Act.68 旅路支える仲間と、豪商国家を包む暗雲

 乾大草原地帯ベイルーン・サバンナから砂漠にかけてを生息地とする地走竜ドランゲイターさえも震え上がる、草原の巨獣アンギルモアスが大地を揺らして獲物を追う。その速度は緩やかながらも、巨体の獲物にされたフタコブ種キャメリッシュはいい迷惑であり――


 今まさに巨獣の餌食になる寸前で、フタコブ種が視界に生命種……それも人種ヒュミアを初めとした冒険者を捉えていた。


 見つけるが早いか、逃走先を変更したフタコブ種。だがそれを追う巨獣も飢えが勝り執拗に追い立てる。フタコブ種としても、砂漠までの道のりを行く冒険者ならば、己を救う程度は出来ると野生の勘のまま逃げ続ける。


 が……それは、


 視界に映る冒険者の周囲へ突如として、巨大な積層型魔量子立体魔法陣ビルティ・クオント。シェイル・サーキュレイダが浮かび上がるや、一帯に充満する精霊力エレメンティウムでも風に準える力が恐るべき勢いで渦巻いた。ほどなくそれが、巨大な魔法陣サーキュレイダ……己を追う巨獣ほどのそれへと集束されると――


『……疾駆雷精衝波ゲイル・レイヴァース……食らうがいいよ、とやらっっ!! 』


 螺旋状に渦巻く竜巻の如き暴風が、縦から真横へと向きを変えるや突撃して来たのだ。


「フヒッ!? フヒヒィィン!?」


 まさかの前門の虎、後門の狼ならぬ、馬種とも豚種ともとれる奇妙ないななきの元急停止するフタコブ種。そのタイミングで停止してしまえば、巨獣の餌食待った無しの状況であった。


 しかし、巨獣がフタコブ種を強靭なアギトで捕食に成功する事はなく、停止したそれの頭上を掠める暴風の一撃が巨獣を大きく仰け反らせる事に成功した。


「よっしゃ、狙い通り!」


「さっすが私達の賢者様! じゃあ、こっちは牽制でいいのよね!?」


「ああ! けどガルダスレーヤを、間違ってもあの巨大な甲羅に向けんなよ!? 跳弾しまくってこっちが危なくなるからな!」


「言われなくても! 私の銃の腕前は知ってるでしょ、テンパロット!」


「まあな! んじゃ手筈通りに、ペネはヒュレイカと突撃して奴の注意を逸らせ!」


「こっちもお任せな感じ! !」


 巨大な暴風の激突は、それを予想していなかった草原の巨獣へ刹那の動揺を刻み込み、意識を獲物ではない方へと向けさせる。映る視界には、フタコブ種よりも一回り小さな生命種が複数飛び込んでいた。


 だが……それは巨獣を前に足をすくませる震えたエサなどではなかった。あろうことか、サイズ比からして絶望的なはずの有象無象が群れなし、巨獣へ向けて挑んで来ていたのだ。それでも巨獣からすれば、腹を満たすエサが増えたに過ぎない。巨体に宿る申し訳程度の脳器官がそう判断させた。直後――


 今まで乾大草原を支配していた巨獣が、戦慄を覚える事となる。


 響く数度の破裂音が吐き出す音速の脅威。草原の巨獣を襲うそれは、甲羅ではない部分の……それも一番柔軟性の要求される下部の体組織へと次々突き刺さる。本来硬度のある甲羅で守られるはずの場所が、ピンポイントで狙い撃たれたのだ。


「ギョアオゥ!? ギョアアッッ!」


 経験した事のない痛みが巨獣を襲う。弾丸の威力など、草原の巨獣からすればさしたる脅威でもないはずである。が……激痛の走るそこは、


 そんな場所がピンポイントで狙われた事で、草原の巨獣が目にしたいと小さきエサの集団が、途端に


 されど、、投擲ダガー、爆炎播くチタナイト製ロッド、怪力で振り回される大剣グレートソードの乱舞となって襲い来る。さらにその後方――


 草原の巨獣も、想像だにしない光景を目の当たりにする事となった。


「さあ、巨獣とやらよ! 俺様達親子の、火炎の壁をとくと味わって行けや! ファッキンッ!」


「サリーー! 弱肉強食は自然で遵守すべきものサリ……けど、それも過ぎたるゴーヨクになるなら、あーし達精霊が許さないサリッ!」


『皆さんと一緒の旅路、何度この闇の精霊力エレメンティウムを全開にしたか分からないですキ! しかしながらこのシェン……力を奮う事に意味があると言うなら、尽力もいとわないですキっ!』



 エサであるはずの有象無象と手を取り、己を駆逐せんとする精霊の加護が立ち塞がっていたのだ。



∫∫∫∫∫∫



 久々の風に準える単体の精霊攻撃魔法は、実に申し分なしの威力を見せつけたね。今回は充分な魔法詠唱の時間に加えた、敵目標も見定め易い開けた場所である点が功を奏した所だ。周囲の動物種と、逃げて来たキャメリッシュを撒き沿いにせぬための軌道修正も抜かりはない。


 上手くバカ甲羅さんを仰け反らせて、時間稼ぎの上で注意を引き付ける事にも成功したよ。


「ノマさん、ドラケン! リーサ様を頼んだよっ!?」


「お任せ下さいアル! ささ姫殿下、ドラケンの鞍へ!」


「ありがと、ノマさん! じゃあミーシャ……私達はこのまま逃走経路へ突っ走るでオーケーだね!?」


「その方向で! キャメリッシュはヒュレイカに任せて、バカ甲羅さんの視界を奪ったタイミングを見計らい全力逃走……ずらかるよ!?」


「シャギャアアッッ!」


 しかし今回はあくまで尻尾巻いてずらかる算段なため、いたずらな体力と魔法力マジェクトロンの消費を避ける方向での動きとします。仮に討伐戦でこんなデカイの相手に梃子摺り、挙げ句サバンナのど真ん中でリーサ様の魔導的容態が急変したら目も当てられません。


 さらにそんな中で、こちらへ進んでくるはずの奴隷商人な双子と遭遇してしまえば、あらゆる冒険の目的全てが危機的事態へと進みかねない――


 今は目の前の解決すべき事象を一つづつ、確実に始末して行く事こそが最重要課題でもあったのです。


 それを理解するテンパロット、ヒュレイカ、オリアナ、ペネに……グラサンとサーリャにシェン。今まさに眼前で、その事象解消のため奮闘する仲間を見やり思考を素早く巡らせます。


 まずはこの、アンギルモアスとやらの生態を知識の泉から引っ張り出し、鈍重ながらも獰猛でベイルーン・サバンナを住処とするとの記述を振り返ります。さらにそこから、今後の対応としてはこいつもいずれは討伐すべき対象とし、この先にあるティー・ワン領内での問題な点を踏まえ――

 かの国への情報提供の元、一つの討伐依頼として提示出来ぬかを思案して置きます。


 領内で大怪獣が大暴れし、しかしそれを討伐出来る冒険者が別件含めて依頼を承諾すると言うなら、かの国も断るいわれも無いとの判断でした。


「ミーシャ! デカイのの意識を、こちらの攻撃で陽動する! んでもって、俺達が突撃後にヒュレイカがキャメリッシュへ飛び乗った瞬間が合図だ!」


「順調だね! ならば……こちらも整えて置くとしよう!」


 バカ甲羅さんのから距離を置き、後衛へ下がりつつ咆哮を上げるテンパロットの作戦へ、首肯と共に修練装備エクスペリメンターへと魔法力マジェクトロンを行き渡らせます。


 リーサ様の退避を最優先とし、自分は修練装備エクスペリメンター解除に伴う身体能力の開放で駆ける。そのまま皆と合流して逃走する経路を見定めながら、今後の事態を想定しておくとしようか。


 目的地であるティー・ワンでは、今まさにタマ嬢を始めとした奴隷達が監禁されているとし、ティー・ワン側も調査は進めていると。そして現在私達の頼れる別働隊が、間もなくそこへと到着を見た頃であり、さらに我が本隊背後にはフィズ率いる奴隷商人が姉さんを商品とするため関所町を出る辺り。


 そこで――

 少しだけ事態を大きく動かすキッカケが、思考の端へ影を落としたのに気付いた私。それをさらに深堀りする様に、真相へとメスを入れて行く事としました。


「(ティー・ワンには奴隷商人達の本隊がおり、タマ嬢達奴隷が監禁状態。それはあのフィズらも周知の事実だったね。そこへ姉さんを加えて、彼女が描く復讐とやらを成し遂げると。しかし――)」

「(関所町へ現れた、奴隷商人でもフィズ達からした商売がたきが彼女達へと牙を剥いた……。待つんだ……そうなれば、あちらは? 向こうで監禁されている奴隷達は……!?)」


 一度に降り掛かったあれやこれやの中で、欠片の様に散らばっていたピースが一つづつ組み上がり、私の脳裏へ警鐘を鳴り響かせます。それと同じタイミングで、テンパロットからの声が響き――


「行くぜミーシャ! 煙幕と、炎に闇の目眩ましを敢行する! ドラケンと共に走れっ!!」



 一旦鳴り響いたそれらを思考へ置いておく事とした私は、首肯のままバカ甲羅さんを撒く様に逃走に移る事としたのです。

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