念な事に、それは私の姉さんなんだよ……これがね。」


 すると、どうみてもではなく、我が家族達が精霊まで含めて驚愕の眼差しを送って来たのです。



 それは皆の足が商店街に付くか否かの所。そのまま失礼極まりない放心状態な精霊達を、慌ててあっちの世界に贈り返す私がいたのでした。

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