第8話新たなる美少女『一刃のカエデ』
「……………………………おはよう」
「おはようございます、マスター」
朝起きた時、最初の目に飛び込んで来たのはマキナさんの瞳だった。透き通る蒼い瞳の奥にチラつく光のプリズムが垣間見え、僅かに頭を引いたことによりマキナさんの鉄仮面が俺の前方30cm先で向き合う形になる。
なんなんのこれ……!?俺、なんかした?それとも何かされたの?!
目が覚めれば超常の存在のマキナさんが瞳を覗ける距離に居て、俺の心臓は飛び跳ねて心拍数が急上昇していた。それは断じて見惚れたからという意味ではなく、その無機質な瞳でなぜ俺の顔を覗く意図が全く見えずに怖かったからだ。
邪神官との戦いで、マキナさんは猛獣なんかより遥かに強大な力と自我を持つ兵器であると知っているので目的不明の行動に俺は強い不安を覚える。
「マキナさん。なんで俺の顔を見ていたの?」
「マスターの顔を見ていたかったからです」
そう答えて、壁ドンならぬベッドドンされて顔の両サイドにマキナさんの手が叩きつけられる。俺は朝になって元気になった息子がみるみると萎むのを感じながら、機械人形なりの行動理由があるのだなと無理矢理に現状を飲み込み。
「それで俺はトイレに行きたいのだけど、どいてもらえるかな?」
「何故です?」
「何故って……えっ?――――って!なにやってんの?!」
トイレに行きたいのに行く理由を問われて俺は困惑していると、ベッドドンを止めたマキナさんが身体を徐々に後退させていき、寝間着である俺のズボンを脱がせ始めるので慌てて止める。そして止めたことに不思議そうな顔をするマキナはこちらを見て。
「お小水をお飲みします。私の身体であればすぐに吸収し飲み込みトイレに行く手間が省けますが、何故止めるのでしょうか?」
「俺はそんなアブノーマルプレイは求めてない!」
「ではトイレまでお運びを――」
「――俺は赤ちゃんじゃないし、要介護3の老人でもない!自分で行ける!」
マスターに奉仕することが本能にあるので、身の回りの全てのことをマキナさん自身が行おうとしてしまうようであるが、俺はそこまでダメ人間でもないし、信用もしてないのでベッドから立ち上がりトイレに入り便座に座る。
「ふぅ、これでようやく一人の空間が作れた訳であるが……スマホのlineは……ヤバッ」
用を足しながらスマホを弄ると、そこには大量の不在着信とメッセージが残されていた。七割は家族から、二割は友達、一割は学校とバイト先からの安否確認の連絡の山がスマホ上に連なっていた。
俺はひとまずは家族からに電話を掛けるとワンコールで繋がる。
「気合!大丈夫かい!?あんたの住む街で化け物が暴れているニュースを見たよ!今はシーツを被った変な人が悪い人をやっつけて化け物は消えたみたいだけど……駄目じゃないかい!こういう時はすぐに家族に連絡するもんだよ!」
「心配させてごめん、母さん。なんか外の化け物が消えて安心して寝ちゃってたんだ」
邪神官とマキナさんの戦いはどうやら全国ネットのニュースに取り上げられて、シーツを被ったマキナさんは一部では英雄視されているらしかった。俺はそんな話を母さんから聞かされ。
「それでしばらくはこっちに帰ってきなさい!どうせ大学もお休みでしょう?」
「あー……帰ってきたいのは山々なんだけど……」
当然のことながら、子供を心配する親から実家に帰って来いと諭される。俺としては田舎に帰ってもいいのだが――
「マスター?どうしましたか?トイレが長いようですが……もしお手伝い出来ることがあれば――」
「マキナさん。今は母さんと会話しているから静かにしてくれたら嬉しいな」
「マスターは私が静かにしてくれると嬉しいのですか?」
「うん。嬉しいから今は静かにしててね!」
――扉の向こうから聞こえるこの人型決戦兵器を実家に持ち込むべきか否かで大いに悩む。
「なんだい!今の声は!あなた……部屋に女の子連れ込んでるのかい?!」
「いや、あー……うん。昨日の事件のあとで一人で家に居るのは怖いからって言われて泊めてあげたんだよ。流石に女の子一人は危ないからね」
もちろん嘘であるが、もしここで『俺は美少女召喚師という職業の力で召喚した美少女と一緒に居るんだ』と馬鹿正直に話しても正気を疑われるだけなので誤魔化す。というか、他にどういえばこのお喋りババアが納得するというのだろうか。
「やるじゃないかい、気合!それですぐに帰って来れないのは女の子がいるからなんだね?なら仕方ないね!その子を実家に送り届けるなり、安全な場所まで届けておやりよ」
色恋の話が大好きなのは女の性なのか、何を勘違いしているのか母さんは俺とその存在しない女のXとただならぬ関係にあると勘違いしているようだ。
「うーん。そうしようかな……ちょっと街が落ち着くまではあと二、三日したらすぐにでも家に帰るか。それと他に友人や学校からも安否確認の電話来てるから先にそっちに返事をしてからもう一度かけ直すね」
「分かったわ!あんたも男になったわねぇ!それで孫のか――」
雪だるま式に膨れ上がる嘘を目を背けつつ俺は電話を途中で打ち切った。どうせこのまま会話を続けてもあと十分以上は無駄話に付き合わされるだけなのでスマホを一旦置いて汚れを拭いたあと。
『美少女召喚師 大刀気合(だいとう きあい)様。デイリーガチャです』
「やっぱ今日もあるんだな……この色はレアか」
目の前の現れる青いカードの裏面。SSR確定のカードとは違い、控えめに光り輝く宙に浮くカードを見つめる。
デイリーガチャの最低レアリティ保証は青色カードのRである。アイテムガチャと言われるキャラクターの装飾品や拠点アイテムにはノーマルがあるが、デイリーガチャはキャラクター確定なので確実にレアが出る仕様だ。
引く……しかないんだよな?これ保留に出来ないっぽいし。というか毎日デイリーガチャ引いたら一年後には俺は365人の美少女を引き連れる軍団を結成しちゃう訳なんだけど……金銭面はともかく……モン娘とか引いたら俺はどうすれば良いんだ?
俺は悩む。確かに美少女召喚師のこのデイリーガチャは凄まじい力である。なにしろ、毎日一体は強力な力を持つ美少女を召喚出来るのであるのだから。だが、召喚した美少女達が俺の言う事を聞く保障なんてどこにもなく、もしここで下手にSSRクラス以上のヤンデレ、サイコキャラを引いたら俺は詰む可能性があるのだ。
「Rに見せかけて……レアリティアップ演出が来たら怖いな……」
幸いこちらには言う事を聞いてくれるマキナさんが居る。彼女の力があればレア程度であれば容易に抑え込めるだろう。
「よし……ッ!引くか!」
どちらにしろ引くしかないのであればやるしかない。俺は下げていたズボンを引き上げて、手を洗いトイレから出る。ドアの前で待っていたマキナさんは俺の前に浮くカードを見て。
「新たに召喚するのですね。マスター」
「これはデイリーガチャと言って、毎日一体は召喚しないといけない決まりみたいなものだ。だから俺は引かなければならない……もし俺を殺しに掛かる事態になったら止めてくれ」
「はい。マスター」
俺は部屋の中央でテーブルを退かして開くなった自室の中で深呼吸し宙に浮くカードを睨む。
「鬼が出るか蛇が出るか……ッ!頼む!マトモな子……来い……ッ!」
久しく忘れていたガチャを引く時の願うような気持ち。課金に課金を重ねて一枚のカードを引くときの最初の気持ちをこのデイリーガチャは思いださせてくれる。
俺は伸びるその手で仄かに青く光るカードに触れた瞬間――
「うぉぉぉぉぉ……これは……ッ!」
――部屋の中を一陣の風が吹き抜けて、風が小さな竜巻となり目の前に生じた。
部屋にある軽い物は風に巻き上げられて宙を舞い。そしてガタガタと家具や窓が揺れる中で竜巻が一際大きく膨らみ、爆発するように突風に変わった瞬間。
「マスター!」
弾け飛ぶ小物から身を挺してマキナさんは俺を庇う。
「召喚師 大刀気合様。某は『一刃のカエデ』――御身の為に全てを捧げて忠誠を誓い、某の当主としてお仕えしたします」
緑黄色の羽織に白い袴を着た黒髪の美少女は腰に刀を差していた。その濡れ烏のように艶やかな髪を後頭部で纏めて長い尾を引き、前髪に垂れる一房の髪に貫くような鋭い視線を籠めた黒曜石の瞳。幼さを残すがまさに女武士と言った凛とした風貌の美少女は俺を射抜くように見て。
「某の忠誠は受け取って頂けますか?でなければ、非礼の詫びにこの腹を――」
「待って待て待て待て!受け取るから!切腹はしなくていい!」
「これは――ッ!当主である大刀様に無用な気遣いをさせてしまい……ッ!やはり腹を――!」
羽織を脱ぎ、さらしを巻いた身体を晒して小刀を引き抜こうとする。俺は慌ててその手を掴み。
「だから、腹は切らなくていい!」
「では!某は当主様にこの非礼をどう詫びたら――ハッ……ッ!ならは、この女として相応しくない某のお身体でお慰めください……ッ!」
「だから詫びなんて必要ないって……ッ!」
俺は望んだ忠誠心の高い子を引けたのは良いが、事あるごとに本気で詫びの切腹をしようとする美少女のカエデを前にして、別の意味で気が重たくなる子を引いたと後悔する。
ちくしょう……ッ!当たりを引いたと思ったら今度は忠誠心が天元突破してるタイプだ!謝罪で切腹なんてされたら軽く事件だよ!
「ならば……某はこの非礼をどう詫びれば!」
「意地でも詫びを入れたいのか貴様は!ちくしょう……それならまず落ち着いて俺の話を聞いてもらおう!それから詫びについて話そうじゃないか!」
「某に下知をして下さるのですか!ならば全身全霊で当主様のお言葉を――ッ!」
やっ……やっと落ち着いたぞ!マジで猪突猛進タイプ子だな……ッ!
ここでやっと切腹自害モードから人の話を聞く正座状態になったので俺は、黙っていれば日本美人なカエデの前に座り、まずはこの世界について話すことにした。
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