Act.75 闇夜に舞う影の住人の牙
奴隷商人による拉致と言う苦難の果て、彼女と彼は邂逅した。一人は獣人をまとめし人外王国の族長候補にして大地の巨大精霊の血統を継ぎし歌姫。もう一人はその歌姫を守ると誓いを立てながら、あろうことか不逞なる輩にそれを奪われ、しかし再び主の元へと辿り着いた獣人国の戦士。
タイーニャ・マームとティーガー・ヴァングラムが、閉ざされた扉越しに久方ぶりの会話を交わす事となる。
「本当にティーガーなのみゃ……。君に会いたかったみゃぁ。」
「お戯れを。私が至らぬ所に、あのレイヴが着いていたはず。そのお気持ちは、彼を平等に立てて初めて頂けるモノ。ですが……よくぞ無事で。」
それを視界に入れた
「ティーガー、時間は限られてんぜ。ああ、そっちのタイーニャお嬢さんだったな。俺達はアーレス帝国の……まあいろいろある部隊所属で、このティーガーとは協力関係にあるものだ。素性はあまり触れ回りたくないんでな。その方向でよろしく頼むぜ?」
「これはお恥ずかしい所をお見せしたみゃあ。タイーニャはオクスタニア王国の族長候補とされた歌巫女、タイーニャ・マーム――」
「あ〜〜、その長い名前は時間を食うからな。できれば名前を短縮し……俺達はあんたをタマと呼称するから受入れてくれ。とりあえず今は少しでも早く、ここにいる民の救出に当たりたい。もちろんタマお嬢さんの
「タ……タマ? ……可愛いみゃ……。」
「お、おう(汗)。まあ、気に入ってくれるなら呼び易いけどな。」
だが、さしもの狂犬も時間が差し迫る状況ゆえ事を急ぐ形とし、例の長ったらしい自己紹介を先に制しながら状況を掻い摘んで口にする。交じる言葉へ必要最低限の重要事項が配され、且つそれを首肯で合図する虎人青年の真摯さも相まって、幼歌姫も目聡く状況を察していた。
流れる様な主従の相互理解へ、感嘆を覚える狂犬は魔導錠のかけられた扉を入念に調べる。解錠手段に罠の有無を素早く調べ上げる手腕は、シーフ職の最高峰に当たる忍び
解錠が難解と思われた魔導錠が、狂犬の持参した
そして――
「ティーガーにタマお嬢さん。こっから俺達が仲間と連携してここの民を逃がすが、一度にこの大人数を連れ歩けない手前、何人かに分けて脱走を手助けする。時間はかかるが、その際は心身的な衰弱者を最優先とするから、
「でしたらタイーニャ……タマは、皆の脱出を確認するため最後まで残りますみゃ。族長候補と
「ああ、俺達はその
解錠された重き扉が静かに開かれ、小声でやり取りする狂犬の言葉に、幼歌姫が反応する。
「もしよければ、あなた方の主である方のお名前を聞かせてはくれませんみゃ? きっと友達になれると思いみゃすので。」
「ミーシャ……。俺達はそう呼んでいるが、彼女……ミシャリア・クロードリアはお嬢さんの様に、弱者へと手を差し伸べ続ける者――」
「この世界の
「精霊と手を取る、真理の賢者……!?」
また一つ、真理の体現者との邂逅を見る者が因果へと合流して行く。
∫∫∫∫∫∫
海洋の近い
一度に救い出すにはあまりに多い、百名にも登る力無き者達。それを目の当たりにした
「一度に連れ出すのは二、三人が限度だ。万一の場合、健常者ならば兎も角、衰弱している者を守りながらの戦いはリスクも高い。」
「心得ている。私がこの長屋周辺へ陣取り、テンパロット殿とジーン殿がまず民を移送。そして、そこから
「せや。今ウィスパはんがあっちに連絡へ出向いとるさかい、事はすぐあっちに合流したフレードはんへと伝わる。衰弱した者への対応は、
「残る健常者を救う算段として、今リドのジィさんに動いてもらってる。まあフレードの方にディネの姐さんがいるのはある意味好都合……水の精霊術は、癒しの術式を多く揃えてるからな。だが――」
「ふざけろよ……奴隷商人とか、クソやろうが。ただの洞穴みたいな場所へ、こんなにも大勢を監禁するとか……今すぐにでもオーク野郎をぶっ飛ばしてやりたいぜ。」
「……ああ、抑えなはれや?テンパロットはん(汗)。目つきが完全にイカン方のあんたや。どうせ過去の自分を重ねてたんやろけど……その過去はもう過ぎた事やで?」
「分かってるよ。こんな所で、ミーシャの顔にドロを塗るつもりはねぇさ。」
狂犬の脳裏へ刻まれるは、己が盗賊家業へ堕ちた幼少期。彼と数少ない友であった者達が次々と、奴隷として売り
そこより
加えて、今後健常者側も迅速に救出が叶う様に
現状商国内へ、どれほどの敵勢力が潜伏しているか想像できない故の対応でもあった。
早めの就寝で鋭気を養った
重症患者は国の医療機関へ移送すべく、仲間となった
即ち、法規隊生命種と精霊種、協力者総動員による奴隷民救出作戦が開始されたのだ。
街の闇夜が、次第に明けの日差しで切り裂かれて行く。その中で一人、また一人と奴隷として売り払われる寸前であった者達が次々救い出されていた。だが――
「あの獣人王国の将……泳がしておいたら、とてつもねぇ大物を釣り上げやがった。ケケケ……これはこれは、実に愉快だぜ。さすがの上玉はオーク豚如きに譲ってはやれんなぁ。」
そんな
影の視線の先にあったのは法規隊。それもそこに属する全員を見定める様な鋭い気配を撒いていた。
「話には聞いている。あのリュード・アンドラストの率いる先遣隊、真騎兵団とやり合い勝利した部隊。それだけで腕が
「ウギュルルル……。」
双眸は鮮血の如く怪しく輝き、野獣を思わせる牙が口元から覗く面持ちに妖精族の様な尖る長耳。獣の皮を
「だったら奴らを、俺様達の獲物としてやろうぜぇ? 奴隷だのジェミニだのは、あの傭兵娘に任せておきゃ構わねぇ。あの
自らをシグナーと名乗る男は、そこへ暗黒大陸はぐれ物と混ぜ込んだ。
奇しくも
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