Act.7 マンカンゼンセキ、破れたり

 法規隊ディフェンサー一行が古き任侠集団カクウの依頼情報を共有して程なく――


 先に食堂で逆流物吐瀉騒ぎを引き起こした、かの酔いどれ警兵マーの件を痛く気に止んだカクウ首魁ワンが食堂奥に消えるや、気を取り直す様に新たな食事準備に取り掛かる。騒ぎのあった食堂は一般にも開放されている場所であったが、首魁が次に準備したのはお宿集合地から少し離れた貴賓客用の一際豪勢な食堂である。


 民族柄の衣装にエプロンを巻く姿は、カクウ首魁と言われなければ分からぬ程に料理長が板に付く。ともすれば、純粋に彼が一級の客に食事を振舞う事へ甘美を覚えている節さえうかがえた。


「ああ、皆様。お呼び立てして申し訳ありませんが、私としても引っ掛かっておりまして。さらにはこちらの依頼を受けて頂ける上級客へ、その様な不手際を働いたままでは私めもプライドが許さぬ所――」

「よって今回はより腕を振るった料理の数々をお召し上がり頂けたらと。はてさて皆様、その旨ご理解頂けますでしょうか。」


慇懃無礼いんぎんぶれいは無しにしよう、ワンさん。私達一行の素をすでに見ただろう? 再度のお招き痛みいる所だけどね……また食堂バスターを働いたなら、今度こそガチであなたへ借金を詰まなければならないんだ。その辺を考慮して貰えるならば、まあ――」


 真理の賢者ミシャリア側としても、あまりにもお粗末な事態で充分な食事を得られなかった手前……申し出を受けるはやぶさかでない感を出しつつも、定番のバスターが起きる可能性を示唆しつつカクウ首魁の意を汲もうとする。


 だがそこは食堂バスターズにイロモノ集団と、バラエティに飛んだ汚名を連ねる一行。かつてそのを冠した経験ある少女が見事に空気をブレイクして見せた。


 グウウゥゥ……と鳴り響いたのは、決して獣のうめき声などではない。


「……デレ黒さん、やってくれたね(汗)。久っさびさの腹の虫の戦慄の咆哮が、この私の放った社交辞令さえも台無しにしてくれたよ。そんな君に新たな名前を贈呈して差し上げよう。。」


「だ、だってしょがないでしょ!? さっきまともに食事が……って、誰がブレ黒じゃいっ! て言うか何をどう間違ったら、そんな名前が出てくるのよっ! 」


「空気ブレイクだろ? 」


「空気ブレイクね~~。」


「見事にブレイクな感じだわ。」


「……オリアナお姉ちゃん、また名前が増えたの(汗)。」


「ブブ、ブレイクブレイク言うなっ!皆してっ! 」


「ばかもの、このミシャリア! さっき苦労して、ティティの笑いを納めたところじゃぞっ!? そんないかにも、こやつの笑いのツボを刺激する様な――」


「……ぶ、ブレ……黒。ぷぷぷ……お、オリリンお姉様――ブレ黒。ぷっくくくく……。」


「「「「うわぁ……またはまってる(汗)。」」」」


 そんな白黒令嬢オリアナへ飛ばした弄りは、本人定番の癇癪かんしゃくと一行安定の流れへと繋がり……さらには常態化する抜刀妖精ティティの低すぎる笑いの沸点点火さえも呼び起こす。実に賑やか極まりない確立しつつあった。


 どこまで行こうと何が起きようとブレぬ一行の姿へ、いつしか取り込まれてしまったカクウ首魁もまたクククと失笑を洩らしつつ――


「はてさて、それ程までに腹の虫が勢い巻くのであれば、私めも料理を出す甲斐もあると言うもの。このティー・シャン・ポウでは、クォル・ガデル伝統の晩餐流儀ばんさんりゅうぎ〈マンカンゼンセキ〉にのっとり腕を振るわせて頂きますゆえ――」

法規隊ディフェンサーの皆様も好き好きに席へとご着席下さい。おい!法規隊ディフェンサーの皆様へ料理を出して差し上げろ! 遠慮はいらん、豪快且つ繊細な我らの料理を、皿と食材のある限りご用意せよ! 」


 仰々しい演技を交えるカクウ首魁が、料理を振るう事への並々ならぬ意欲を見せるや、掛けられた号令で赤と金の混じる巨大な丸テーブルへ次々料理が運ばれる。

 首魁の言葉に、ならばと座していく一行の眼前。この地方が誇る色とりどりの、香辛料の香り漂う食の王とも称される〈テウカ料理〉が、その視界を埋め尽くした。


 香るスパイスと辛味が、鼻の奥どころか脳髄までくすぐる料理の数々。一行も席に着くや、よだれの勢いが止まらぬとばかりに、料理の皿をまず目で舐め回した。


 ニヤリと口角を上げたカクウ首魁は「平らげて見せよ。」と挑戦的に視線を送るが――


「……これはこれは、私達も舐められたモノだね。、この程度の料理の品数で遅れを取るとお思いかい?ワンさんとやら。」


 視線を送り返す真理の賢者もニヤリと口角を上げ返す。



 ほどなく賢者少女の言葉の意味を、カクウ首魁も思い知る事となったのだ。



∫∫∫∫∫∫



 貴賓客への失礼があったと、さらなる料理を、それも私達のためだけに準備してくれたワンさんには感謝しかないけれど。晩餐流儀〈マンカンゼンセキ〉とやらで出て来た料理は、異常なほどの品数と量が盛られていました。

 これ、普通の客ではとてもではないけれど平らげる事なんて不可能だね、と思考に過ぎった私ですが――


 あら残念。こちとらワンさんに申し上げた通り、食事を制限せざるを得ない状況。そこに加えて、法規隊ディフェンサーメンツが増えた事でさらなる食費の制限が発生している今です。


 もはや〈マンカンゼンセキ〉などは、相手にもならない食事量と言わせて欲しい所だよ。


「なん、だと!? 我らが誇るマンカンゼンセキの食事の数々が……、だと!? 」


 今まで余裕ブッこいた笑みを浮かべていたワンさんでしたが、私達が目の前の料理を粗方平らげたのには、流石に余裕が吹き飛ぶほど驚愕しているね。案外庶民派なのかな?このマフィアさんは。


「はぁ~~おいしかった~~! あーワンさん、だっけ? おかーり無いの? 」


「ふぅ、こんなにメシを食えたのはいつぶりかな。レンジャーの地獄の訓練後に出る料理の数々に匹敵する量に、うまさが加われば食べ応えがあるってもんだぜ。」


「ちょっと待って? テンパロットとヒュレイカの食べた量が、尋常じゃないんだけど? 」


「きっとそれだけ、借金グの影響を……常日頃から受けてたと言うことなの。。」


「そう言うオリアナさんにフレード君だって、大概な感じよ? むしろフレード君の痩せな大食いには驚愕だった感じ。次からの食事担当の際には、食費を抑えつつ量を提供する方向へシフトな感じだわ。」


「ちょっと待ってペネ。私は予想の範疇みたいな言い方ね。」


「あらオリアナさん、違う感じ? 」


「……もういいわよ。ペネにまで弄られる……。」


 そこに来てウチのツートップのバカ食いが発動し、ヒュレイカ必殺の「おかーり」が炸裂するや……おやおやワンさんちょっと頭を押さえてよろめいたね。あなどってもらっては困るところだよ。

 そんな事態を目の当たりにし、旅の途中での食事献立修正案さえ頭で弾き出すペネはまさに、私の嫁的なを発揮させているよ。


 ようやく立ち直ったワンさんも、すでに材料も底を付いたと厨房から響き顔面蒼白。しかしヒュレイカの注文には応えたいと意地になってか「デザートでご勘弁を……」とよろめきながら厨房戦場へ足を向けたね。

 他のシェフな方々が、皆揃って厨房で腰を抜かす中で。


「これミシャリアよ。そろそろ旅に向けた案を話し合わねば、出立もままならんぞ? なにせここから先は――」


「そうおすな~~。これ以降の道のりは今までの様に、ただの野営準備なんて甘い考えではいけまへんよって。」


「へっ? ティティ卿、それはどういう事? 」


「うむ、分かり易く伝えてやらんとのぅ。」


「って、誰がお登りじゃい! 」


「オリリンお姉さまおすえ? 」


「……ティティ卿。それ、バカにしてるの?敬ってるの? 判別できないんですけど(汗)。」


 相も変わらず話が進まない我が家族に業を煮やしたジィ様と、まさかのティティ卿からの弄り強襲で項垂れるブレ黒さん。そんなみんなを一瞥し、何やらさっきから勢いが陰っているリーサ様へと話を振ったのです。


 が――


「まあリド卿の言い分も一理あるので、リーサ様……これより先の旅計画を――どうかしましたか? 」


「……ふにゃっ!? ああ、ごめんごめん! 大丈夫だから続けて! 」


 こちらの声が今聞えた様に慌てたリーサ様。その様子を目聡く見抜くテンパロットとヒュレイカ。それは後々に、今提示された案件とは別となる問題の予兆。



 でもあったのです。

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