第17話一心同体

 出て来こないなぁ……。


 目の前の水溜りのような闇の中に沈み込んだ『闇の落とし子フィスターニ』が再び姿を現すのを待つこと10分。椅子に座り、異世界に召喚されて心の整理が付いていないのだろうと根気強く待つ事にした。


 まぁ……これから一生付き合うことになるんだし。気長に待つかな……。


 気分は釣りである。釣り糸を垂らして、獲物が自ら餌に食らい付くのを待つ。俺としてはゲームの設定通りの少女ならば極力関わり合いになりたくないが召喚した以上は責任を持たなければならない。

 召喚者としての俺の責任を全うすることを尊重してマキナさんは背後に立ったまま何も言わない。最初はこの闇ごと吹き飛ばしてしまいましょうか、と物騒な提案してきたが却下してからは成り行きを見守っている。


――もちろん、何か不測の事態になった場合はすぐに動ける体勢であるのだが。


「闇の……おっと、フィスターニちゃんか……」


 俺はこの闇溜まりの中に潜む美少女を知っている。

 レアリティが最低ランクでありながらも、ゲームのホーム画面での出現率が異常に多いキャラであり、そして少しでも好感度を上げたならば導火線に着いた火の如く時間経過で強制的にフィスターニちゃんのイベントが発生する時限爆弾のような存在だ。


 無の世界から産まれた落とし子……フィスターニちゃんの住んでた世界には光は存在しなかったんだよなぁ……。


 少女の世界は無であった。闇と言う概念は光と言う対になる存在がなければ発生せず、異界の神々がフィスターニちゃんの世界を発見しなければ少女たちは産まれなかっただろう。

 まず最初に異界の神、星の主神ステラが無の世界に踏み込み光を齎した。そして世界には光と闇が誕生し、星の主神であるステラの光によって誕生した闇はその主神の強烈な光によって裂かれ、人の闇の化身たる存在である少女達が産まれた。

 それは星の主神ステラの影であり、彼女の持つ6つの愛が闇の化身である少女たちそれぞれに内包されている。


 エロス、ストロゲー、ルーダス、マニア、プラグマ、アガペー。


 しかし六人の闇の少女たちが内包した愛はどれもが光の対となる闇として、歪められた形でその心に宿すことになる。そして俺の召喚した少女には――


『闇の落とし子フィスターニ』が内包する愛はマニアだったけ……由来は狂気からくる言葉で、一番厄介で面倒な子なんだよなぁ……闇という性質も相まって対象を殺すんじゃなくて、憑りつくと言った方が早いか……マジで怖い。


――一番面倒なタイプの歪められた愛を内包していた。


 フィスターニちゃんには直接的に対象を害したりはしない。ただ己の内包する歪められたマニアの衝動のままに愛してくるだけだ。それは情熱的であり、偏執的で、病的で、狂気的で、衝動的で、ただただ愛した存在を求めてくる。

 一度でも見初められれば、闇の中に溶け込む能力を十全に発揮して文字通り愛した対象の影に、服の中の闇に、体内に、闇が存在するならばあらゆる場所に潜り込み一心同体でいようとする。

 

「あぁ……もう俺の気持ちなんて関係ないのね……目線を合わせただけで好感度が上昇し続けるとかチョロインというより、もう狂気的で怖いんだけど……」


 そんな風にフィスターニちゃんの設定を思いだしていると、闇が動きだして俺の足元から胴体へと這っていき、暗い闇が俺の身体に覆いかぶさる。


【一緒……ずっと……ずっと一緒だよ、お兄ちゃん】


「マスター!!」


 俺に近付く時点でマキナさんは滅却する気であったので片手で制止していたが、闇が覆いかぶさった時点で既にこちらに駆け寄り闇を引き剥がそうとする。


「貴女は一体何をしようと……ッ!くっ……闇が……ッ!」

「好きにさせておいていいよ、マキナさん。どうせすぐ終わる」


 流石に霊体に近い実体を持つフィスターニちゃんの闇を相手では水を掴むかのように通り抜け、俺自身と密接している為に攻撃する訳にもいかずに歯痒い思いと焦燥に駆られたマキナさんのレア表情を見ながら――


【はいれた……はいれたはいれたはいれた!お兄ちゃんの中に入れた!これでもうずっと一緒だよ……ッ!絶対に離さないから……ずっと傍で……愛しているよ……】


――闇が俺の身体の内側へと完全に移動した。


「フィスターニちゃん。一応、言っておくけどさ……」

【なぁに……お兄ちゃん】


 うわ……脳内に響く感じっていうかテレパシーみたいで何か変な気分になるな……。


 完全に俺の身体の中に侵入して居座っているフィスターニちゃんに対してはそこまで恐怖を感じていない。8割は正しい設定通りなら俺に囁くことはあっても傷付けることは絶対にないと思うので肩の力を抜いて。


「世界滅亡の回避の為に……俺の命令にも従ってもらうし、その時には身体から出てきなさい。そうじゃないと無理矢理にでも追いだすからな」

【うん!お兄ちゃんの命令なら何でも従っちゃうよ!それに望むなら……】

「そっちは止めなさい。今はそんな気分じゃない」


 体内の闇に潜むフィスターニちゃんに前立腺マッサージをされるが即座に止めると素直に従い、小さな笑い声が響いて。


【あはは……今はそんな気分じゃないんだね……それじゃあ、その時が来たら……】

「そっちはあとで考える」


 やる気満々であるのが伝わってくるが、正直な話、見た目が小学生かギリギリ中学生の美少女相手に情欲が湧くロリコンではないので適当に話を先延ばしにして。


「……………………………ろす」

「ん?何か言った?マキナさん」


 目の前で闇に捕食されるような光景がよほどショックなのか、表情筋が完全に死んでいて目から光が失っているマキナさん。俺が呼びかけても反応しないのは相当なので、ここで変に突っついても藪蛇になりそうでそっとしておく。


 そして俺は残り輝く4枚のカードを目の前にして。


「さてと、残りの4人もちゃっちゃと片付けますか!」

【頑張って、お兄ちゃん!】


 フィスターニちゃんの声援を聞きながら俺はレアカードに手を伸ばす。

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