第9話プチ修羅場
「つまりは某たちのいる世界群とは異なった世界なのですね」
「まぁ、そういうことなんだろう。カエデたちの住んでいた世界のように気軽に他の世界に移動出来ないし、魔力と言う世界を上書きする力も存在しない」
ほぇー、と口をポカンと開けて呆けた表情で曖昧に頷いている。つい先ほどの凛として顔付きは何処に行ったのか別人のようだ、そして頭はあまり良くないようで幸先がとてつもなく不安である。
俺もマキナさんの話の全てを理解している訳ではないけど、流石に話そのものを理解していない様子のカエデは本当に大丈夫なんだろうか?
一応は、マキナさんの居る機械世界とも繋がっている筈なのに、テレビを見て「中に人が居るでございます!小人がこのような箱に住むとはなんと面妖な!」とステレオタイプの異世界人のように大騒ぎをし、現代の機器を見る度に驚くのでマキナさんが一から部屋にある機械たちの説明をしている。
「便利でございますなー」
「あれ?カエデさんって、機械世界とか他の世界に行ったことはないの?俺の知識が正しければ地球より発展した世界もあると思うのだけど」
その知識というのは『美少女大戦』の世界観やキャラクターのシナリオから得たものであるが、マキナさんからは「七割程は正しいので当面は私たちの世界に対する認識はそれでよろしいかと」と言われているので、自身の知識を不安に思うと。
「某は田舎者でございまして、自身の居た町からはほとんどでたことないのであります。そして異世界交流となると……某には遠い世界の出来事でございますなぁ」
「あぁ……そういえばそうだったね」
最弱に近い『一刃のカエデ』のシナリオを思い出して俺は合点がいく。
彼女は田舎の農村で生まれた農民の子であり、元より武士の身分ではなかった。だが、村に野盗が襲撃してから自身の才能を始めて自覚することになる。それは天賦の才能、誰に教えられるまでもなく達人の域に達している戦闘能力によりたった一人で野盗数十人を皆殺しにし、その才を村長に認められて武家の屋敷の養子として里子に出されるのである。
そっから出会う武士たちを片っ端からぶちのめして、御前試合でその国で最強であった武士を再起不能にしてその名を轟かせたんだっけ……?あれ?俺が知ってるシナリオだと、その活躍は悪鬼に例えられて、手も付けられない恐ろしい女武士って感じだったよな……?でも目の前に居るのは……ほんわか女武士。ん?ゲームのシナリオと現実の彼女の生い立ちは全く別物なのか……?
正座してテーブルの前でこの世界についての常識を教えられ、それを理解出来ずに混乱しているカエデを見ると、決して血糊餓鬼と言われた彼女のシナリオ内の人物像と結びつかない。年相応に異世界の価値観や文化に困惑して半泣きのカエデに、敵の血潮で血化粧をして彩る羅刹とは程遠いのだ。
「あのカエデさん……?御前試合で相手のタダノナクマという最強の武士と戦い再起不能にしましたよね?それって事実でしょうか?」
俺はなんだか嫌な予感がして思わず口調が改まる。そしてそんな俺の様子に昔を懐かしむかのように視線が遠くなりながら笑みが零れ落ち。
「はい!事実でございます!その場で殺しても良かったのですが、最強の武士が伊達にされ生き恥を晒す姿が見たく思い、あえて再起不能の形で斬りましたのです!」
「それは凄いね……」
「当主様……ッ!お褒めに預かり、その言葉で某の胸は……うぅ……感涙の涙がとまりませぬのです!」
怖い……めっちゃ怖い。生き恥晒すのみたいから半殺しするとか鬼か。そりゃ物語でそういう展開ならこんなキャラなんだーっで済ますけど、現実にそいつが現れて最高の思い出です!と笑顔で語られる俺の気持ちを考えて欲しい。怖い……物凄く怖い。その腰に刀を差していていつでも抜刀出来る人間兵器が、俺の一挙一投足に反応するとか、気が付いたら地雷踏んで斬り捨て御免されそうでメッチャ怖い。
「とうしゅさまぁ……某は立派な御仁にお仕え出来ることで幸せでございますぅ……ッ!」
ちょっと残念美少女オーラを醸し出して、テーブルに突っ伏しているが俺からすると怖くて堪らない。こちとらただの大学生である。マキナさんは理性的で機械的な反応をしてくれるので不安は少ないが、目の前にいる悪鬼羅刹の女武士は理性より感情で動く可能性が高くて接し方をミスしたら激昂して斬られそうで対処に困る。
「マスター……必要ならば――」
カエデを危険視する俺の思考を察して、咄嗟に手の平をカエデの頭に向けた瞬間――
「何をするでございますか?マキナ殿」
――瞬きの間に抜刀を終えてテーブルを真っ二つしたカエデが構えていた。
「某に殺気を向けたでございますね?それはつまり……果たし合いの合図でありますか?」
部屋の空気が変わる。ピリピリと皮膚が張り付くような殺気に満ちて、先程までは感涙の涙を見せたカエデの顔は殺気に満ちていた。鋭い眼光、殺気を向けられた対象がマキナさんであるのに足が震えそうな程の威圧感、そして彼女の周囲は風が舞っていた。
『一刃のカエデ』はゲーム内では最弱に近いキャラの筈なのに……現実ではこれ程のプレッシャーを発するのか!いや、ゲーム内で俺が召喚される美少女たちは世界でも有数の実力者って設定だったしな……。
美少女召喚師が召喚する美少女達はその世界群の中でも強力な力を持ち伝説や神話の中に登場し、吟遊詩人がこの世の終わりまで語り継がれる特級の存在。例えゲーム内では最弱であろうと、異世界では一騎当千の猛者であることは変わりなく。
――ッ!止めないとヤバい……ッ!
「待って待って二人とも!ストップ!喧嘩は止めよう!」
例え最終的に勝つのはマキナさんにしても勝敗が決する時には余波でこの街が大変な事態になる上に、カエデは危ない人であるがまだ何もしてないので間に入る。
カエデは困惑気にこちらを見つめ。
「何故、止めるでありますか?某に殺気を向けた……つまりは命を奪おうとした者に対して刀を向けるのは当然でございます!」
「これは殺気じゃないんだ!カエデさん!これは嫉妬なんだよ!」
「嫉妬でございますか……?当主様が間違えるはずはないのですが、某の感じたものは間違いな――」
「違う!違うだなぁ!カエデさん!マキナさんは俺が君に取られちゃうと思って強い嫉妬心を感じたんだよ!それを殺気と勘違いしたのさ!」
「…………………?」
どうやら納得してない様子のカエデ。もちろん俺も自分で何を言っているのか分からなくなってくるが、今朝、母さんの色恋に興味を示すのは女の性を実感したばかりなのでこちらの方向から説得を試みることにした。
男女の色恋と忠誠心を分けるタイプだったら詰みだが……もし俺の忠誠心には俺を男として見ている部分があるとしたら……ッ!
俺は刀を構えたままマキナを見据えて離さないカエデに近付いて行き。
「いいか、よく聞くんだ。マキナさんはカエデさんが来るまでは……俺にとって一番の存在だった。それがカエデさんという麗しい美少女が来て変わってしまったんだ」
麗しい美少女というワードに反応して、視線がこちらに向く。そして刀は構えたままであるがこちらを見つめ。
「続けてください。当主様」
「マキナさんは君と言う存在に恐怖したんだよ。今まで自分が一番だったのに……それが新しい優秀な奉公人である君が俺の一番を奪ってしまうことに……ッ!」
ここに来て、カエデの口元が緩む。笑みが零れそうになるのを必死で我慢するようにモゾモゾと口元が動き始めて殺気が徐々に霧散していく中。
よし……ッ!いいぞ!ここでカエデの女としての優位性と奉公人としてプライドを刺激して理解させるんだ!
「つまりはマキナ殿は某に嫉妬したのですね……?主君の一番に相応しい存在が現れ、己の立場を理解して……この某に怯えたのでありますか?」
「そう!そうだよ!マキナさんはカエデさんを見て敗北を悟ったのさ!これでは自分は絶対に勝てない!そう思ったから……カエデさんに対して強い殺気に似た嫉妬を向けたのさ!」
「ふっ……ふふ」
殺気は完全に消え失せ、握る刀の手の力も緩んだ頃。最後とばかりに優越感に満ちた瞳でマキナさんを見据え。
「マキナ殿は某に……負けたのでございますね?」
笑みが零れるのを抑えきれず、プルプルと主君の一番になったことに強い喜びを隠せない声音で尋ねる。俺は顔を見られないように真後ろのマキナさんに視線で合図する。
頼む!合わせて!合わせてくれ!マキナさん!
俺の必死な表情が伝わったのかマキナさんは伸ばした手をだらりと垂らし。
「ソウデス。ワタシハマスターヲトラレルコトヲジカクシテシットシマシタ」
「ふっふふふ……それなら仕方ないことです!某も殺気と勘違いして申し訳ない!」
「イイエ。ワタシノレットウカンガワルインデス」
「これからも主君に仕える者同士……仲良くしようじゃないか!二号さん!」
鉄仮面が更に硬直し、完全に表情が消えて棒読みで謝罪するが、若干アホの子が入ってるカエデは気付く様子もなく、伸ばされたカエデの手を僅かな逡巡とともに握る。二号さんと言われて、心なしかその無表情に怒りが宿った気がするが見て見ぬふりをした。
やめて……こっち見ないで……そんな俺が怖がったからって殺処分しようとするマキナさんも悪いんだから……ッ!
元を辿れば俺がカエデに恐怖したことが原因であるが、それですぐに殺処分しようとするマキナさんにも問題があると思うのでここはイーブンと言うことにしたい。というか、こちらを見つめるマキナさんの目が物凄く怖い。
「主君様!それでは某はこの世界で何をすれば良いのでしょうか!」
格付けが済んでスッキリしたのか心持ちが軽いカエデさんは、華のような笑顔で俺の尋ねてくるので一瞬だけ心臓が可愛さで飛び跳ねるがすぐに冷静になり。
「カエデさんには日常生活の護衛をしてもらうことにする。まだまだこの世界は危険に満ちている。君は俺の懐刀として傍にいて欲しい!」
「拝命しました!御身の身はこの命に代えても守ります!」
見た目が完全に日本人と変わらないカエデは俺の日常の護衛に適しているだろう。ただその刀をどう隠すか悩みながら、相変わらず固まったままのマキナさんの肩を叩き。
「マキナさんには僕の財産の管理と……これから先の…………いや、それより言う事があるな」
俺はマキナさんに損な役割をさせてしまったことの謝罪として、言っておかなければならないことをカエデに聞こえないようにそっと耳打ちする。
「俺の一番はマキナだけだからな」
「――――ッ!はい……ッ!」
僅かに跳ねたその身体の肩を抑えるとマキナさんはコンマ数秒だけ微笑む。そして俺はパソコンの前に座り、世界のニュースを集める作業をしながら――
これから先、美少女召喚する度にこんな修羅場を何百回切り抜けなくちゃいけないんだろう……というか、このままじゃ一週間もしない内に部屋が美少女でパンクするぞ。
――増え続ける美少女達でぎゅうぎゅうになる部屋を想像してため息を吐いた。
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