第28話フェラブルの望み

「空亡が消えたってことはあの人狼が勝ったようだ……これは召喚師様に人狼が何を求めるのか興味が尽きないねぇ……」

「なぁ、カナリアさん。契約の効力ってそんなに強いの?」


 ニヤニヤと笑いながら、今か今かとフェラブルの到着を心待ちにしているカナリアに尋ねると、彼女はクツクツと堪えきれない笑い声を白いコートの袖で抑えながら震える。


「本当に何も知らずに契約をしたのだねぇ……今の召喚師様の全ては人狼の意思一つでどうとでもなるんだよ?なにせ与えられるモノなら何だって与えれると言ってしまった以上は、永遠の隷属を求められても断れないよ?ふふふ、でもそしたらボクたちはあの人狼の支配下になることだから遠慮願いたい事態だけどねぇ……」

「あー……日本の危機だから安請け合いしちゃったけど、確かにそうなったら本当に困る……いや、でも召喚師との主従関係があるから力関係はどうなるんだろ?」


 現状は俺とフェラブルは主従の関係にある。実際に何処まで言う事を聞かせられるのか、支配できるのか謎であるが彼女たちの力量に応じて俺の影響力に差が出る事は今までの関係からなんとなく察せられた。


【主従関係の解消は無理だからそこは安心して良いよ、お兄ちゃん。多分だけど隷属を求めてきても、私たちは根源でお兄ちゃんと繋がって顕現しているから、召喚師としての支配力と人狼に対する隷属が拮抗して対等な関係になるんじゃないかな?】

「そうなるとフェラブルの手綱を握れなくなるリスクがあるのか……日本の危機とはいえ、また別の大問題が発生してしまったなぁ……」


 歩く決戦兵器が野放しになるリスクを考えると中々に恐ろしい。とはいえ、フェラブル本人の性格的にこちらから仕掛けない限りはよほどの大事にならないだろうと楽観的に考えていると――


「待たせたな、主」

「お帰りなさい、フェラブルさん」


――空から肩口まで破かれたTシャツにホットパンツを履いた肉食系の笑みを浮かべるフェラブルが帰って来た。


 何事もなかったかのように後部座席に寝転び、すらりと白く引き締まった足をギアに乗せる俺の手を上から抑えるように載せながら。


「さてと、契約を果たしたので対価を貰うとしようか」


 どこか愉快そうで、そして浮ついた声で俺に話しかけるフェラブルはその足先でギアに載せる俺の手をグリグリで撫でながら舌を舐めずるのがバックミラー越しに見えた。息は荒く、顔を上気させて瞳孔の開いたその金色の瞳はねっとりとした視線で俺を見つめる。

 ここまで来たら年貢の納め時、責任を取るべきと大きく息を吐き、この車内に居る他の四人の美少女達は愉快気に、不快そうに、心配そうに、羨ましそうにと三者三様の表情を浮かべる中で、フェラブルは笑みから一転し真剣な表情で――


「番いになってくれ、主」

「分かった……えっ、番い?あー……えっと、つまり結婚しようということかな?」

「主が欲しい。だが我のモノとしてではなく対等な関係でありたい。だから我の夫として傍に居てほしい。契約を持ち出してまで卑怯だと思うだろうが我はそれほどまでに欲しいのだ……頼む、承諾してくれ」


――突然の結婚の申し込みをされて俺の脳はフリーズした。


 なにせ出会って一日も経っていない女性からの突然の愛の告白である。お互いのことを何も知らないし、こちらは設定としてフェラブルの設定は知っているが生身の彼女の全てを知ってる訳ではない。


 こ、これはなんて答えれば良いんだ……?これほどまでに女性からアプローチされたことはないから対応が分からない……ッ!何故、後部座席から身を乗り出して運転席の俺に抱き着く……ッ!そんな潤んだ瞳で俺を見つめられると、男として応えなくちゃいけない気分になってしまうじゃないか!息が熱い、フェラブルの首に回す腕が燃えるように熱すぎる……落ち着け、落ち着け、俺!ここは冷静になって――


「んっちゅ……ッ!ぷはぁ……欲しいのだ。我は主が欲しい。この気持ちも主が我に抱いてくれているともう何もかもがどうでも良い……受け入れてくれれば、我はどんな命令にも従うぞ……なんの対価も代償もなくこの身体を捧げてやる……さぁ、答えを聞かせてくれ」

「分かった……俺はお前のモノで、お前は俺のモノだ」


――ダメだった。冷静になれない。口付けされ目の前の黒銀の髪を持つ美女から求められれば理性ではなく本能が先走って口にしてしまう。取り返しのつかない言葉、その意味はとてつもなく重く重大なものであるのに俺はなんの後悔も抱かなかった。


 こんなに強くて美しい女に求められて断れる男がいるかよ……。


 俺の言葉に喜色満面の花開く笑みを浮かべてフェラブルは俺を抱きしめた。強く、そして壊れないように優しく抱きしめる身体から伝わる体温と鼓動の早さにどれだけ彼女が俺を求めているかを知って、俺自身も求められることに喜びを見出せずにいられない。


「言ったな!言ったぞ!もう取り返しはつかないからな!主はもう我のモノ、我は主のモノ……互いに契りを交わした以上はもう我々は番いなのだからな!」

「あぁ、そうだな。ところで番いになったとして……フェラブルの世界ではまず何をするんだ?結婚式のようなものを上げるのかな?」

「…………ん?なにを言っているのだ?雄と雌が番いになって最初にすることは一つであろう?」

「ここでするの……?」


 ここはワンボックスカーとはいえ、他に美少女たちは四人も居る過密環境。流石に人に見られながらするのは精神的にハードであるので思わず腰が引けるとそんな俺の姿にフェラブルは笑って。


「なにを考えているのだ、主よ。我とて子を為す大事な儀式をこんな形で済ませたくはない。まずは身を清め、静謐な場所で互いの体力を貪り求め果てるまでするのだ。主の買った拠点で初夜を過ごそうではないか」

「互いに貪り果てるまで……」

 

 体力的に俺、死ぬんじゃないかな……。


 案外、野性的に見えてロマンチックな所があることを意外に思いながら、俺はワンボックスカーに乗っている他の美少女たちに視線を巡らすと――


「はははは、良いではないか!互いに愛を認め合ったりなら夫婦の交わりは当然のこと!その間にボクは拠点の改造に勤しむつもりさ」

「おめでとうございます!導師様!ミラクルちゃんは大祝福です☆」

「主様の望むままに……遅れを取ったな」

【えーと、これで人狼は私のお義姉ちゃんになるのかな?うーん、別に良いけど……でも、私もお兄ちゃんのお嫁さんになりたいなぁ……】


――彼女たちは俺を祝福してくれた。ただ気になるのはカナリアは悪だくみをするような笑みを浮かべていることが気になる。


「カナリアさん……何か言いたいことがあるの?」

「いやぁ……ただ、人狼と番いになったのなら、ボクたちも別に召喚師様とそういう関係になるのもアリなのかなって思ってね」

「ちょっ、待て!カナリアさん!」


 ここまで来てのカナリアの爆弾発言。存在が戦術兵器級のフェラブルを前にして略奪愛を平然と公言する彼女に俺は思わず止めようとするが――


「別に良いぞ?錬金術師。主にはもっと雌を侍らすべきだと我も思っているしな」

「良いの!?というか、カナリアさんは俺と結婚したのか?!」

「いやぁ、まぁ……ははは。召喚師様との関係を従者から夫婦になるのも悪くないとボクは思っているしね。むしろボクの地位が上がって良いこと尽くめじゃないかい!」

「凄い打算的だな!」

「それにほら、他の二人も満更でもなさそうだよ?」


――フェラブルからの重婚をしても良いとのお達しに、俺の召喚した美少女たちは喜んでいた。


「待て待て待て!流石に俺も一度に五人との結婚は流石に男としてのキャパシティを超えている!まずは生活が安定してから俺たちの関係を改めて見直そう!」


 ここで甘い蜜に飛びつく程に俺は理性を失くしちゃいない。ハーレムなど聞こえはいいが、彼女たち全員を幸せに出来る程に甲斐性があるとは自惚れていない。まずは一人を幸せにしてから、お互いの気持ちを確認した上で更に新たに妻を娶れば良い。


 こんな世界が滅ぶかもしれない状況で呑気にハーレムなんて築く暇なんてない。というより現在進行形で世界秩序が崩壊している今だからこそ盤石の地盤を固めなければならないのだ。そう!まずは拠点でマキナとカエデに合流してから落ち着いて考えるべきだ!


「よし!この件は一先ず置いといて、拠点となる旅館で地盤を築いてからゆっくりと話し合おうじゃないか!」

「ははは、逃げたねぇ」

「問題の先送りはミラクルちゃん的にはダメだと思います!」

「主様が求めるのなら……私は……私はいつでもこの身を……ハッ!」

【お兄ちゃんと妹で結婚……うん、背徳的で気持ちいぃ……】


 俺はピンク色の空間へと変わりつつある空気を変えるべく、窓を全開に広げて風切る音共に怪異の居なくなった平和な高速道路を目的地に向かって走り抜けるのであった。

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