第10話世界の混乱

「おぅ……五年後の終末より早く世界に終焉が訪れそうだな……」

 

 ワシントンのホワイトハウスが映るホテルの一室らしき場所から撮影されているライブ映像。地上に向けられたそのカメラが捉えたのは半透明の死霊の大軍であった。


『一体どうなってんだ!とうとう審判の日が訪れたってのか……ちくしょう!』


 撮影者が口汚く現状を罵る光景はまさに地獄。半透明の死霊たちは壁や地面を通り抜けて次々とパニックになった市民たちに憑りついて魂を奪っていく。警官の銃弾もバリケードすらも易々と通り抜ける無敵の死霊たちを阻む存在はなく、更には死霊が憑り殺した人間の魂も死霊となり爆発的に増大し始めていた。


『クソッ!奴らはビルの中にも……ッ!』


 夜の闇の中でも仄かに光る死霊たちは路上を逃げ惑う市民たちを憑り殺し尽くすと、今度は建物に隠れている人間に目を付け始め、コンクリートの壁を通り抜けて建物の中に消えた瞬間に、高層から撮影している撮影者にも聞こえる程の断末魔の叫びと絶叫がカメラに届く。

 撮影者の手は完全に震えて画面がぶれるが、カメラを一旦机に置き。


「この映像を見ている奴らの中にヘリを持っている者が居たら俺を助けにきてくれ……ッ!このビルの屋上で――ひぃ……きやがったな化け……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 救助の要請をしている最中に死霊が部屋に侵入し撮影者に憑りつく。すると撮影者の身体は震え始め、身体から抜け出る半透明な魂のようなものを死霊の腕が貫く。そしてまるで毒を注入されるかのように撮影者の姿をした魂は苦悶の表情を浮かべ――


『ぎぃゃぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』


――魂の断末魔と共に魂はその顔が剥がれ落ち、死霊と同じ骸骨の頭部へと変貌した。


 そして完全に死霊へと変貌を遂げた撮影者の魂は身体から抜け出して、撮影者を襲った死霊のように壁を通り抜けて何処かへと消え去ってしまう。残されたのは魂の抜けた抜け殻となった肉体と持ち主がいなくなっても撮影を続けるカメラ。

 時折聞こえる悲鳴や断末魔の音をBGMに映像は配信され続けていた。


「アメリカは終わってるなぁ……ワシントンで生み出された死霊の大軍が他の州にも飛び火すれば倍々に増えて壊滅かな?対抗出来る貴重な異能持ちも魔の者とか言われて背中から撃たれてるし……」


 中には魔術師なのか異能の力によって生み出された炎で抵抗する若者が映された動画もあって興味が惹かれて見てみると、救いを求めて教会に集まった人達を必死に守ろうと近付く死霊たちを手から炎を生みだして抵抗している最中に、何をトチ狂ったのか守られているババアが『魔の者よ、死ね!』と言う叫びと共に発射された弾丸が魔術師の若者を貫いて殺されていた。


「信仰心に篤い人間からすると魔術や超常の力を持つ人間なんて化け物みたいなもんだろうしなぁ……でもババアは流石に空気読めよ」


 唯一抵抗出来る存在が消えたことにより、阻むモノがいなくなった教会に死霊が殺到し、最終的には散り散りになって逃げる所で動画は終わっていた。

 俺は守ろうとした人間に背中から撃たれる若者を気の毒に思いながらも、宗教色の強い地域で超常の力を発揮するリスクを考慮しなかったのも落ち度であると思いながらも。


「まぁ……そんなこと言ってられる事態でもないにしても、こんな動画がニュースに取り上げられたんじゃ、ますますアメリカの異能持ちたちは人を助けなくなるぞ……」


 ほとんどの人はこの緊急事態に助かるなら魔術師だろうと超能力者だろうと助けてくれるならばどうでもいいと考えるだろうが、一部の保守派の人達が異能持ちに助けられる事態になった時に背中から撃たれるという悪い前例を作ってしまった。

 

「アメリカもヤバいけど……他の国も大概だな……」


 各国では要人の不審死が相次ぎ、アフリカ大陸では情勢が更に不安定になり内戦が激化し、死霊の大軍とは種類の違う吸血鬼の化け物が北欧で暴れ始めている上に、この混乱に乗じて中国は他国に軍事侵略とインドとパキスタンは軍事的に衝突が激しくなり、終末時計の針が残り一分と言った混乱具合である。


「幸い日本はまだ平和か……こっちは昨日の内に異能の力を悪用したらどんな事態になるかという前例作ったから大人しいのか……?」


 本来ならば日本もクトゥルフの化け物が大暴れする事態になっていたが、運が良い事に地元で大軍を召喚する前に潰し、その光景をリアルタイムで放送したので怪事件は各地で起こっているが国民がパニックを引き起こすレベルではなかった。


 クトゥルフの神話生物の大軍を相手にたった一人で立ち向かって勝利を収めるシーツのお化けはネットで英雄として担がれてる事態になってるし、流石によほどの馬鹿か強力な異能が相手でもなければ抑止力として機能しているな。


 流石にテレビでは邪神官に対する殺人行為を許容する訳にはいかないので否定も肯定もしない曖昧な立ち位置での発言が多いが、むしろこちらにとっては好都合であった。これで異能持ちを殺す事に世間が全面的に賛成する事態になったら洒落にならない。


「さてと……食料の備蓄を済ませておこう」


 俺はパニックに次ぐパニックの世界情勢の中に小さく仮想通貨の終焉のトピックを見つけてそっと電源を落とす。次に来るのは、物流が滞り日本の食糧危機の可能性が高いので食い物を集める準備をするかと立ち上がり。


「それじゃあ、カエデさん。買い出しに出かけるけど日本刀を隠す為に軽く布で包んでいいかな?」

「はい!ですが……僅かな隙が出来てしまうのですがよろしいでありますか?」

「問題ない。この世界の人間相手なら素手でも十分だよ」


 昨日のように化け物が襲う可能性も考えたが、昨日の今日で更にはこの街で事件が起こる筈はないと高を括り、俺は適当な古いカーテンの布をカエデに渡しながら。


「マキナさんは世界の情報収集を頼む……あっ、それとあと物件を探してくれないか?」

「物件ですか?」


 俺はこれから毎日一人の強力な美少女が増えていく以上は、このマンションでは手狭なので広い物件に引っ越したいと考え。


「大勢が住めて、なおかつ人目に付かない田舎辺りで頼む」

「分かりました。いくつかピックアップしておきます」

「それとカエデは日本の常識は理解してくれたか?」

「一通り説明したので問題ないかと……ただ殺気を向けられた場合は……」


 鼻唄混じりにカーテンの布で刀を軽く包むカエデを二人で見て、マキナさんは僅かに眉を寄せ。


「殺傷沙汰にはお気を付けください」

「こっちも警戒しておくよ――カエデさん。そろそろ行きましょう」

「某の準備も整いました!これが初の異世界であると考えると興奮が隠せません!」


 利発そうな子供のようにそわそわとしているカエデを不安に感じながらも、このまま一人で外に出るのは怖いので護衛として彼女を連れ。


「近所のお店で食べ物を買うから手伝ってください」

「お任せください、当主様!」


 物騒な刀を布で包んで隠す人間兵器と共に初の異世界人とのお買い物が始まった。

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