第7話お金は大事!

「私に仮想通貨の採掘という行為をすればいいのですね?」

「そういうこと。当分はバイトも出来そうもないし、金銭面の工面が必要だからね」

「分かりました。ただいま計算を行います」


 シーツのお化けから銀髪アンドロイド美少女に戻ったマキナさんにそうお願いすると、流石に暗号通貨には手こずるのかフリーズしたので、俺は動画サイトで先ほどのマキナさんの戦いの動画とコメントを読んで時間を潰していると――


「全てのビットコインの採掘を終えました」

「ん?全て……?えっ?あっ……全部採掘しちゃったの……?」

「はい。暗号解読の最適化が出来ましたので、試しに私の計算能力で繋いだところ一瞬で終わりました。そして市場原理を考慮することを忘れたので、これから大暴落が予想されます」

「あー……コインの発行量までオープンだもんね。それが短期間で総量2100万ビットコインが掘りつくされる事態になったら仮想通貨の信頼性とハイパーインフレーション起こして……え?あれ?仮想通貨の価値が崩壊しない?」


――仮想通貨の大恐慌を引き起こした張本人になっていた。


 俺は恐る恐る仮想通貨の価格が掲載しているサイトにアクセスすると、僅か十分もしない内に仮想通貨という一つの経済が完全に崩壊した光景が映っていた。

 どの通貨価値のグラフも急転直下のナイアガラを描き、現時点で300万の価値のあったコインがただの電子データ同然になり地獄絵図が繰り広げられ、SNSではトレーダーが阿鼻叫喚の魂の悲鳴を書きこんでいる。


「これってさ、時価1兆ドルの価値があったと思うんだけど……この先どうなるの?」

「暗号通貨そのものの信頼性がなくなったので、資産価値はゼロに等しくただの電子データになります。でもご安心ください。崩壊前に100億程換金しましたので取引所が潰れるまでには現金化をします」

「分かった。それと俺はちょっと現実逃避したいから眠るね」


 本当は仮想通貨が電子のゴミと化した結果、実経済にどれほどの影響を与えるか聞きたかったが、それを聞くと俺のメンタルが完全に死ぬのを理解して沈黙しベッドに転がる。


 100億手に入れても全然嬉しくねぇ……というか、俺のちょっとしたわがままで仮想通貨の経済そのものが崩壊するとか洒落になってないぞ……。


 仮想通貨に関わっている人がどれほど居るか知らないが、最低でも数千万人以上が地獄を見ていることを考えて気分が悪くなり俺は目を瞑る。そして俺の手に入れた力のほんの一部である『機械仕掛けのマキナ』だけでこれだけの影響力を持つならば、これからデイリーガチャで美少女を引く度に何が起こるのか怖くなってきた。


 やべぇな……やべぇけど……もうやっちまったから仕方ない。どうせ五年後に世界が崩壊するかも知れないのだし深く考えないようにしよう。そもそも謎の声が悪い!俺は悪くない。


 どうやってももう取り返しの付かない事態を考えても仕方ない。全ての責任を謎の声に責任転換して意識を鎮めると、よほど精神的な疲れが溜まっていたのかすぐにでも意識は闇の中に吞まれていく。


「マキナさん」

「はい。なんでしょうか」


 沈む意識の中でこれだけは言っておかないといけないと思いだして紡ぐ。


「今日はありがとうね。マキナさんがいなかったら、きっとこの街は、日本は滅茶苦茶になっていたよ」

「感謝なんて必要ありません。私はマスターの道具であり、マスターの役に立つことが私の喜びです」


 どこまでもマスターと認めた人間に奉仕することを定められた『機械仕掛けのマキナ』。そんな彼女を俺は少し悲しく、そして生きる意味を見出していることを羨ましく思いながら。


「人間はただの道具にも感謝もするし愛着を持つんだよ。そして道具だろうと自我のあるマキナさんに対して俺が感情を持つことは自然なことなんだ……だから必要ないなんて言わないで欲しいな」

「………………そうですか、私はマスターの思いを無下にしたのですね」

「そこまで言ってないよ」


 静かなマキナさんの声を聞いている内に意識は微睡み、俺自身でも何が言いたいのか分からないままにただ心の奥にある感情が言葉になる。


「本当に今日はありがとう、マキナさん。君が道具でありたいなら、俺は君の最高の持ち主であり続けるように努力するよ」

「……………………………――ぅ」


 最後の最後で俺の意識は完全に闇に吞まれ、マキナさんの最後の言葉と届かずに眠ってしまう。それでも伝えたい事は伝えたので胸の中がスッキリとして安らかな眠りだった。




――私は道具。


 この世界に召喚され、自我を持った時から私の心には何もなかった。

 目の前のマスターたる人間に対する感情もなく、ただ与えられた命令をこなすことこそが私の存在理由であり、それ以上の意味も価値もない。


「マスターの役に立つこそが私の喜び」


 そんな言葉もただマスターたる人間を喜ばせる為の嘘であった。そう言われれば、マスターは喜ぶだろうと思った機械的な反応。そこに私の本心はないはずだったのに――


 『本当に今日はありがとう、マキナさん。君が道具でありたいなら、俺は君の最高の持ち主であり続けるように努力するよ』


――なぜかマスターの眠りに付く前の最後の言葉が私の頭から離れなかった。


「嬉しいってこんな感情なのですか……?マスター」


 感謝されて、そして求められることが嬉しい。私の価値をマスターに認めて貰えたことで私の心に何かが芽生え始める。


 欲しい……もっと言葉が感情がマスターから与えられたい。


 ただの『機械仕掛けのマキナ』は気が付けば、ただの感情のない道具から感情を覚え欲求が生じる存在へと変化が始まっていく。その瞳の先に眠るマスターの寝顔を、吐息を衝動のままに間近でただじっと観察を続けるのであった。

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