第16話『闇の落とし子フィスターニ』

「さてと、五日ぶりのトイレも終わったことだし……電話するかぁ……」


 光り輝く五枚のカードが俺から付かず離れずの距離を保っているのが非常に鬱陶しいが、今はまだ五連ガチャを引くよりも大事なことがあるので意識の外に置きスマホを眺める。


「マキナさんは俺が電話に出ない理由をなんて説明したんですか?」

「多忙で電話に出る余裕がございませんと、それから貴女は誰なのかと質問されましたので、大刀様の友人ですとお答えしました」


 無難な回答だ。ここで馬鹿正直にマスターの道具ですと言わない分別があるので助かる。カエデなら確実に某の当主でございます、と答えて事態をややこしくしただろう。


 息子が大学で一人暮らしの最中に世界が滅茶苦茶になったら、そりゃ親として心配するよな……ましてや5日も続けて謎の女性が電話の応対に出るとか気が気でないだろ。


 母さんの気持ちはよく分かる。だが、それを分かった上で電話に掛けるのに躊躇いを覚えながらも決心して通話画面をタップする。


「もしもし母さん」

「あんた、今まで何で電話に出なかったの!世間では何が起こっているか分かってるんでしょうね!?化け物が世界中で暴れて、戦争が起こって、日本でも勇者様達が居なかったら大変な事態になってんだからね!それで何処で何をしていたんだい?!」

「あー……瞑想してた。五日間ぶっ通しで」


 魔力制御は凄まじい集中力を用いる精神の鍛錬に近いので瞑想と言っても問題ないだろう。ここで嘘を吐いて勘付かれても面倒になるので言葉を選んで答えるとお母さんの嘆息する声が届き。


「瞑想ねぇ……あんたが集中すると周りが見えなくなる性格なのは知ってるけど、五日間も瞑想なんてしてどうするんだい……それにあんたのスマホを使っていた女性は誰だい?」


 俺が何かに没頭すると誰かが止めるまではのめり込む性格であることを知っているので深くは追及されなかった。幼い頃から徹夜して作業することは日常茶飯事などで今更と言った感じだろうか。


「あー……この前、電話で話した人だよ。色々あって同棲してるんだ」

「映画の中の化け物や超人が闊歩する世の中じゃ、あんたが女の子と同棲している程度じゃ驚かなくなっちまたねぇ……平時ならおったまげたんだろうけど。それでいつ家に帰ってくるんだい?この際、その子もうちに連れてきちゃいな」


 流石の母さんも世界がパニック映画と化した状況では感覚が麻痺しているようだ。普段だったら息子の同棲相手について根掘り葉掘りと一時間以上は質問攻めされるだろうが、それよりもさっさと実家に戻れと言うだけである。


「ちょっと色々あって、あと一週間は帰れないかな?それと詳しい話は電話で言えないんだけど、俺の取り巻いてる状況が非常にややこしくて落ち着いてから帰るよ」


 俺は怒鳴られるのを覚悟で答えると、不気味な程に静まり返ったスマホから少ししてから息を吞む音が聞こえ。


「……………………………………なるほどね、大体は事情は察したよ。それで落ち着いたら顔を見せにくるんだよ。それとシーツのお化けの嬢ちゃんにもよろしく言っときな」

「……………まじかよ」


 最後にゾッとさせられる言葉の後に電話は切れた。


 これだから母さんは怖いんだよなぁ……何でも見通すかのような感じが……。


 昔は警官だったと言ってたが、どんだけ勘が良いんだよってツッコみたくなる程に僅かな情報で真相に辿り着いてしまう。おそらく、ネットなどから得られる謎の声が与えた職業の法則を掴み、俺がハマっている『美少女大戦』のゲームのこと、住んでいる街で起こった邪神官と対峙したシーツのお化けの放った魔法陣の考察から推測したのだろうが、それにしたって何段飛ばしの推理によって正解に辿り着く洞察力には恐れ入る。


「お話は終わりましたでしょうか?」

「あぁ、終わったよ……まったく母さんは本当に怖い怖い」


 これで母さんは俺が異能の力を持つ職業であることを確信しただろう。それをどう受け止めているかは謎であるが、邪神官相手とはいえ間接的に殺人幇助した俺に対して元警官として色々と言いたい事があることだけは確実だ。

 

「暴れる異能者を殺し回ってる勇者たちを様呼びしてるから、あの非常事態に大量殺人鬼を殺したことに対してとやかく言われないだろうけど……まぁ、そっちは後で考えるとして…………一気に五人はキツイな……」


 目の前に浮かぶ五枚のカードを見て、俺は鏡を見なくても苦虫を噛み潰したような顔をしていることは容易く想像できる。

 五人……一癖も二癖もある美少女たち。性格がヤンデレやサイコの可能性もある上に、容姿が完全に人外や亜人という連れ回せない外見の場合もある。


 買った旅館までは三時間以上は掛かる……車で移動している最中に常に目の前に常にカードが浮かぶ状況なんて、色々とリスクが高すぎるからここで引かなければ……ッ!


 俺は震える指先で青く輝くレアカードに手を伸ばす。マキナさんとカエデだけでも手一杯なのに、ここで五人の美少女とマンションの中で話し合いとなると魔力で強化されたはずの肉体ですら胃が痛くなってきたと錯覚する程の緊張感の中――


「頼むから五人とも人外でも亜人でも良いから……ッ!マトモな性格の子よ……来い!」


――祈るように伸ばした右手がレアカードに指先が触れる。


 そして触れた瞬間、カードはドロリとした黒いタール状の液体となり零れ落ちる。明らかにカードの質量を超えた量がボトボト流れだし、マンションの床に黒溜まりを作り出して、そこから幼い少女の頭部が目元まで浮かぶ。


 鮮血を思わせる紅色と漆黒の髪が混ざり合ったロングヘア。そして何処か眠たそうな弛んだ瞼の瞳の色はルビーのように輝き、ブクブクと気泡を上げながらマキナさんをチラリと見てから俺の方を見据え。


「………………………………あなた?」

「召喚者と言う意味ならそうだ。それで君は『闇の落とし子フィスターニ』だよね?」

「………………そう。でも落とし子と言わないで」

「それはごめん。それで君に聞きたいことがあるんだ」


 初対面でいきなり落とし子呼ばわりは流石に失礼過ぎたと反省して、地面の闇溜まりから幼い少女の頭部が覗いてくるホラーな光景に内心で恐怖を感じながらも膝を抱えるようにして視線を合わせると――


「…………………ぅ~~~~ッ!」

「えっ……ちょっ……えっ…………?」


――視線を合わせただけで気恥ずかしくなったのか頬染めたフィスターニはとぷんっ!と闇溜まりに沈む。


「あの……まだ互いの自己紹介も……それに君は有名な……」


 俺は少女をゲームで知っていた。

 マキナさんの説明通りキャラクターの設定が八割程正しいとするなら――


「初手から依存系ヤンデレ美少女引いちゃったよ……」


――常に召喚者の闇の中に潜み、そして永遠と愛を囁き続ける究極の依存系人外美少女『闇の落とし子フィスターニ』との邂逅であった。

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