Act.75 闇夜に舞う影の住人の牙

 奴隷商人による拉致と言う苦難の果て、彼女と彼は邂逅した。一人は獣人をまとめし人外王国の族長候補にして大地の巨大精霊の血統を継ぎし歌姫。もう一人はその歌姫を守ると誓いを立てながら、あろうことか不逞なる輩にそれを奪われ、しかし再び主の元へと辿り着いた獣人国の戦士。


 タイーニャ・マームとティーガー・ヴァングラムが、閉ざされた扉越しに久方ぶりの会話を交わす事となる。


「本当にティーガーなのみゃ……。君に会いたかったみゃぁ。」


「お戯れを。私が至らぬ所に、あのレイヴが着いていたはず。そのお気持ちは、彼を平等に立てて初めて頂けるモノ。ですが……よくぞ無事で。」


 幼歌姫タイーニャまなじりが僅かに煌めき、細い光が溢れ落ちる。獣人王国オクスタニアに於ける年齢基準では、確かに百を軽々凌駕する彼女であったが、人種ヒュミアであれば低学年ロウスコアル層の児童相当に値する。詰まる所、その幼さ残る身空で気丈に振る舞い、奴隷として拉致された者達を支え続けていたのだ。


 それを視界に入れた狂犬テンパロットも、残念精霊シフィエール淡き光の君ウィスパと深く首肯し合う。彼らもまた、虎人青年ティーガー同樣に幼き身で多くの試練へと望み、遂には宮廷術師会代表の座に上り詰めた主を持っているから。


「ティーガー、時間は限られてんぜ。ああ、そっちのタイーニャお嬢さんだったな。俺達はアーレス帝国の……まあいろいろある部隊所属で、このティーガーとは協力関係にあるものだ。素性はあまり触れ回りたくないんでな。その方向でよろしく頼むぜ?」


「これはお恥ずかしい所をお見せしたみゃあ。タイーニャはオクスタニア王国の族長候補とされた歌巫女、タイーニャ・マーム――」


「あ〜〜、その長い名前は時間を食うからな。できれば名前を短縮し……俺達はあんたをタマと呼称するから受入れてくれ。とりあえず今は少しでも早く、ここにいる民の救出に当たりたい。もちろんタマお嬢さんの矜持きょうじがあるなら尊重する。どうだ?」


「タ……タマ? ……可愛いみゃ……。」


「お、おう(汗)。まあ、気に入ってくれるなら呼び易いけどな。」


 だが、さしもの狂犬も時間が差し迫る状況ゆえ事を急ぐ形とし、例の長ったらしい自己紹介を先に制しながら状況を掻い摘んで口にする。交じる言葉へ必要最低限の重要事項が配され、且つそれを首肯で合図する虎人青年の真摯さも相まって、幼歌姫も目聡く状況を察していた。


 流れる様な主従の相互理解へ、感嘆を覚える狂犬は魔導錠のかけられた扉を入念に調べる。解錠手段に罠の有無を素早く調べ上げる手腕は、シーフ職の最高峰に当たる忍び技能スキルの真骨頂。


 解錠が難解と思われた魔導錠が、狂犬の持参した真理の賢者ミシャリア特性 携帯解錠宝珠アクティベィ・ディロッカーにより印を解かれ、さらに続く物理錠さえも難なく突破して行く。手際を見る残念精霊に淡き光の君も、見惚れるほどの素早さで。


 そして――


「ティーガーにタマお嬢さん。こっから俺達が仲間と連携してここの民を逃がすが、一度にこの大人数を連れ歩けない手前、何人かに分けて脱走を手助けする。時間はかかるが、その際は心身的な衰弱者を最優先とするから、あらかじめ理解しておいてくれ。」


「でしたらタイーニャ……タマは、皆の脱出を確認するため最後まで残りますみゃ。族長候補とはやし立てられる者が、いの一番に逃走など以ての外ですみゃぁ。」


「ああ、俺達はその矜持きょうじを尊重するぜ。やっぱりウチの主が推察した通り……あんたは俺達みたいな弱者側に立つ事のできる存在と見た。そういうあんた……タイーニャ・マームになら全面協力も辞さないと、ウチの主も言うと思うぜ?」


 解錠された重き扉が静かに開かれ、小声でやり取りする狂犬の言葉に、幼歌姫が反応する。


「もしよければ、あなた方の主である方のお名前を聞かせてはくれませんみゃ? きっと友達になれると思いみゃすので。」


「ミーシャ……。俺達はそう呼んでいるが、彼女……ミシャリア・クロードリアはお嬢さんの様に、弱者へと手を差し伸べ続ける者――」

「この世界のあまねく精霊と手を取り安寧の世を目指す、アグネス王国宮廷術師会が誇る真理の賢者を頂く者さ。」


「精霊と手を取る、真理の賢者……!?」



 また一つ、真理の体現者との邂逅を見る者が因果へと合流して行く。



∫∫∫∫∫∫



 海洋の近い豪商国家ティー・ワンは、開けの連星太陽が海洋側から上り、夜明けも早々と訪れる。そんな、水平線へ薄明かりが射す頃より少し前。


 法規隊ディフェンサー主導で、拉致監禁される民の救出作戦が開始されていた。


 一度に救い出すにはあまりに多い、百名にも登る力無き者達。それを目の当たりにした法規隊ディフェンサー面々も、虫唾むしずが走るといきどおりを顕としていた。


「一度に連れ出すのは二、三人が限度だ。万一の場合、健常者ならば兎も角、衰弱している者を守りながらの戦いはリスクも高い。」


「心得ている。私がこの長屋周辺へ陣取り、テンパロット殿とジーン殿がまず民を移送。そして、そこから法規隊ディフェンサー本隊の宿泊する宿へ衰弱した者を運ぶ、でよいのだな。」


「せや。今ウィスパはんがあっちに連絡へ出向いとるさかい、事はすぐあっちに合流したフレードはんへと伝わる。衰弱した者への対応は、神官クレリックな兄はんがうってつけやからな。」


「残る健常者を救う算段として、今リドのジィさんに動いてもらってる。まあフレードの方にディネの姐さんがいるのはある意味好都合……水の精霊術は、癒しの術式を多く揃えてるからな。だが――」


 狂犬テンパロットが中心となり、英雄妖精リドも巻き込んだ奴隷民救出手筈を整える法規隊ディフェンサー。段取りを聞く虎人青年も、主の手前と真摯なる清聴のもと作戦概要を飲み込んでいた。その説明を一区切り付けた狂犬は、開け放った扉の向こうで今もうずくまる力無き者達を視界に捉え、遠い過去の記憶を思い出す様に眉根を寄せた。


「ふざけろよ……奴隷商人とか、クソやろうが。ただの洞穴みたいな場所へ、こんなにも大勢を監禁するとか……今すぐにでもオーク野郎をぶっ飛ばしてやりたいぜ。」


「……ああ、抑えなはれや?テンパロットはん(汗)。目つきが完全に。どうせ過去の自分を重ねてたんやろけど……その過去はもう過ぎた事やで?」


「分かってるよ。こんな所で、ミーシャの顔にドロを塗るつもりはねぇさ。」


 狂犬の脳裏へ刻まれるは、己が盗賊家業へ堕ちた幼少期。彼と数少ない友であった者達が次々と、奴隷として売りさばかれ孤独におとしめられた過去。さらに、兄弟と慕っていた者の非道なる裏切りが原因となり生まれた、彼自身の心の闇であった。


 残念精霊シフィエールもそれを聞き及んでいた手前、すでに冗談の通じぬ気配へと移り行く狂犬へと釘を刺す。残念精霊と狂犬は腐っても、部隊発足初期から苦楽を共にした家族であるから。


 そこより法規隊ディフェンサーによる拉致民救出が開始され、長屋で万一の守りを固める虎人青年、連絡・警戒役とし残念精霊と酔いどれ拳聖マーを置き、風の巨躯ジーンと狂犬が衰弱著しい者を優先的に移送する。さらには、衰弱者受入れを法規隊ディフェンサー本隊が宿泊する宿へ設定し、宿側へも民受入れ要請の元、臨時救護施設として運用を図っていた。


 加えて、今後健常者側も迅速に救出が叶う様に英雄妖精リド抜刀妖精ティティが動き事前対応に走る。差し当たって、衰弱者救出ルート各所へは火蜥蜴親子サラディン商人精霊ノマ蝙蝠精霊シェンを守護と目印の名目で待機させ、精霊の加護により奴隷商人勢力との遭遇率を下げる対策を施していた。


 現状商国内へ、どれほどの敵勢力が潜伏しているか想像できない故の対応でもあった。


 早めの就寝で鋭気を養った真理の賢者ミシャリアお転婆姫リーサ率いる本隊の、ツインテ騎士ヒュレイカ白黒令嬢オリアナオサレドワーフペンネロッタも準備を整え、衰弱者治療担当にフワフワ神官を中心とした輩な水霊ディネ淡き光の君ウィスパを当て受入れを待つ。カクウ首魁配下の苦労人策士メイメイ呑気な猛将ラグーも、人手が足りぬならと協力を惜しまない。


 重症患者は国の医療機関へ移送すべく、仲間となった不敵なラクダルキーモ守護地走竜ドラケンへ担架代わりの荷台を引かせていた。


 即ち、奴隷民救出作戦が開始されたのだ。


 街の闇夜が、次第に明けの日差しで切り裂かれて行く。その中で一人、また一人と奴隷として売り払われる寸前であった者達が次々救い出されていた。だが――


「あの獣人王国の将……泳がしておいたら、とてつもねぇ大物を釣り上げやがった。ケケケ……これはこれは、実に愉快だぜ。さすがの上玉は譲ってはやれんなぁ。」


 そんな法規隊ディフェンサーが活躍する様を見やる影が、明けの城壁から忍び寄る。しかしオークの将とは相容れぬ感を醸し出す姿は、すでに奴隷など眼中にないとの笑みを浮かべていた。


 影の視線の先にあったのは。それも鋭い気配を撒いていた。


「話には聞いている。、真騎兵団とやり合い勝利した部隊。それだけで腕がうずくぜぇ……。なぁ、そうだろ? 俺様の愛騎、ヘルズゲイターよ。」


「ウギュルルル……。」


 双眸は鮮血の如く怪しく輝き、野獣を思わせる牙が口元から覗く面持ちに妖精族の様な尖る長耳。獣の皮をなめした鎧を巻く姿は、獰猛な野獣そのもの。それが、愛騎と呼ばれ擦り寄る巨体……地走竜ドランゲイター亜種である上位甲竜種エルダーゲーターに位置する甲竜の皮膚を撫で上げる。


「だったら奴らを、俺様達の獲物としてやろうぜぇ? 奴隷だのジェミニだのは、あの傭兵娘に任せておきゃ構わねぇ。あの法規隊獲物は俺様……、ビーストライダー シグナー・ベリオロード様のモンだ!」


 自らをシグナーと名乗る男は、そこへ暗黒大陸はぐれ物と混ぜ込んだ。



 奇しくも法規隊ディフェンサーは、旅の行く先々でかの大陸との因果に翻弄される事となったのだ。

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