迷わずの森の聖獣物語

Act.14 いざ行かん!南方への大動脈〈ミューリアナ街道〉!

 虎人青年ティーガーとの腕試し。そんな珍事を越えた法規隊ディフェンサー一行は、ようやく新たな冒険の旅路へと乗り出した。

 しかし此度の目的には、豪商国家ティー・ワン古き任侠集団カクウの共通敵を相手取る長期依頼に、虎人青年が口にした人語を解する異獣妖魔に奴隷商人。そして――


 一行に負けず劣らずなおバカを全面に打ち出し立ち回る、正統魔導アグネス王国第一王女であるリーサ・ハイドランダーの心身状況が、事態へいっそうの難しさを生んでいた。


 天頂の連星太陽が大きく傾く頃合いに、法規隊ディフェンサー一行は精霊狂騒ミューリアナ街道の最初の難関である迷わずの森へと差し掛かるが、……一行全体としての昼食は未だ取らずの状況。


 そこを踏まえた真理の賢者ミシャリアが、街道木陰となる場所を視界に入れるや、遅い簡易昼食を進言した。


「さあ、ここからが最初の難関〈迷わずの森〉だ。なので、その前に空きっ腹ではなんだから、そこの木陰で軽い昼食を取る事にしよう。」


「待ってました! ……って言っても、軽食なのよね〜〜。ああ〜〜誰かさんじゃないけど、腹いっぱい――」


「うるさいわね! て言うか、こっちをニヤニヤ見ながら誰かとか言うな、このキモ百合! 」


「……自業自得だろ、オリアナ(汗)。」


 と、賢者少女が口にするや安定の問答が勃発。弄られる張本人の定番の返しも、一行では当たり前となった現在。


 その後方数十メト離れた場所でも休息を挟む一団がいた。


「休むの早くないアルか?あの集団は(汗)。これではいつになっても、迷わずの森を抜ける事が出来ないアル。」


「そうだな。それも、何か思う所があるのだろう……ただの休息とはいささか雰囲気が違うようだが。それに――」


 後方を行くは虎人青年と、彼の監視も含めた法規隊ディフェンサー一行の見届け役である酔いどれ拳聖マーである。カクウ首魁ワンからの出向である者を引き連れ、隊から付かず離れずの距離を保っていた。


 そこにはすでに大所帯の一行へ合流したならば、森の街道最中で途端に身動きが取れなくなる事情があり……さらには精霊狂騒地帯故の事情を鑑みた上での、別働隊としての動きであった。


「(いついかなる所で精霊異常が起きるか解らない中……ミシャリア卿は、何ともまあこのティーガー氏へ無茶苦茶な手合わせ条件を提示したものアル。)」

「(詰まる所、。ワンではないが、いやはやすこぶる心が踊る連中アル。)」


 先の腕試し騒動からこちら、真理の賢者より虎人青年へ提示された手合わせの件。それを青年の傍らで耳にした酔いの拳聖は、しこたま度肝を抜かれていたのだ。


 その賢者より出された手合わせ提案とは――


「休息とは名ばかりのてい……これではミシャリア嬢が私に提案して来た、あの手合わせ方法を迂闊に展開する事も出来んではないか。なんだあの、。」

「時さえ読んでの事であれば、いつでも奇襲を以って自分達を襲え? 冗談ではない……常時展開された警戒網との気迫のやり取りだけで、鋼の精神鍛錬が叶いそうだ。」


 真理の賢者が虎人青年へと提示したのは「法規隊デイフェンサーに隙が生じた際、いつでも奇襲を敢行してよし。その他の弊害なき状態であれば、喜んで手合わせに応じる」と言うものである。即ち、緊急の事態さえ差し迫っていなければ、と言った、正気の沙汰ではない提案であったのだ。


 一行はいくつもの依頼に難事を抱える身。その中で出来るだけ足を止めず、且つ自分達の慢心をふるい落とすために、虎人青年の手合わせを利用したのだ。


 生真面目が過ぎる中、幸いにも見抜く力は備わっていた青年も、意図を悟るや感嘆を漏らす。奇襲を許可されたにも拘らず、その奇襲へ全く踏み切れぬ一行の雰囲気。戦わずして鍛錬が叶うと言う驚愕の事態に対して。



 虎人青年と同様に、法規隊デイフェンサーの驚異と真価を目の当たりにする酔いの拳聖が、苦笑と共に傍の切り株へと腰を下ろす中で。



∫∫∫∫∫∫



 携帯食としてペネが準備してくれていた、レティスと呼ばれる瑞々しい野菜とベコナと呼ばれる加工肉の一種が味わい深い、アーレス産の白パンで挟むサンドウイッチが小腹を満たしてくれます。


 すでに視界に入る鬱蒼とした森を抜けるためには、名一杯満たした腹では道中動き辛くなると、細やかな配慮からの絶妙チョイス。まさしくここにありだね。


「皆このスープは消化にもいい薬草を混ぜている感じよ? 自慢ってほどじゃないけれど、ペネのパパが難民受け入れの際ママに伝授した秘伝のレシピな感じ。飲んでみて? 」


 おっとここでロリオカン渾身の、親から直伝手料理を差し出して来たね。これはポイントが高い所だ。


「……ミーシャさん、今変な事考えてない感じ? 」


「ファッ!? ななな、何を言っているのかな?このロリオカン――」


「誰がロリな感じっ!? あ……でも、満更でもない感じだわ。」


「ペネがまさかの弄りを肯定して来た……(汗)。」


 そんな迂闊な思考が漏れ出した私の弄りが、まさかの条件付き肯定が返され、こちらが赤い物を噴き出しそうになったね。きっと彼女が尊敬して止まない、すでに亡き母親を想っての事だろうけど――その、オカンよりなお高レベルに位置しているよ? 大丈夫かい?この子は。


「……ろ、ロリマ……ブフォアッ!! 」


「ちくしょうっ、今度はメスゴリラ単体かよ!? また最近、鼻血祭りになってねぇか!? 」


 するとサンドウイッチをとろける表情で食していたヒュレイカが、まあ私達定番の鼻血祭りを開幕し、油断してたテンパロットが盛大にその餌食になりかけたね。ヒュレイカは旅の最中で趣味嗜好が私に近しい……て言うか私よりもさらに重篤な感じなのはすでに承知済み。


 僅かな軽食の時間さえも、他のメンツがドン引きする様な風景が占拠するのは、どこまで行っても法規隊ディフェンサーと言う証だね。


「食事がまともに出来ない、の。みなさん、自重をお願いするの。」


「全くじゃ。大衆食堂で破壊騒ぎを起こすよりはマシじゃが……ほれ。その隙さえも、? ミシャリアが提示した手合わせ条件じゃ。気を抜いておると寝首をかかれるわ。」


 馴染みの光景に嘆息しながらも、すでに馴染むフレード君にリドジィさん。そちらはちゃんと、手合わせで提示したティーガー氏の襲撃を、警戒して食事に望んでいます。全く頼もしい限りだね。


 と……その光景にいつもは乗ってくるはずの、顕現精霊組のグラサンに輩姐さん。目を細めて迷わずの森方向を睨め付けていました。


 そして――


「今は持ってるが、この後一日二日後は天候が動くかもだぜ?ファッキン。」


「……だね。精霊力エレメンティウムが安定してるかと思いきや、急激にその波が荒れ始めているさね。けどあそこは、加護か何かがあるはずじゃなかったかい? 」


 口にしたのは、ここから先の天候変化。一日二日との言葉で少し素に戻された私も、頼れる法規隊ディフェンサーの守護精霊たる火と水の御仁達へと問います。


「一日二日はちょうど、私達が森の只中を行く頃合いだね。そこから東西に分かれた山脈渓谷を抜ける算段だけど――」

「その辺りまでに、天候激変がズレ込む可能性があると言う事かい?グラサンにディネさん。」


 私の言葉で料理を食す必要のないお二人が、森側で立ち首肯する。さらに付け加えるのは、精霊でも比較的新しい時期に仲間となったノマさんでした。


「風に水……それに加え、地の精霊力エレメンティウムさえも乱れているアル。どうもこの一帯はすでに、……さらにそこへ追い打ちをかける様な状況が近付きつつあるネ。」


 いつもの泣き上戸を封印した彼は、本来地の精霊が持つ宴黙にして理知的な、揺るがぬ大地さながらの頼もしさを込めて語ってくれます。これから私達が進む道のりが、今まで以上に険しいとの含みを込めて。


「天候急変が森の中……若しくはその先にある渓谷を行く最中に直撃すると厄介だね。分かった。精霊達の意見を重んじ、早めに森の中腹にある村まで向かうとしよう。」


 彼らからの啓示はまさに精霊の加護。ゆえにその言葉の重みを皆へと伝え、そこに意を挟む事などない我らが法規隊ディフェンサーは、軽食を頂くため広げた敷物を手早くまとめ――



 首肯を合図とし、足早に森の中へと歩を進めて行ったのです。

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