Act.8 過酷なる冒険の予感

 イロモノにして食堂バスターを地で行く法規隊ディフェンサー一行の、らしくないほどの歓迎ぶりを余所に――


「あいや~~。(汗)。法規隊あちらのマンカンゼンセキ好待遇に比べ、ちと私の扱いは酷くないアルか? 流石に私も、このかゆ一杯では足らないアル。」


 食堂を下品に貶めた、テウカ国民独特の語りが特徴の酔いどれ警兵マーは……まさかの食堂から離れた一角、貧相なテーブルセットで冷粥ひやがゆすする顛末と相成っていた。


「お言葉だな……マー・ロンだったか。貴様が我らを張っているのは周知の事実。そんな相手に何度も馳走を食わせる理由など無い。それよりもあの獣人の守人をどう扱うつもりだ? 」


 しかしそれをあしらうカクウ首魁ワンは、法規隊ディフェンサーに見せていた雰囲気が吹き飛ぶ様な、それこそ暗部マフィアを地で行く鋭い殺気をバラ撒いた。それを向けられた酔いどれ警兵は、項垂れた様に振る舞うも視線は動じた感もなく、ただ飄々とそれを受け流す。


「どうもないアル。アレからは悪意など微塵も感じられないネ。、それこそ聖人君子を見ている様アル。」


「ふん……。そもそも、正しき義と悪しき意の区別も付かぬお堅い思考では、義を向ける先さえ誤りかねん。」


 カクウ首魁と酔いどれ警兵。互いが醸し出す空気は、相入れずとも利害の一致で動く光と闇を思わせる。それこそかの法規隊ディフェンサーが、一時的にではあるも協定を結んだ闇の冒険者達ブラッドシェイドとの関係の如く。カクウ首魁の立ち位置は、狂犬テンパロットが口にしていた通りのモノであった。


 身成りは法規隊ディフェンサー一行と対峙していた時の、ダブ付く両袖へ手を収める独特の姿。だが双眸に宿す眼光は、並み居る悪人をも震え上がらせる殺意とカリスマを併せ持つ。


 暗部マフィアたるカクウの首魁を、首魁たらしめる証が其処彼処へばら撒かれていた。


 そんな男をまるで長年の腐れ縁を見るかの酔いどれ警兵は、軽く男を一瞥すると……ただの冷粥と愚痴ったそれを胃へとかきこみ「馳走になったアル」と一言。ただの冷粥が、合掌した。


 そしてすっくと立ち上がった酔いどれ警兵は、先の酔いが嘘の様にキレイに直立する。ともすれば、武術に長けた達人の如き佇まいさえ宿していた。その雰囲気のままカクウ首魁を見やる視線には、首魁を以ってしても嫌な汗を滲ませる闘気の片鱗を覗かせる。


「当分は私が青年に同行し、間違いがないかを監視するアル。今彼ら法規隊ディフェンサーは、ティー・ワン 警衛局ポリセット・ガーダー長期依頼を受けた身ネ。その依頼遂行に邪魔立てする立場を取るなら、私も動かざるを得ないアル。」


 ヒラヒラ手を泳がせきびすを返した酔いどれ警兵を、僅かに息を吐きながら見送るカクウ首魁は独りごちる。、獣人の青年を憐れむ様に。


「ティーガー・ヴァングラムだったか。気を付けろよ? その男は旧王朝 クォル・ガデルの末裔にして、現ティー・ワン警邏局ポリセット・ガーダー最強のクーンフーン使い――」

「事と次第によっては、……対魔討滅の志士ぞ? 」


 腐れ縁な点はカクウ首魁も同様であり、拳聖と畏怖される酔いどれ警兵の素を口にする。



 それこそ法規隊ディフェンサーが歩む冒険の先行きに、過ぎたる不穏を撒き散らす様に。



∫∫∫∫∫∫



 リドジィさんの弄りから、私達はそのまま今回主となる冒険の旅路……その主要ルートの洗い出しにかかります。当然お登りさんなブレ黒さんに合わせた方向に、分かり易く且つ噛み砕いてです。面倒くさいことこの上ないね。


「さてこの世界地図でも、ここウォーティア大陸を拡大細分化した物を見てもらおう。今までは経験した土地を土地勘がある者が行く旅路ゆえ、そこまで大仰な計画を練る事もなかったんだけどね。」


「つっても、西イザステリア海洋を日を置かずに……からの孤島進軍で二度の海洋往復は、大概のモンだったぜ? 」


「そうだね。テンパロットの意見はしかり……今回はその陸地版ととって貰えると、こちらも説明がし易くなるね。」


 ルート洗い出しにかかるや放つテンパロットの視線を追えば、パッと見で分かるほどに冗談が通じない方の彼で――やはりと言うかその視線の先は、熱砂地帯のオアシスな港町、でした。


 私も彼が何故そこまで視線を鋭くしているかを知る手前、掻い摘んで説明をして行く事とします。


「まずオリアナは、このルートを行くのが簡単と……そうだね。今までの様な部隊の装備で乗り越えられると思うかい? 」


「んんっ!?私!? うんっとね〜〜――」


 恐々こわごわテンパロットの視線を気にしていたブレ黒さんも、先の流れからいきなり元の名前で呼ばれて困惑するも、迂闊な言動からのテンパロット・ザ・マジギレを警戒しちゃんと普通に反応してくれたよ。前の冒険では彼女、敵対してた事でですからね。


 ただ質問の意図は察せていないようだけど。ああ面倒くさい。


「このティー・ワンって、砂漠のオアシスって別名があるのよね。私砂漠なんて行ったことなんてないんだけど、普通じゃだめな……痛っ!? なんで今、小突いたのよリドさん! 」


「なに……ワシが小突かんでも、テンパロットか若しくはミシャリア――下手をすればフレードのボンでさえも小突きかねんかったからの。感謝せいよ? 」


「うん、なの。ちょっとオリアナさんをこのメイスで――」


「フレード君が、イロモノ集団に感化されてる感じだわ……(汗)。」


 皆の反応は想定通り。、さしもの私も久っさびさの魔法力マジェクトロンを込めた賢者パンチをと拳を握りしめてしまったね。けれどその後のリドジィさんのフォローは兎も角、フレード君が、笑顔と共に放った言葉には戦慄した所。

 良かったね?ブレ黒さん。あとついでにブレ黒さんでもいいかとも思ってみたり。


 ともあれ定番の如く前に進まぬ冒険に向けた会議。頃合いと現れたワンさん提供のデザートに、ヒュレイカがよだれを撒き散らすのを尻目に視線を料理長殿へと贈ります。

 視線へ「精霊を顕現しても? 」と込めれば、「人払はすませた」的なウインクを頂き首肯。

 そして――


「ここからはしーちゃん達の意見も必要だ。頼めるかい? 」


「ようやくウチらの出番やな〜〜。早速本題から入らせてもらうで? ここでいつもの、くだらんボケは無い様にしてや? 」


 声がかかるや顕現するのは、私達法規隊ディフェンサーにとっての家族たる精霊達。ワンさんがすでに、私達の内情を知り、且つ協力的である事前提で……さっきのティーガー氏の闖入ちんにゅうを回避する方向で精霊顕現を了承頂いたのです。

 個人的には未だ研鑽が必要な自身の鍛錬のため、精霊達を精霊召喚スピリティア・サーモナイトによって呼び出したい所であるも――あのティーガー氏の口にした案件に精霊が関わっている事を踏まえた対策でした。


 そして六大精霊を中心に、さらの炎と風が二柱ずつ……大自然を表すシンボルにして生命種の監視者たる精霊達が顕現。風ではしーちゃんの次に私達との深い絆を持つ、巨躯にして頼もしいジーンさんが語り始めます。


 いつもの堂々にして雄々しき姿が影を落とす様に。


「オリアナ嬢は我らが法規隊ディフェンサーと共に歩むならば、この先は心してかかられよ。このミューリアナ街道を一言で表すならば、〈精霊狂騒地帯〉である。」

「それも危険区域が数段階に分かれ、天候も環境も突然激変する大自然の試練渦巻く道。備えを誤った冒険者をいくつも飲み込んだ、命懸けの陸路ぞ。」


 一切の冗談を配して語るジーンさんの圧力は、我がイロモノ集団を沈黙へ導くには十分でした。



 彼の口にした〈精霊狂騒地帯〉とはまさに、自我を持たぬ彼らの同胞達が何らかの原因で荒れ狂う、冒険者さえも恐れおののく大自然が齎す試練の道なのです。

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